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1999年からの警告:「謎を解かない系探偵」原アイラは蹴っ飛ばす!  作者: 井越歩夢


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12/21

その3:2026年7月13日月曜日・G県N市新町通り「黄泉野カレンの部屋」③

=3=


2026年7月13日・月曜日、7時35分――今、36分になったところ。


薄曇りの空から、ここ数日より良心的な日差しが窓から差し込むその部屋で、ショックと言わんばかりにソファーに【ダラフボリィ】と、斜め二度と五度の微妙な角度で項垂れる二人の姿があった。


この部屋の主・黄泉野カレンと、朝の出来事を伝えに来た原アイラの二人である。


今日は二人で隣県――とは言っても、その目的地は車で二時間ほどかかる、隣県にしては遠い場所――へドライブに出かける予定だった。 久しぶりになる休日の二人“きり”でのお出かけは、アイラには気分がランランと踊る、とても楽しみにしていたことだった。


だが、二人の車はどちらも今朝発覚した「刃物使用によるN市駅前大量器物損壊事件」に巻き込まれ、運転席側前タイヤは鋭利な刃物で一突きされていた。


二人とも――いや、アイラに関しては意外なことかもしれないが――二人ともとても物を大切に扱うという共通の気質を持っているため、この事実に……普通であれば怒りでプンプンすると思われるが、二人とも【ぷっすふりゅりゅりゅぅ~】と、空気の抜けた風船のようにソファに座り、お互い言葉もなく天井を見上げ、ぼんやりとしていた。


「タイヤだけだったのは、不幸中の幸い。そう思うようにしましょ、アイラ。」


「ん…そうだなぁ。でもさぁ、タイミング悪すぎるぜ。タイヤ値上がりしたの、今月からだろ?それに、今日の予定もさ。」


カレンの言葉に、そう言うアイラ。 ちょうどこの七月からタイヤの価格が改定され、値上がりしたばかりのタイミングと、今日のドライブが、この後カレンの部屋の隣にある図書館の駐車場に設置される被害届の現場受理会場への“被害届の申請”に変わったこと。


アイラは、この二つともタイミングが悪すぎると口をへの字に曲げながらも、やはりその目線はカレンの部屋の天井に向いていた。


二人は今、被害届の一括受理が始まる時間を待っている。 そしてそこに長い列ができることを、アイラは容易に想像できた。

自分たちの車が被害に遭ったことを確認してカレンに連絡をし、その後その規模が「百台以上」だという話が聞こえてきたためだ。

ひとりひとりの手続きは短く終わるだろうものの、これだけの台数となると時間は半日、いや夕方までかかるだろう。

いくら薄曇りで少し暑さの緩んだ今日であっても、夏陽気であることに変わりはない。 長々と列に並ぶより、少し遅めに手続きに行こうと、二人は今こうしてカレンの部屋で、ソファに並んで座り白い天井を見上げて【ダラフボリィ】と、斜め二度と五度の微妙な角度で項垂れているのだ。


◇◆◇


「なあカレン。思い出したんだけどさ。だいぶ昔に同じようなこと、無かったか?」


「……あった気がする。ううん、あった!たしか三十年くらい前!?」


二人は互いの言葉に“思い出しの一致”を見つけると、今までぼんやりと天井を見上げていた死んだ魚のような目が【ギィィィィィン】と生気を取り戻して光るかのように見開かれ、【ダラフボワリィ】と座っていたソファからトン!と立ち上がった。


その勢いのままリビングからカレンの自室へ移動し、デスクに向かったカレンはノートPCの電源をONにした。


ノートPCの起動画面を見ながら、アイラはカレンの座る椅子の背もたれに手を乗せ、起動が完了するのを待つ。


「なあ、あの時も確かパンク魔が駅前周辺の車のタイヤを片っ端に刺して……」


「うん、思い出してきた。1999年の5月。撮ってあったかな、当時の記事。」


起動したノートPCからカレンは「新聞記事」のフォルダを開き、そこから「1999年」「5月」と、手早く【カカカカ】とクリックしていく。


「あった!」


カレンは、五月のフォルダの中から「1999年5月9日刃物使用によるN市駅前大量器物損壊事件―――」と表示されたファイルを見つけ、それを【カカッ】と手早く開く。


画面に表示されたそれは、当時の新聞をスキャンした画像ファイルだった。


「1999年5月9日、G県N市駅前付近に駐車されていた車五十台のタイヤが、先端が鋭い金属製の工具(千枚通しのようなもの)で刺されたとみられる事件が発生……」


「全く同じじゃん!というか、よくこんなの持ってるな。」


「まあね、趣味だから。」


カレンが新聞を毎朝欠かさず読んでいることを、アイラはずっと以前から知ってはいた。 だが、まさか過去の記事をデータ化して持っていることまでは知らなかった。


そしてこれが、カレンが以前から“気になる記事”をスクラップ画像にして保存することを趣味にしているという事実が、2026年という今朝起きた事件との奇妙なつながりを浮き彫りにすることへと繋がっていくことになった。


カレンは、1999年5月9日の記事のファイル名に “1999年8月1日犯人逮捕” と覚書をしていたことから、次は8月1日のフォルダを【タタン】とクリックし、その中から該当するファイルを探す。


