第80話 どうして今日に限って!?
【最新ニュース】奇跡的な予定変更が大混乱を巻き起こす!?
―出発1時間前、大沢一家は人生最大の時間との戦いに挑む!―
今日は大切な日。
だからこそ―
何も起こらないはずだった。
…しかし。
たった1通のメールが全てを覆す。
皆、途方に暮れ、
人生で最も大切な場所へ急がなければならない―!?
果たして間に合うのか?
そして何よりも、
こんな格好で入場するのは適切だろうか!?
世界は。
彼らより先に。
目を覚ましていた。
遠くから聞こえる。
犬の鳴き声。
鳥たちのさえずり。
窓から。
ゆっくり差し込む光。
春海は。
目を開けた。
いや。
開けようとした。
「……痛っ……」
開かなかった。
腫れた目が。
ほとんど。
言うことを聞かない。
何度も瞬きをして。
なんとか。
視界を合わせる。
最初に見えたのは。
近くの布団で。
ものすごく窮屈そうに。
身体を曲げている黒沢。
そして。
もう少し。
よく見る。
芽衣が。
黒沢の胸の上に。
完全に。
広がっていた。
まるで。
そこが枕だった。
幸せそうに。
よだれまで垂らしている。
人生で一番。
よく眠れた人の顔。
春海は。
疲れ切った顔で。
小さく笑った。
「……ちゃっかりしてるなぁ。」
少しして。
黒沢も。
目を開けた。
二人は。
何秒か。
ただ。
見つめ合う。
疲れている。
ぼろぼろ。
完全に。
限界。
でも。
生きている。
春海は。
小さな声で聞いた。
「今日の悪者を。」
「倒す準備はできてる?」
黒沢は。
低く笑った。
「悪者が。」
「書類なら。」
「たぶん。」
春海は。
思い出した。
書類。
今日の遠出。
予約時間。
「今……」
「何時……?」
黒沢は。
携帯を手に取った。
「七時十分。」
静寂。
二人。
同時に。
計算する。
「……完璧。」
春海は言った。
「八時五十分くらいに出れば。」
「十時までには着く。」
黒沢も。
頷いた。
計画通り。
何も問題ない。
奇跡だった。
その時。
二つの。
毛むくじゃらの影が。
目の前を横切った。
一匹の猫が。
タケルの近くへ。
ぴょん。
もう一匹が。
芽衣の隣で。
大きく伸びをする。
春海は。
瞬きをした。
見る。
もう一度。
見る。
「……二匹いる。」
黒沢も。
頷いた。
「二匹いるな。」
春海は。
顔を押さえた。
「だから。」
「見るたびに猫が。」
「違う場所にいたんだ……!」
黒沢は。
小さく笑った。
「それで私。」
「こんなに腫れてるんだ……」
春海は。
力なく呟いた。
朝七時。
ようやく。
謎が解けた。
二人は。
子どもたちを起こさないように。
ゆっくり。
立ち上がった。
ふらふら。
よろよろ。
危うく。
何度も転びそうになる。
春海は。
変な姿勢で寝たせいで。
まともに歩けなかった。
仕方なく。
ほうきの柄を。
杖代わりにした。
二人は。
テーブルへ向かう。
黒沢が言った。
「送られてきたメール。」
「見せて。」
春海は。
携帯を開く。
画面を見て。
眉を寄せた。
「……これ。」
「高級な日本語で書いてある。」
「全然分からない。」
そう言いながら。
キッチンへ向かう。
目的は。
魔法の薬。
コーヒー。
黒沢は。
メールを読んだ。
理解した。
頷いた。
そして。
必要な書類を。
一枚ずつ。
分け始めた。
「これは。」
「タケルくんの分。」
「身分証明書を求められたら。」
「これを出す。」
「こっちは。」
「芽衣ちゃん。」
「これは。」
「同意書。」
書類を。
一つのファイルへ。
順番に整理していく。
説明しながら。
春海が。
日本の行政システムを。
生き延びるための。
完璧なカンニングペーパーを。
作っていた。
一方。
春海は。
キッチンのカウンターに。
もたれかかっていた。
巨大なサングラス。
あまりにも。
顔が腫れて。
疲れ切っていたため。
誰かを驚かせないための。
最低限の配慮だった。
紫色になった額。
自分の家との戦いに。
完全敗北した人の顔。
何もせず。
ただ。
黒沢を見ている。
公式。
精神的支援係。
その時。
黒沢は。
何気ない口調で言った。
「これ。」
「いつか。」
「もう一度やることになるぞ。」
春海は。
勢いよく。
身体を起こした。
「はぁ!?」
黒沢は。
笑いを堪えた。
「たぶん。」
「まだ先だけど。」
「いつかは。」
