第79話 本当の朝が来る前に
【速報】長い夜の終わり、ようやく朝が来ます。
― 大沢家、家族みんなで迎える"初めての朝" ―
泣き疲れて。
眠たくて。
それでも――
「ママを待ちたい。」
眠気と戦う芽衣のために、
黒沢圭、人生初のアニメ鑑賞会を開催。
まさかの"推しキャラ解説"まで始まり、
少しずつ戻ってくる笑顔。
そして夜明け。
眠る芽衣。
眠るタケル。
玄関で再会する春海と黒沢。
長かった夜が、
ようやく終わろうとしていた。
今日という日は、
きっと特別な一日になる。
泣き声は。
もうずいぶん前に。
止まっていた。
今。
残っているのは。
泣き腫らした目。
赤くなった鼻。
そして。
夜が明ける少し前の。
柔らかな静けさだけだった。
黒沢は。
ソファに座っていた。
その隣。
芽衣が。
ぴったりと寄り添っている。
静かに。
黒沢は。
小さな声で聞いた。
「芽衣ちゃん……」
「少し寝る?」
返事が来るまで。
少し時間がかかった。
たくさん泣いたせいで。
声はかすれ。
まだ少し。
しゃくり上げていた。
「マ、ママと……」
「タケルくんを……」
「待ちたいです……」
言った直後。
芽衣自身が。
固まった。
ママ。
その言葉に。
急に恥ずかしくなったらしい。
まるで。
大きな声で言ってしまったかのように。
そっと。
視線を逸らす。
黒沢は。
気づいていた。
けれど。
何も言わず。
優しく答えた。
「ああ……」
「そっか。」
でも。
心の中では。
(まだしばらく。)
(帰ってこないだろうな……)
そう思いながら。
芽衣を。
もう一度。
よく見る。
重そうな瞼。
ゆっくりとした瞬き。
眠気に負けそうになり。
身体が。
小さく揺れている。
どう見ても。
限界だった。
黒沢は。
考えた。
考えて。
そして。
思い出した。
「そういえば。」
「大沢さんが言ってたな。」
「芽衣ちゃん。」
「好きなテレビアニメがあるんだろ?」
芽衣は。
ゆっくりと。
顔を上げた。
まだ。
少し悲しそうだった。
でも。
その目に。
ほんの少しだけ。
光が戻る。
「……あります。」
「見る?」
すぐに。
こくん。
小さく頷いた。
ほんの小さな。
でも。
嬉しそうな。
「はい。」
黒沢は。
立ち上がる。
けれど――
服の裾が。
引っ張られていた。
芽衣が。
しっかりと。
握っている。
黒沢が見る。
芽衣も見る。
静寂。
「……リモコン。」
「取ってきてもいい?」
芽衣は。
ゆっくりと。
手を離した。
まるで。
大切なものを。
手放すように。
黒沢は。
廊下へ向かう。
「……あれ。」
リモコンが。
ない。
その時。
一匹の猫が。
すたすた。
通り過ぎた。
途中で止まり。
棚を見る。
前足を伸ばし。
ちょん。
棚の奥。
本の後ろから。
リモコンが落ちた。
黒沢は。
拾い上げる。
「……ありがとう。」
猫は。
一度だけ。
瞬きをした。
任務完了。
テレビをつける。
少し時間がかかった。
違うチャンネル。
また違う。
その次も。
違う。
そして――
見つけた。
オープニングが。
流れ始める。
気づけば。
芽衣は。
黒沢のすぐ後ろに立っていた。
また。
服の裾を握っている。
あまりにも近くて。
黒沢が。
テレビを操作するために。
しゃがむと。
芽衣も。
一緒にしゃがんだ。
まるで。
影だった。
黒沢は。
少しだけ。
笑いそうになった。
「ソファに座って。」
「見てていいぞ。」
芽衣は。
言われた通り。
ソファへ向かった。
座る。
背筋を伸ばして。
じっと。
画面を見る。
黒沢は。
近くのテーブルに座った。
ソファは。
一応。
黒沢のベッドでもあったからだ。
そのまま。
一緒にアニメを見る。
けれど。
ふと。
視線を感じた。
(見られてる……?)
振り向く。
芽衣が。
黒沢を見ていた。
静寂。
「……?」
芽衣は。
小さな声で。
聞いた。
「黒沢さんは……」
「こっちに座らないんですか?」
黒沢は。
少し困った顔をした。
「俺にも。」
「そっちに座ってほしい?」
芽衣は。
小さく。
笑った。
「は、はい……」
「こっちのほうが。」
「よく見えるので……」
世界で一番。
下手な言い訳だった。
そして。
世界で一番。
正直な言い訳でもあった。
黒沢は。
立ち上がる。
芽衣の隣へ。
座った。
身体の大きさが。
あまりにも違いすぎた。
芽衣は。
少し動き。
黒沢の腕に。
身体を寄せる。
そのまま。
テレビを見る。
黒沢は。
石になった。
(苦しくないか……?)