まだ街中にそれほど監視カメラがない時代に、この手の事件の犯人が見つかることは異例のこと。


“1999年5月9日発生刃物使用によるN市駅前大量器物損壊事件犯人逮捕記事” をクリックすると、保存されていた新聞の画像が【フォン】と開き表示される。


『1999年8月1日 N市駅前大量器物損壊事件犯人逮捕 “世界が終わるなら、もうどうでもいいと思っていた。でも世界は終わらなかった”』


これを目にしたとき、アイラは【ススス】と右目周りに三本の縦線を浮かべ、呆れた表情を隠す気などさらさらないと言わんばかりの顔をしていた。それはカレンも同じ。 いや、彼女に浮かんだ三本の縦線は左側という違いだけあったものの、アイラと同じく隠す気のない呆れ顔で、ふう、と一つ溜息をついていた。


◇◆◇


「歴史というほどじゃないかもしれないけどさ、ある意味“歴史は繰り返す”みたいなもんかな、これって。」


「そうかもね。ううん、そうと言わざるを得ない――でしょうね。」


呆れ顔のアイラとカレン。 アイラは自称探偵として、カレンは心理カウンセラーとして、1990年代の終末論というネガティブ情報に晒されたことで、不安に付け込まれた人々、自暴自棄になった人々の顔を思い出していた。


八月を過ぎるまで、彼女たちがその存在に気付けなかった「ネガティブ情報の生霊」の存在。 それに取り憑かれた人々が作り出した、テレビや雑誌の“不安を煽る記事・情報”。 それによって世間にばらまかれる結果となった、ネガティブ情報の生霊は、弱った人の心に取りついたことで起こった様々な事件。


そして2026年――


「今度は、インターネットを介して生霊が広がっているというわけか。」


「おそらく、そうでしょうね。」


そして再び二人は、ほぼ時差なく【はぁぁあああ…】と、大きな溜息をついていた。何となくそうではないかと、何となく確信しているところはあったものの、そこから「何となく」が限りなく確実に“削除”されるだろう結論に至りかけていること。 そして、浮かび上がる「どうしたものか」という言葉。


「これ、生霊の仕業だと思うか?」


「――生霊に憑かれた人間でほぼ確定。そう思ってる。まあ、ほぼだけどね。確定と言い切れないのは、まだその存在を実際に見ていないから。憶測からの決めつけは、広く見れば陰謀論と何も変わらないからね。事実を確認するまでは慎重にならなきゃ。」


「まあ…そうか。そりゃそうだよな。」


言葉尻にセットメニューのようについてくる小さなため息を、どこかで断ち切りたいアイラだが、それにはまだ少し時間が必要らしい。 それはカレンも同じのようで、黒ぶち眼鏡をクッと上げ、小さな苦笑いを浮かべる。


「確証を持てたら。これがネガティブ情報の生霊に憑かれた人の仕業と確証が持てたら、現代はある意味、1999年からの警告の渦中の時代なのかもしれないね。」


「ん?どういう意味だよ?」


「終末予言に関わる様々な陰謀論は終わっていない、注意しろ!みたいな。」


椅子の背もたれに手を置く背後のアイラへとそう言いながら、【くるーり】と振り返り、悪戯の如くぺろりと舌を出しウインクするカレン。 その不意打ちにアイラは思わず【カバワキュイーイン】と胸を打ち抜かれる。赤くなった頬に気付かれまいと、慌ててパッと顔を逸らすアイラは、


「おいおい、それ、昨日見た動画の締め台詞みたいじゃん。」


「ふふ。そうね……」


カレンはそう言うと、再びノートPCの方に向き直り、そして呟くようにポツリと続けた。


「……それだけ、2026年があの頃のようだということなのでしょうね。」


「……」


つぶやくようなカレンの言葉に、アイラは黙り込んだ。 それは察したからだ。

それを表には全く出していなくとも、カレンが“怒り”をその内に秘めていることに――。


◇◆◇


二人が被害届の現場受理会場へ行ったのは、11時を回った頃だった。 朝から続く薄曇りの空。そのおかげで暑さは幾分和らいでいるものの、季節的にも、そして時間的にも気温は上がってきている。


二人が少し遅めに出かけることにしたのには、二つ理由があった。


一つは、被害台数の多さから受付が混むことが予想できたこと。 もう一つは、できるだけ早い時間帯、涼しい時間帯を“ご年配の方に譲ろう”という配慮から。


――なのだが。


「この時間なのに、けっこう並んでるなぁ。」


「並んでるね。」


9時から始まったはずの被害届の現場受理。 にもかかわらず受付にはまだ、長蛇の列と言うにはほんの少し短いだけの列が残っており、二人をげんなりとさせた。


それだけ被害台数が多かったということが、その場を一目見るだけで【バババンガーン】と物語ってくる。


二人はその列の最後尾に並んで、順番を待つことにした。

微妙な暑さ。絶妙な湿気。 被害に遭った人々それぞれの話し声と、受付対応する警察官たちの声。


この場には、一言で「どんより感」と説明できる空気が、ジメリと漂っていた。


その順番を待っている間、【ザワヒソザワザワザワザワリ】と、その場で受付順を待つ人々の雑談の中から、二人は耳に【カッツ】と引っかかるような言葉に気付き、互いに合図を送るように目を合わせ、小さく頷いた。


「なんかね、防犯カメラに犯人映っていたらしいよ。でも、顔には何か真っ黒なものが巻き付いていて見えなかったんだって。」


「あ、聞いた聞いた。木曽谷さん所の防犯カメラの話よね。」


「なんかね、泰久君の所の防犯カメラにも映っていたみたい。真っ黒な布を顔に巻きつけた怪しい人。大きい刃物を持っていたみたい。怖いねぇ~」


“顔に何か真っ黒なものが巻き付いていて見えなかった”


その騒めく言葉から、アイラとカレンにある“確信”を得たかのように、二人はもう一度目を合わせ、【こっくり】と大きく頷いて見せていた。


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