第11話 死を贈られた男 ― 桧山の静かな反逆 ―
いつも読んでいただきありがとうございます。
JBSのニュースが夜通し流れていた。
「JBSディレクター・香坂ひろし氏 殺害、捜査***」
名古屋のホテルの一室。
そのニュースを無言で見つめるのは、
他ならぬ 香坂ひろし本人だった。
顔色は蒼白、手には一枚のメモ。
そこに書かれた桧山の文字
「誰にも連絡を取るな。
あなたは“死んだ”ことになっている。
今は、それが一番安全。」
香坂はメモを握りしめた。
(……あいつ何しようってんだ、、)
桧山からはあの日、
「放映日の早朝すぐに動いて」とだけ伝えられていた。
逃亡後の行動は説明されなかったが・・・。
今になってようやく理解できた、、、
“ 片山洋介に狙われていたのだが、 ”
殺害は番組終了後である必要があった、、
そうしなければ、報道番組に映像を差し込んだ容疑を
香坂に擦り付ける事は出来ないから、、、
番組終了までに、尾行を振り切る必要があった、、
桧山は香坂を守るために、
彼の「死」を演出した。
そして世界から、彼を一時的に消したのだ。
*** 香坂の心理・・・
JBSテレビが生放送で、橘と平泉の映像を流出させたのは
片山の計画では、俺に責任を負わせるものだった、、
当日は桧山が俺の代わりに番組を仕切っていた事から考えるに、、、
今は桧山が危険である事は間違いない、、、
その後、都内で俺が殺された事になってて、
女性と一緒だったてなりゃぁ、桧山に容疑が向くのは想像できる、
実際はどうやったんだ、、桧山、、、
お前が狙われるだけじゃねーか。
⸻
麻布十番・桧山の部屋。
カーテンを閉め切った部屋の中、
桧山は机の上のスマホを見つめていた。
三人は向かい合って座っていた。
机の上には、香坂の“死亡報道”が流れる
「……本当なんですか?」迅が訊く。
桧山は、深く息を吐いた。
「違う。彼は、生きている。」
梓が息を呑む。
「どういうことですか……?」
「片山洋介が香坂を殺そうとしていた。
だから、私が逃がしたの。」
桧山の目には、覚悟が宿っていた。
「世の中が彼の死を信じれば、追跡は止まる。
……それが、唯一の逃げ道だった。」
梓は唇を噛みしめた。
「じゃあ、あのニュースは全部――」
「そう。フェイクよ
でも、“信じられた嘘”は真実になる。」
3人はしばらく沈黙に落ちた。
そして桧山は、テーブルに一枚の紙を差し出した。
そこには、見覚えのある記号。
JBSの機材コード――だが、
その右上に見慣れぬロゴがあった。
“内閣情報調整局”
「この番組の配信サーバーに、政府の端末が接続されていた。
つまり……片山はもう、報道を掌握しているのよ」
「だから、私が当日違う映像を流したとしても、
何等かの方法で橘と平泉の映像が流された事は間違いないわ」
迅が呟く。
「香坂さんを守るために、死んだことにしたんですか?……」
桧山は静かに頷いた。
「ええ。彼を守るため――
そして、片山洋介の正体を暴くために。」
梓は、小さな声で言った。
「……未来を見るより、今を信じる方が怖いね。」
桧山は目を閉じて答えた。
「だからこそ、今行動したのよ、、、
未来は、後からついてくるから。」
テーブルの上には未送信のメール画面、
未再生の映像データ、
使い古したコーヒーカップ。
三人は互いの顔を見つめ合い、言葉を探していた。
桧山がゆっくりと息を吐く。
「話すべきことは、全部話します。今ここで、正直に。」
迅は落ち着いた口調で言った。
「ハイ、桧山さん。本当のことを教えてください。香坂さんは……」
桧山の目が遠くなる。小さく、いつもの硬さを残して笑った。
「香坂は生きています。名古屋の指定したホテルに身を潜めてるわ。
だが、世間はもう彼を死んだと信じて動いている。」
迅がほっと息を漏らす。安堵の色が一瞬浮かぶが、
それはすぐに冷たい疑念に取って代わられる。
「じゃあ……あの報道に出ていた死体は誰なんですか?」
桧山はテーブルに手を置き、爪先で紙の端を押した。
「それを説明しないと話が進まないよね、、、、、、私が、やったの。」