でも。
芽衣は。
もう一度。
もぞもぞ。
少しだけ動いた。
さらに。
居心地のいい場所を探し。
黒沢の腕を。
ぎゅっと掴む。
静寂。
『ピポとゼリーの惑星』は。
そのまま続いていた。
その回には。
とても人気のあるキャラクターが。
登場していた。
芽衣にとって。
そのキャラクターは。
ある人物に。
とてもよく似ていた。
「く、黒沢さん。」
芽衣は。
画面を指さした。
「このキャラクター。」
「面白いですよね?」
黒沢は。
じっと見る。
「……変なやつに見える。」
芽衣は。
その正直すぎる感想に。
声を出して笑った。
黒沢の肩からも。
少しだけ。
力が抜ける。
「この子には。」
「すっごく面白いお話があるんですよ!」
「そうなのか?」
「どんな話なんだ?」
芽衣は。
嬉しそうに。
黒沢のほうへ向き直った。
『ピポとゼリーの惑星』。
それは。
ゼリーたちが暮らす世界の物語。
その世界のゼリーたちは。
ゼリー型から。
生まれてくるらしい。
けれど。
型の形と。
生まれてくるゼリーの性格は。
必ずしも。
一致するわけではない。
キノも。
その一人だった。
キノが生まれたのは。
製造ミスのある。
小さな妖精型。
その型から生まれた。
小さな妖精たちの中で。
キノだけが。
男の子だった。
ほかの子たちは。
みんな同じ姿をした。
女の子。
違うのは。
キノだけ。
「それに。」
「キノは真面目で。」
「すっごくしっかりしてるのに。」
「見た目と全然合ってないんです!」
芽衣は。
楽しそうに説明する。
黒沢は。
画面のキノを。
もう一度見た。
「なるほどな……」
「だから。」
「スカートを履いて。」
「羽までついてて。」
「魔法の杖まで持ってるのか?」
「そうです!」
「その杖も。」
「最初から型についてたんです!」
芽衣は。
笑いながら答えた。
そして。
急に。
少し恥ずかしそうになる。
でも。
そのまま。
続けた。
「キノって……」
「黒沢さんに。」
「似てます……!」
「お、俺に!?」
芽衣は。
声を上げて笑った。
さっきまで泣いていたことを。
一瞬だけ。
忘れてしまったみたいに。
「はい!」
「黒沢さんがゼリーだったら。」
「絶対。」
「こんな感じだと思います!」
黒沢は。
想像した。
自分が。
ゼリーになって。
スカートを履き。
羽をつけ。
ピンク色の魔法の杖を持っている姿を。
想像しただけで。
倒れそうになった。
(キノ……)
(お前の気持ち。)
(分かるぞ……)
「……それは。」
「嬉しいな。」
黒沢は。
なんとか答えた。
「私も見てみたいです!」
「黒沢さんが。」
「そんな格好をしてるところ!」
芽衣は。
真剣に考えた。
そして。
笑顔で言った。
「見られたら。」
「人生で一番楽しい日になるかもしれません!」
楽しそうに。
芽衣は笑っていた。
黒沢は。
その笑顔を見る。
(このアニメを見て。)
(少し元気になったみたいだな……)
(よかった。)
黒沢の表情にも。
少しだけ。
安堵が浮かんだ。
時間が経つにつれて。
芽衣の呼吸は。
ゆっくりと。
重くなっていった。
黒沢は。
隣を見る。
(寝た……)
しばらくすると。
芽衣の身体が。
少しずつ。
ずるずる。
滑っていく。
そして。
黒沢の腕の下へ。
すっぽりと。
収まった。
まるで。
そこが。
世界で一番。
自然な場所だったみたいに。
黒沢も。
何度も。
強く瞬きをした。
頭が重い。
瞼が閉じる。
「……少しだけ……」
六時五十三分。
温かさ。
頬に触れる。
柔らかな光。
黒沢は。
ゆっくりと。
目を開けた。
太陽が。
ようやく。
昇り始めていた。
時計を見る。
午前六時五十三分。
隣を見る。
芽衣。
黒沢の服に。
よだれを垂らしていた。
黒沢は。
声を立てずに。
少し笑った。
「……ずいぶん。」
「気持ちよさそうだな。」
起こさないように。
ゆっくり。
身体を起こす。
芽衣を。
そっと。
抱き上げる。
芽衣は。
目を覚まさなかった。
右側の廊下を進み。
寝室へ向かう。
ゆっくりとした足音。
静かな家。
その時――
鍵の音がした。
黒沢は。
足を止める。
玄関の扉が。
ゆっくりと開いた。
そこにいたのは。
春海。
背中には。
ぐっすり眠った。
タケル。
こちらも。
よだれを垂らしている。
二人は。
顔を見合わせた。
一秒。
二秒。
そして――
同時に。
音のない。
安堵の息を吐いた。
少しだけ。
笑いそうになる。
黒沢は。
口の動きだけで。
小さく聞いた。
「……重くない?」
春海も。
ほとんど聞こえない声で。
答える。
「こういう時のために……」
「鍛えてるから……」
疲れ切った。
小さな笑い声。
春海は。
寝室を。
顎で示した。
「二人とも。」
「部屋に寝かせよう。」
黒沢は。
静かに頷いた。
二人で。
寝室へ向かう。
まず。
芽衣を。
布団へ寝かせる。
その隣に。
タケル。
二人とも。
完全に。
眠っていた。
穏やかな呼吸。
春海と黒沢は。
窓の外を見る。
明るくなり始めた空。
まだ。
遠慮がちな朝日。
春海は。
小さな声で聞いた。
「少しだけなら……」
「寝る時間。」
「あるよね?」
黒沢は。
すぐに頷いた。
疲れすぎて。
強がる余裕もなかった。
布団。
三枚。
人間。
四人。
ほとんど。
五人。
黒沢が。
一人半くらいの場所を。
簡単に使ってしまうからだ。
それぞれ。
なんとか。
場所を見つける。
静寂。
家に。
ようやく。
平和が戻った。
そして。
長かったあの夜。
初めて。
全員が。
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