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今から研究しないと と叫ぶ芸人

その男は、もはや市場では“芸人”と呼ばれていなかった。


正確には、


「また電気の奴が叫んでる」


だった。


王都ドリトルの工房区の片隅。


彼は毎日、同じ場所で叫ぶ。


「弧度法を入れろ!!」

「度数法のままじゃ限界が来る!!」


「象限を理解しろ!!

 符号は直感じゃない!!」


「sinの正負は位置で決まる!!

 円の中で世界を見ろ!!」


周囲の職人は最初笑った。


だが最近は笑わない。


“理解できないが無視できない”領域に入っていた。


男の名はリオ。


かつては灯火職人だった。


だが電気機構の試作に関わったとき、

彼は壊れた。


いや、壊れたのではない。


“見えすぎてしまった”。


交流電圧の波形。

周期運動。

回転ベクトル。


それらがすべて、

三角関数で一本に繋がっていることに気づいた。


そこから止まらなくなった。


その日。


王クラーク・デ・トーマスが、

新設電力試験工房を視察していた。


まだ蒸気の国でありながら、

“電”の概念が芽生え始めていた。


護衛が止める。


「またあの危険思想の芸人です」


王は歩きながら言う。


「通せ」


リオはいつも通り叫んでいた。


「電圧は波だ!!

 波は円だ!!

 円は三角関数だ!!」


「だから全部繋がってるんだ!!」


王は立ち止まる。


「何が繋がっている」


リオは即答した。


「時間と回転と電気です!!」


その瞬間、

工房の空気が変わる。


周囲の技師がざわつく。


「意味が分からん」

「また狂気か」


だが王は違った。


彼は“言葉の意味”ではなく、

“構造”だけを聞いていた。


「象限とは何だ」


リオは砂に円を描く。


「ここが第一象限」


「ここは正の電圧」


「ここは負の電流」


「全部符号が変わる」


そして叫ぶ。


「符号を間違えると機械が壊れる!!」


沈黙。


王は短く言った。


「それは設計問題だな」


リオは一瞬止まる。


「……え?」


王は続ける。


「体系化できるか」


その問いに、

リオの目が見開かれた。


今まで一度もなかった反応。


否定でもない。

笑いでもない。


“設計として扱うかどうか”。


「できます!!」


声が裏返る。


「加法定理で波形は合成できます!!

 逆三角関数で逆変換できます!!

 全部まとめられる!!」


王は頷いた。


「なら研究部門を作る」


それだけだった。


後にそれは、

「電気理論基礎班」と呼ばれる。


最初は誰も信じなかった。


だが現実は変わっていく。


・交流電流の安定化

・波形制御

・電信の誤差減少

・動力伝達の効率化


すべてが、

三角関数で説明され始める。


優利恵はその話を聞いて、

少し笑った。


「もう何の国なのこれ」


ロイが肩をすくめる。


「数学の国ですね」


ハルが帳簿を見ながら言う。


「全部記号で管理され始めてます」


確かにそうだった。


測量は角度になり、

農業は統計になり、

機械は圧力になり、

時間は関数になり、

電気は波形になった。


そして全部に、

三角関数が顔を出す。


王クラークは静かに言った。


「この国は、

 現象を“数式で扱う国”になりつつある」


夜。


リオは工房の屋根で空を見ていた。


かつては叫ぶしかなかった。


今も少し叫びたい衝動はある。


だが違う。


手元には紙がある。


sin。

cos。

tan。

加法定理。

象限。


そこには、

“叫びの代わりに整理された世界”がある。


彼は小さく呟いた。


「……理解されなくてもいい」


「でも、設計にはなる」


その声はもう、

狂気ではなかった。


未来の電験三種が生まれる前の、

静かな基礎だった。


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