春海は。
腕を組んだ。
「信じられない……」
「でも。」
「それって何で決まるの?」
黒沢は。
書類を見たまま。
答えた。
「主に。」
「大沢さん次第。」
「私?」
「ああ。」
春海は。
胸を張った。
「じゃあ。」
「絶対に大丈夫!」
静寂。
黒沢の手が。
止まった。
春海は。
まだ何も言われていないのに。
何か大切な申し出を。
すでに。
受け入れてしまったような。
そんな答え方をした。
黒沢は。
そっと。
視線を逸らす。
「……そうなると。」
「いいな。」
穏やかな空気。
静かで。
少しだけ。
温かい。
猫たちは。
眠っている。
子どもたちも。
まだ眠っている。
静かな朝。
平和。
平――
ピコン。
携帯が。
震えた。
春海は。
画面を開く。
読む。
固まる。
もう一度。
読む。
飛び上がる。
そして。
黒沢のところへ。
携帯を持っていった。
「黒沢さん。」
「何?」
春海は。
携帯を。
テーブルに置いた。
「読んで。」
黒沢は。
読む。
静寂。
「……終わった。」
メールには。
こう書かれていた。
九時のお客様が。
予約をキャンセル。
十時のお客様を。
九時へ変更。
九時までに。
お越しいただけますか。
難しい場合は。
予約を変更いたします。
次にご案内できるのは。
来年以降となります。
時計。
七時五十九分。
目的地まで。
一時間二十分。
死の静寂。
そして――
「子どもたち起こして!!」
混乱モード。
起動。
タケル。
「何!?」
「火事!?」
芽衣。
「わ、私じゃ――」
春海。
「今すぐ着替えて!」
「今!」
「今今今!!」
黒沢。
「書類!」
「書類書類書類!!」
芽衣。
「私の歯どこ!?」
春海。
「何の歯!?」
芽衣。
「あ……」
「昨日抜けたんだった……」
タケル。
「シャツ着られない!」
春海。
「ゆっくり腕を入れて!」
タケル。
「どっちの腕!?」
春海。
「折れてないほう!!」
春海は。
歩こうとした。
その瞬間。
身体が。
固まった。
「首が……!」
「待って。」
「膝も――痛っ……!」
ほうきの柄を。
掴む。
「これでいい。」
頭に。
その辺にあった布を。
適当に巻く。
巨大なサングラス。
そして。
まだ。
パジャマ。
「こんな日に着る服。」
「持ってないぃぃぃ!!」
黒沢は。
もう鍵を持っていた。
「行くぞ。」
「待って待って待って!」
「待ってぇぇぇ!!」
結果。
全員。
目についた服を。
適当に着た。
高速場面転換。
扉が閉まる。
子どもたちは。
ほとんど。
抱えて運ばれる。
猫たちは。
冷たい目で。
全員を見送る。
エンジン。
始動。
車内。
混乱しているのに。
誰も喋らない。
荒い呼吸だけが。
響いていた。
目的地。
その建物。
建物は。
高級だった。
異常なほど。
高級だった。
巨大なガラス。
音もなく開く。
自動ドア。
本物なのに。
偽物みたいに完璧な庭。
そこでは。
風まで。
高そうだった。
そして。
そんな上品な入口の前に。
彼らは。
立っていた。
春海。
額には。
大きな青あざ。
それを隠そうとして。
頭に巻かれた布。
顔を覆うほどの。
巨大なサングラス。
そして。
杖。
芽衣。
青い口。
青い舌。
指先まで。
青い。
さらに。
前歯が一本。
ない。
タケル。
前腕にはギプス。
片目には眼帯。
朝九時の時点で。
すでに。
人生を諦めたような顔。
その後ろには。
黒く。
高級な車。
三人の姿とは。
何一つ。
釣り合っていなかった。
春海は。
ガラス扉に映った。
自分の姿を見る。
ため息。
そして。
小さく呟いた。
「……クマだけのほうが。」
「まだよかった……」
芽衣は。
ぐったりした声で言った。
「……膝の感覚がありません。」
「本当に。」
「ちゃんと歩けないかも……」
「でも。」
「一番ぐっすり寝たの。」
「芽衣ちゃんでしょ。」
「……えへへ。」
「そうだった。」
芽衣は。
自分が。
どこで眠っていたのか。
思い出した。
タケルは。
何も言わなかった。
たぶん。
話すための力も。
残っていなかった。
静寂。
春海は。
目を閉じた。
大きく。
息を吸う。
正直に言えば。
昨日から。
全部。
うまくいっていなかった。
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