二人は同時に問い返す。声が震える。
「何を?」「誰を?」
桧山は顔を上げた。まっすぐに、二人を見つめる。
「大金ひさしを、私が殺したの。」
言葉は部屋に重く落ち、空気が止まった。
梓の腹の底がひきつる。
迅の顔が真っ青に変わる。しばらく、誰も動けなかった。
梓が掠れた声で叫ぶ。
「やめてください!そんなの……」
(やっぱりさっきの映像、、、もうすぐ、警察が来る、、)
「桧山さん、逃げましょう!!今すぐここから。
信じてください、一緒に行きましょう!」
桧山の唇が震えない。穏やかに、しかし確信をもって言う。
「行かない。あなたたちは逃げて、私はここに残る。」
「そんなの、ダメです! 危険すぎる!」梓はテーブルを掴み、立ち上がる。
「行かなきゃダメです。僕らはまだやれることがある。桧山さん、お願いだ!」
桧山は頭を横に振った。静かな、確かな否定だった。
「ダメなの。私は行かない。私、あの人を、、、人を殺したの。」
言葉の重さで、二人の足が崩れ落ちる。
梓は震え、膝をつく。
迅は声を失い、椅子にもたれたまま呻く。
桧山は続けた・・・。
語り方は淡々としているが、その口調の奥には激しい何かが燃えている。
「大金を殺した。あの男は、あや(国仲あや)を、そして多くの人を壊した。
彼の手は深かった。私はそれを知っていた。彼が何を守り、何を奪ってきたか
——それを知っていた。」
梓が涙で言葉を詰まらせる。
「でも、だからって……殺していい理由にはならない。
罪は、法で裁くべきでしょ?」
桧山の目が鋭くなる。怒りと憎しみが薄く滲む。
「法は私たちの側にあると思う? あの人たちを裁く力は、ここにはない。
法を動かすのは、政治家と資本とメディア、
彼らがルールを作って、都合の悪いものは葬る。私の妹は消された。
病院さえ記録を消され、存在さえ抹消された。誰がそれを正せた?」
テーブルの上で指先が震える。
桧山は視線を落とし、囁くように呟く。
「私は、償いたくないの。私は復讐と呼ばれても構わない。
妹を壊した者を私が壊した
——それでいい。大金は、罰を受ける必要はない。
あの秩序の中で、法で裁かれるのはいつも弱い者だけだから、
それが正義だと君たちはまだ信じられる?」
梓が頭を抱える。迅が掠れ声で言う。
「桧山さん……でも、これからどうするんですか?
隠れて生きる? それじゃ、ずっと逃げの人生だ。
生きて罪を償う方法もあるだろう?」
桧山は小さく笑った。苦い、しかし解けない笑み。
「償う? 私が償ったところで何が変わる? 妹は戻らない。
法律が動くのを待つ間に、また誰かが壊される。
しかもその法律を動かすのは、同じ連中だ。
だったら私は、私ができることをやる。
私は罰せられたくないし。私の手で、私が裁いた。
人を殺してはいけないと知りながら、私は手を下した。」
部屋に、深い絶望と理解不能な静けさが押し寄せる。
梓の体が震え、床に座り込む。迅は顔を覆ってしゃがみ込んだ。
二人の世界が崩れる音がする。
桧山は立ち上がり、少し遠くを見るように言葉を続ける・・・
「私の行為は正当化されない。犯罪だ。
でも、私は誰かを守るためにこれを選んだ。
香坂を生かすために真実を届けるために、
あなたたちには私のやり方は受け入れ難いだろう。
でも、これが私の正義だから、、、」
静寂の中、遠くで何かが鳴る。かすかな足音、階段を上るような音。
梓が顔を上げ、目の色を変える。
「誰かが来ます! 本当に今すぐここから出ましょう!」
桧山は動かない。扉の方を一瞥するだけだ。
「行って。迅くん、あずさちゃん……逃げて。私が時間を稼ぐから。」
梓は叫ぶ。机に手をついて、桧山を引き摺るようにする。
「やめてください! あなたは行くべきです。
私たちは一緒に行きます! 信じてください!」
桧山は目を閉じ、深く息を吸った。
「私は行かない。私がここにいる限り、片山たちの追跡はそちらには及ばない。
私が囮になる。これは私が選んだ道だから、、、」
――梓の未来映像・・・
廊下の足音が近づく。重い、規律だった足取り。
ドアのノブが静かに回し入ってくる男の姿が見えた、、、警察じゃない!!
