表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/56

戯言芸人その1

その芸人は、最初から「芸」として扱われていなかった。


ドリトルの市場の片隅。


壊れた樽の上に立ち、

誰も座っていない空間へ向かって、

延々と未来を語っていた。


「鉄は火で動くんじゃない。

 “圧”で動く」


「水を閉じ込めて、

 逃げ場をなくすと、

 世界は勝手に動き出す」


「馬はいらなくなる」


「人間は移動のために死ななくなる」


周囲の人間は笑った。


「また戯言だ」


「芸人の新しいネタか?」


誰も真面目に聞かない。


その男は“戯言芸人”と呼ばれていた。


名前はリュウ。


生活は貧しく、

舞台に立っても客は少ない。


だが彼はやめなかった。


毎日、

同じことを言う。


歯車。

圧力。

蒸気。

連続運動。


誰も理解しない未来。


ある日。


王クラーク・デ・トーマスが、

市場視察で偶然その場に通りかかった。


護衛が止めようとする。


「ただの戯言芸人です」


だが王は手を上げた。


「いい」


そして立ち止まった。


リュウはいつも通り語っていた。


「人が馬車に縛られている限り、

 国は広がれない」


「だが蒸気なら、

 距離は消える」


王は黙って聞いた。


周囲はざわついた。


「王が戯言を聞いている」


「おかしいのではないか」


だがクラークの目は、

いつもと違っていた。


彼は理解したわけではなかった。


しかし、

“構造”だけは見えていた。


リュウの話は夢ではない。


前提が違う。


「人力依存の社会」から

「エネルギー転換社会」への飛躍。


その一点だけが、

異様に引っかかった。


王は静かに言った。


「それは、動くのか」


リュウは驚いた。


初めて“否定ではない問い”が来たからだ。


「……理論上は」


王はもう一度聞いた。


「では何があれば動く」


リュウは言葉に詰まった。


材料。

精度。

加工技術。

資金。

理解。


全部が足りない。


だから誰も信じない。


だが王は頷いた。


「分かった」


それだけだった。


その日の夜、

王城で会議が開かれた。


大臣たちは困惑していた。


「蒸気で動く機械?」

「馬より速い?」

「誰がそんなものを」


王は淡々と言った。


「分からないなら、

 分かるまで作れ」


その一言で決まった。


産業振興部門の新設。


鉄工所への投資。


水車・圧力研究。


精密加工技術の導入。


学者と職人の連携制度。


そして何より、

“戯言を排除しない制度”。


リュウは最初、

信じられなかった。


「……本気ですか?」


王は答えた。


「本気かどうかは重要ではない」


「可能性があるかどうかだ」


優利恵座にも、

その話はすぐ届いた。


優利恵はリュウに会いに行った。


小さな男だった。


いつも独りで喋っている。


誰にも届かない言葉を、

ずっと積み上げていた人間。


優利恵は静かに言った。


「私も昔、

 誰にも届かない場所にいました」


リュウは少し笑った。


「あなたは今は有名だ」


「違うよ」


優利恵は首を振る。


「“届いた後の世界”にいるだけ」


その言葉に、

リュウは少し黙った。


やがて王国は変わり始める。


小さな試作機。


圧力釜。


水蒸気ピストンの原型。


最初は失敗だらけだった。


爆発もあった。


笑う者も多かった。


だが王は止めなかった。


優利恵はその様子を見て思った。


「この国、

 変な方向に本気だな」


ロイが笑う。


「でもこういうのが、

 一番でかい変化ですよ」


やがて、

小さな蒸気装置が回り始めた。


ガタガタと震えながら、

一定の力を生み出す。


その瞬間、

工房の空気が変わった。


誰かが呟く。


「……動いた」


それは単なる機械ではなかった。


“世界の前提が一つ壊れた音”だった。


王クラークは静かに言った。


「この国は、

 もう馬だけの国ではなくなる」


リュウは涙を流した。


誰にも信じられなかった未来が、

初めて“触れられる現実”になったからだ。


優利恵はその横で思った。


芸人が語る未来が、

国を動かす日が来るとは。


そして静かに笑った。


「この国、

 本当に変な人ばっかりだな」


でもそれが、

少しだけ誇らしかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