第17話 歪む未来 ― 香坂の決断 ―
いつも読んでいただきありがとうございます。
冬の風が海を渡り、鎌倉の街に冷たい空気を運んでいた。
香坂、迅、梓、三人はカフェの窓際に立ち尽くしたまま、
テレビに映る片山の宣言を見ていた。
『明日未明、JBSテレビで生放送の討論番組を行います。』
その言葉は、まるで国の心臓を殴りつけるように、重く響いていた。
迅が小さく息を漏らす。
「……本当に言っちゃいましたね……」
梓は椅子に座り込んでいたが、胸元を押さえながら言う。
「未来……また揺れてる……。
でも、さっきよりは……はっきりしてきた。」
「どういうことだ?」
香坂が眉をひそめる。
梓は目を閉じ、ゆっくり言葉を探すように口を開いた。
「……大きくは二つの未来がありました、
一つは“暴動が全国に広がる未来”。
もう一つは“討論番組に国民の意識が向き、
人々がテレビの前に釘付けになる未来”。」
迅が息を呑む。
「それって……討論番組が動いた事で、暴動は抑制されるはずじゃ、」
梓は首を振った。
「違います……まだ、どちらにも動く可能性はある、
“参加者”が誰かでも未来が変わる。」
香坂がきょとんとした顔をする。
「参加者……? 芦田に橘に片山。十分だろう。」
梓は香坂をじっと見つめる。
「……香坂さんです。」
「え?」
「香坂さんが……その場に立つか立たないかで、国の未来が、大きく変わります。」
香坂と迅は同時に固まった。
テレビでは、国会議事堂が混乱する様子が映し出されていた。
議員たちは何を叫んでいるのか判別できないほど騒ぎ、
警備員が複数の議員を止めている。
アナウンサーは震える声で説明する。
『議場は混乱状態に陥っています……
橘議員の発言をきっかけに、与野党ともに収拾がつかない状態です……』
その声をBGMのように聞きながら、梓は静かに続けた。
「香坂さんが“表側”に出る未来。
それと、今までのように”裏”で動く未来。
……未来は、どちらかに大きく揺れています。」
香坂は黙ったまま腕を組む。
そして、いつもの低い声で言った。
「……オレなんぞ出たところで、どうにもならんだろ。」
「逆です。」
梓は強く言った。
「香坂さんだけが……“真ん中に立てる”。」
真ん中??
その言葉に、香坂の目が揺れる。
「政治家でもない、ジャーナリストでもない……
でも、国民もあなたを知っている。
“加害者でも被害者でもない人間”が言葉を発し、
“その場の空気”を変える……
その未来だけが、歪みが収束します。」
沈黙・・・
香坂は窓の外に視線を移した。
沈んだ朝の海が、ゆっくりと明るくなりつつある。
「……香坂さん」
迅が言う。
「俺も……出たほうがいい気がします。」
「お前もか?」
香坂が半ば呆れたように笑う。
迅は視線を落とさず、まっすぐに言った。
「レポーターとしてじゃなく……一人の国民として。
“何が起きているのか”を、その目で見て……言葉にしないといけない。」
「俺が……です。」
梓も、小さく頷く。
「私は……もちろん出演できません。」
その声には切なさが滲んでいた。
香坂は、そんな梓の肩にそっと手を置く。
「……ありがとな。未来を見て、
オレたちに教えてくれるのは間違いなく、お前だけだ。」
梓は微笑んだ。
「はい……。でも、最後に決めるのは……香坂さんです。」
天井のスピーカーから、カフェのテレビ音声が大きくなる。
画面では、片山が記者に囲まれ、淡々と語っていた。
『政治の仕組みの根本的な欠陥……それを国民に理解していただくため、
討論番組には“無差別に選ばれた秘書”にも参加をお願いしています、
裏金の流れを、そのまま生放送で語っていただきたいです。』
記者が叫ぶ。
『片山秘書! あなた自身も裏金に関与していたのでは?』
片山は薄く笑う。
『だからこそ……語る意味があるんですよ。』
その顔には、恐怖も迷いもなかった。
すべて計算しているようだった、
◆
「香坂さん。」
梓が真剣な声で言う。
「もし……あなたが明日の討論に出なければ、
暴動は東京だけでは収まりません。
全国へ広がって……死者が出ます。」
香坂は、深く息を吸った。
「……どうしてわかる?」
「わかるんじゃない。“視えてる”んです。」
梓の瞳は、未来を映すように震えていた。
「でも……あなたが討論に出る未来では……
暴動は、ギリギリで止まります。
それでも混乱は起きるけれど……“国は壊れません”、多分、、、」
それは、梓も予知的観測でしかなかった、
迅が呻くように言った。
「……まるで、香坂さんが……日本の分岐点みたいじゃないですか。」
「違う。」梓は首を振る。
「香坂さんだけじゃない。
国民ひとりひとりの“選択”が未来を作る。
でも……その最初のきっかけを作れるのが……香坂さんなんです。」
香坂はしばらく、何も言わなかった。
カフェの外では寒風が吹き、
電線の影が道路に揺れていた、
時間が、ゆっくりと流れていく。
やがて、香坂はポケットからタバコを取り出すと、
梓に肩をつつかれ、渋い顔をしてタバコを戻した。
「……仕方ねぇ。オレがやるしかねーんだろ!」
「香坂さん……!」
梓がホッとしたように胸を押さえる。
迅は笑って手を叩く。
「よし、決まりですね。」
「ただし。」
香坂は指を立てた。
「言っとくが……国のためじゃねぇぞ。」
「え?」
「桧山のためだ。
あいつが命懸けで残した情報……
無駄にできるか。」
その声は低く、そして強かった。
梓は静かに笑った。
「それで……十分です。」
◆
香坂はスマホを取り出し、
JBSテレビ局の専用番号へ発信する。
明日の討論番組――
どこまで関わるか、どこに座るか、どんな構成で進めるか。
全てを決めるための電話だった。
コールが鳴る間、
梓の目の前の未来は、ゆっくりと一本に収束していく。
歪んでいたはずの光景が
霧の中から姿を現し始める。
未来が、整い始めた。
そして、
その中心に立つのは、他でもない香坂だった。
◆
電話が繋がる。
「香坂だ。
明日の件だが……俺も出演する。
覚悟を決めた。」
その瞬間。
梓の中で、未来の揺れがようやく止まった。
遠くで波の音が聞こえる。
街を少しだけ明るく照らす。
日本の未来はまだ不安定で、
これから大きな波に飲み込まれるかもしれない。
それでも、その流れを変えるために、
三人は、今ここに立っていた。
そして、運命の討論番組に向け準備が進んでいた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
引き続き次回もお楽しみ、いただけると幸いです。