梓は震えながらも立ち上がる。
迅が彼女の手を握る。
二人は互いを見て、無言の決意を交わす。
「行くよ、桧山さんの言うとおりにする。だけど戻ってくる。必ず、真実を暴いて、あなたを連れ出す。」迅の声は低く、固い。
桧山は小さく頷いた。目の奥には泣きそうな強さがある。
20:28⇒
桧山は頷きもせず、ただ静かに立っていた。
「早くにげて!!」と、どこにもぶつけられない声が胸に引っかかる。
迅はしばらく桧山の顔を見つめ、ぎりぎりの判断をした。
「仕方ない。一度、僕たちは逃げよう。」
言葉は簡潔だった。決意のように聞こえた。
梓はすぐに反発した。
「えっ、イヤです!! 絶対一緒に行く!!」
迅は静かに梓の肩に手を置いた。
「僕に考えがあるんだ。信じて、ついてきて。」
立ち上がる彼の背は揺るがなかった。
桧山は、震える手で何かを取り出した。
小さな四角い物、、、一枚のSDカードだった。
「迅くん、これ持って行って。」
紙袋から取り出されたそれは、光を受けて微かに輝いた。
迅はそれを受け取り、深く頭を下げた。
「桧山さん、必ず助けます。待っていてください。」
そう言って、梓の手を強く取ると、
二人は部屋を飛び出した。
廊下に出た瞬間、梓がつぶやく。
顔は真っ青だ。
「迅くん!何考えてるの? 本当に危険なんだよ!!
桧山さんが銃で撃たれる未来を見たんだよ…」
迅は足を止めずに、梓の目をまっすぐ見て答えた。
「分かってる。信じて。梓ちゃんは1時間先の未来が見えるんだよね?
今まだ、30分以上は余裕があるはずだ。
まずは警察を連れてこよう――それで時間を稼ごう。」
梓の顔に、かすかな希望が戻る。
「そうか……できそうだね!」
二人は振り返らず、外へと走り出した。
駅までは5分もかからない距離。空気は冷たく、心臓の鼓動だけが大きく響く。
交番は駅前にあった!!
二人は息を切らしながら飛び込む。
「どうしましたか?」と、若い巡査がカウンター越しに問いかける。
梓は一瞬だけ先の未来を覗いた。
――この警察官は、今のままでは話を信じない。
時間がかかる。
警察の机には、ファイルが山になっている。
梓の未来に映ったのは、時間を浪費する長いやりとりだった。
咄嗟に梓は手を伸ばし、机の上のファイルを掴んだ。
「すみません、ちょっと見せてください!」そのまま、
彼女はファイルを抱えて交番の外へと走り出す。
迅が目を丸くして叫ぶ。
「ちょっと〜!! 何やってるの〜!!」
だが梓は振り返らない。
「仕方なかったの……この方法しか、警察官を連れ出すことができなかったの!」と喘ぎながら走る。
巡査が驚き、慌てて飛び出す。
「こらー!! 待ちなさい!!」と怒鳴りながら、
交番の前から追走が始まる。
やがて別の巡査も応援に出てきて、二人の後を追う。
二人の足はもつれそうになるが、迅は梓の手を離さない。
「行け! 走れ!」とだけ言い、二人は駅前の広場を駆け抜けた。
背後からは警察官の怒声と、靴が石畳を叩く音が迫る。
夜風が二人の顔を切る。
路地を曲がる度に呼吸が荒くなったが、
決意は揺るがない。
手の中で、SDカードは頼りない重みを伝えてくる、、、
あれが桧山の託した「真実」だ。
路地を抜けたところで、二人は一度だけ振り返る。
遠く、麻布十番のビルの窓から、人影が一瞬だけ見えたような気がした。
それが桧山か、それとも別の誰かか、わからない。
だがもう、後戻りはできない。
足音は遠ざかる。二人は息を整え、夜の闇に紛れて走り続けた。
***桧山の部屋
扉が叩かれる音。
「開けろ! ここにいるんだろう!」誰かが叫んでいた。
窓の向こう、桧山は静かに扉の方へ歩み寄る。
目には涙が光り、唇が震えた。
だがその表情は、後悔だけではない。
むしろ、覚悟の色を帯びていた。
夜の街は冷たく広がる。
二人の走る影は、やがて小さくなり、夜に呑まれて行く姿を想像した…
***迅と梓の逃亡
梓と迅は、桧山のマンションに向かって走っている
桧山は扉の向こうで耐え、次の瞬間を待つ。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
引き続き次回もお楽しみ、いただけると幸いです。




