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頭を押さえられない楽しさ

ある日の深夜。


公演が終わり、

座員たちも帰り始めた頃。


優利恵は一人、

舞台袖で小道具を直していた。


古い癖だった。


誰も見ていなくても、

気になると最後まで整えてしまう。


そこへロイが来た。


義足をカツン、と鳴らしながら言う。


「座長、まだやってる」


「もうちょっとだけ」


優利恵は笑った。


昔なら、

ここで必ず言われた。


“そこまで頑張るな”


“お前なんか適当でいい”


“どうせ芸人だろ”


“女なんだから”


その言葉は、

直接の暴力より長く残った。


努力そのものを、

削られる感覚。


人格の上限を、

勝手に決められる感覚。


優利恵は、

あれが本当に苦しかった。


頑張る理由は、

認められたいだけではなかった。


ちゃんとやりたかった。


悔いを残したくなかった。


でも昔の世界では、

それを許されなかった。


「そんなに本気になるな」


「お前程度が」


そうやって、

少しずつ心を折られる。


だから今。


誰も止めないことが、

信じられないほど嬉しかった。


ロイは直した小道具を見て、

素直に言った。


「綺麗っすね」


ただそれだけ。


否定も、

皮肉もない。


優利恵は、

手を止めた。


胸の奥がじわっと熱くなる。


「……昔ね」


ぽつりと漏れる。


「頑張ると嫌がられたんだ」


ロイは黙って聞いていた。


「“調子に乗るな”とか、

 “そこまでやるな”とか」


優利恵は苦笑する。


「本当は、

 ちゃんとやりたかっただけなのに」


劇場は静かだった。


遠くで掃除の音がする。


ロイは少し考えてから言った。


「多分、

 怖かったんじゃないですか」


「え?」


「本気でやる人って、

 周りの“諦め”を刺激するから」


優利恵は目を瞬かせた。


ロイは続ける。


「だから、

 引きずり下ろしたくなる人いるんですよ」


その言葉に、

優利恵は長い間黙った。


思い返せば、

昔の世界には

“頑張るな圧力”

が満ちていた。


目立つな。

向上するな。

変わるな。


その空気の中で、

人は少しずつ諦めを覚える。


でも優利恵座は違った。


誰かが努力すると、

ちゃんと見る。


失敗しても、

人格まで否定しない。


少し成長したら、

少し大げさなくらい褒める。


その積み重ねで、

人が本当に変わっていく。


優利恵は、

最近それを毎日のように見ていた。


ハルもそうだった。


最初は、

「役に立たなきゃ捨てられる」

という顔をしていた。


今は違う。


裁縫を褒められると、

少し照れながら嬉しそうにする。


“成果=生存権”

ではなくなってきた。


それだけで、

表情が柔らかい。


優利恵は小さく笑った。


「変だね」


「何が?」


「そんなにいい仕事するな、

 って言われないだけで、

 こんなに嬉しい」


ロイは肩をすくめた。


「人間、

 意外とそれだけで元気出ますよ」


本当にそうだった。


過剰な賞賛じゃない。


特別扱いでもない。


ただ、

誠実にやったことを、

変に潰されない。


それだけで、

人はかなり前へ進める。


優利恵は、

綺麗に直した小道具を見つめた。


昔なら、

「どうせ無駄」と思っていた。


でも今は違う。


ちゃんとやった仕事は、

ちゃんと自分の中に残る。


悔いが減る。


人格が整う。


そして少し、

明日が楽しみになる。


舞台の灯りが消える。


優利恵は静かに立ち上がった。


その顔には、

昔の“怯えながら頑張る顔”ではなく、


“納得して生きている人間”

の穏やかさが、

少しずつ宿り始めていた。


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