奇声芸人
その芸人は、いつも市場の外れにいた。
名前はほとんど知られていない。
周囲からはただ一言、
「奇声の奴」
それだけで呼ばれていた。
理由は単純だった。
叫ぶからだ。
「ギャァァァァ!!」
「違う!!それじゃ土が死ぬ!!」
「肥料はそこじゃない!!そこじゃないんだァ!!」
意味が分からない。
誰も聞かない。
誰も止まらない。
だから彼は、
叫ぶことでしか保てなかった。
本当は農業の話をしていた。
土壌の循環。
輪作。
水の流れ。
肥料の配分。
収穫量の最適化。
だが誰も興味を持たない。
「芸人の戯言だろ」
「農民でもないのに何を」
「うるさいだけだ」
理解されないことが積もっていくと、
言葉は説明ではなくなる。
発散になる。
だから奇声になった。
ある日。
王クラーク・デ・トーマスは、
地方視察の帰りに偶然その路地を通った。
そこにはいつものように、
叫ぶ男がいた。
「だから違うって言ってるだろォォォ!!」
周囲の人間は笑っていた。
「また始まった」
「今日は元気だな」
誰も止めない。
誰も聞かない。
その時だった。
男が振り返った。
そして、王と目が合った。
一瞬、空気が止まる。
護衛が身構える。
だが王は手を上げた。
「止めるな」
男は混乱した。
いつもなら、
笑われるか無視されるか、
どちらかだった。
しかし王は言った。
「今のは何の話だ」
男は一瞬黙った。
喉が詰まる。
言葉が出ない。
だが一度溜まったものは、
止まらなかった。
「……土です」
「土?」
「土が死ぬと作物が死ぬんです!!」
声が裏返る。
「同じ畑に同じ作物ばっかり植えて!!
水を垂れ流して!!
肥料を無駄にして!!
全部崩れていくんです!!」
周囲はまた笑いかけた。
だが王は笑わなかった。
「続けろ」
その一言で、
男の中の何かが崩れた。
止まっていた説明が、
一気に溢れ出す。
輪作の必要性。
土地の疲弊。
収穫量の限界。
管理の不在。
「ちゃんとやれば、
この国の収穫は倍になるんです!!
でも誰も聞かない!!
誰も!!」
最後は叫びだった。
沈黙。
市場が静かになっていた。
王はしばらく考えた後、
静かに言った。
「それは可能か」
男は呆然とした。
否定でもない。
嘲笑でもない。
「可能か」と聞かれた。
震える声で答える。
「……条件が揃えば」
王は頷いた。
「では条件を揃えろ」
それだけだった。
後日。
その男は王城へ呼ばれた。
周囲は騒いだ。
「なぜあんな狂人を」
「農民でもない者が」
「危険だ」
だが王は聞かなかった。
農務局が新設される。
土壌調査班。
試験農地。
輪作実験区画。
灌漑管理の再設計。
そして男は初めて、
「叫ばなくてもいい場所」に置かれた。
最初の数日は、
言葉が出なかった。
誰も遮らない。
誰も笑わない。
ちゃんと聞く。
ただそれだけで、
喉が震えた。
ある日、
優利恵が視察に来た。
男は小さく言った。
「……うるさくないんです」
優利恵は首を傾げる。
「何が?」
男は少し笑った。
「話しても」
「ちゃんと止まらない」
その言葉に、
優利恵は静かに頷いた。
「ここはね、
そういう場所にしてるの」
男はしばらく黙っていた。
そしてぽつりと呟いた。
「じゃあ……俺、普通に話せるかもしれないですね」
優利恵は笑った。
「たぶんね」
その後。
試験農地で小さな変化が起きる。
収穫量の改善。
土地の回復。
水の無駄削減。
劇的ではない。
だが確実だった。
そして王クラークは言った。
「この国は、
戦争ではなく“土”で強くなるかもしれない」
優利恵はその言葉を聞きながら思った。
この国には、
まだ「叫んでいるだけの才能」が埋もれている。
そしてそれは、
止めるべきものではなく、
“聞かれるべきもの”なのかもしれない、と。




