第75話 作戦名・自然界との野球
【超緊急】人類代表・春海、ネズミとの全面戦争へ――まさかの作戦は“野球”でした。
― 平和だった家に現れた、
一匹のネズミ。
それだけで終わるはずだった。
……猫が来るまでは。
逃げるネズミ。
暴れる猫。
叫ぶ大人。
笑う子ども。
壊れる家。
そして。
誰一人として冷静じゃない中、
春海が静かに告げる。
「野球でいこう。」
いや。
どうして?
静かだった。
二十分。
走って。
叫んで。
危うく家を壊して。
植木鉢まで。
精神的ダメージを負って。
ようやく。
家は。
静けさを取り戻した。
ネズミは。
姿を消した。
猫も。
見当たらない。
春海。
黒沢圭。
竹流。
三人は。
リビングで。
肩で息をしていた。
まるで。
戦場から。
帰ってきた人みたいに。
「……静かすぎる。」
黒沢が。
ぽつりと呟く。
「嫌な予感しかしないな。」
竹流も。
同意した。
春海は。
すっと。
人差し指を立てる。
真剣な顔。
「よし。」
「ここからは。」
「戦略勝負。」
「賛成。」
黒沢。
即答。
「俺も。」
竹流も頷く。
「じゃあ。」
「考えて。」
「…………」
「…………」
「……賛成担当です。」
黒沢は。
正直だった。
春海は。
深呼吸をした。
そして。
キッチンを指さす。
「台所から。」
「ベランダに出られる。」
「ベランダから。」
「庭。」
「庭は。」
「自由。」
「自由は。」
「平和。」
「……深いな。」
竹流が。
真顔で頷く。
春海も。
真顔のまま。
頷き返した。
「作戦は。」
「簡単。」
「ネズミを。」
「廊下まで誘導する。」
「そして。」
「完璧なタイミングで。」
「私が。」
「野球みたいに。」
「ぶっ飛ばす。」
「野球みたいに。」
黒沢が復唱する。
「野球みたいに。」
竹流も続く。
一拍。
「……野球。」
「やったことあるのか?」
「ない。」
即答。
「最高だな。」
竹流は。
もう。
止める気がなかった。
「ネズミは。」
「庭へ飛ぶ。」
「猫が追いかける。」
「私たちは。」
「ドアを閉める。」
「終わり。」
静寂。
黒沢が。
ゆっくり頷く。
「……驚いた。」
「ちゃんと。」
「作戦になってる。」
竹流は。
親指を立てた。
「俺は賛成。」
「特に。」
「終わりの部分。」
作戦開始。
廊下。
電気を消す。
黒沢は。
スーパーの袋を。
かさかさ。
小さく鳴らした。
ネズミを誘うためだ。
竹流は。
ベランダのドアの前へ。
配置完了。
春海は。
廊下の角。
しゃがむ。
目を閉じる。
ゆっくり。
息を吸う。
両手で。
ほうきを握る。
まるで。
伝説のバットだった。
「……おいで。」
「ネズミさん。」
小さな音。
……ととと。
また。
……ととと。
「来た。」
黒沢が。
小さく呟く。
「来てる。」
竹流も。
息を潜める。
春海は。
静かに立ち上がる。
「……今。」
身体をひねる。
そして――
パァァァァァンッ!!!
ものすごい一撃だった。
力いっぱい。
全力。
無駄に。
映画みたいだった。
ネズミ。
飛ぶ。
飛ぶ。
まだ飛ぶ。
天井。
ごんっ。
跳ね返る。
ぴょんっ。
消えた。
「…………」
静寂。
三人は。
ゆっくり。
ベランダを見る。
何も。
飛んでこない。
何も。
飛んでいかない。
何も。
起きない。
「……行った?」
黒沢が。
小さく聞く。
「……たぶん。」
竹流も。
自信がない。
春海は。
何度か。
瞬きをした。
「……あれ。」
「ネズミ。」
「どこ?」
その時。
……こつ。
こつ。
小さな音。
冷蔵庫の上からだった。
三人は。
ゆっくり。
顔を上げる。
「…………」
いた。
芽衣。
冷蔵庫の上に。
ちょこん。
座っていた。
手には。
ダノン。
口の周りは。
真っ白。
スプーンを持ったまま。
固まっている。
目だけ。
ぱちぱち。
春海が。
ゆっくり。
口を開いた。
「……芽衣ちゃん。」
「……うん。」
「冷蔵庫。」
「開けた?」
「……開けた。」
静寂。
三人は。
顔を見合わせた。
もう。
分かっていた。
黒沢が。
ぽつり。
「……ゴミ袋。」
春海も。
小さく頷く。
「……ゴミ袋。」
竹流は。
もう動いていた。
「俺が開ける。」
黒沢は。
ゴミ袋を。
びりっ。
勢いよく裂く。
床へ広げる。
即席の。
巨大な網。
全員。
配置につく。
春海。
ほうき。
構える。
黒沢。
ゴミ袋。
待機。
竹流。
冷蔵庫の前。
深呼吸。
春海が。
小さく囁く。
「……せーの。」
「一。」
「二。」
「三。」
「今!!」
ばっ!!
竹流が。
冷蔵庫を開ける。
ばんっ!!
冷蔵庫の扉が。
勢いよく開く。
次の瞬間。
ネズミが。
一直線に飛び出した。
まるで。
発射された。
ロケットだった。
「今ッ!!」
春海が。
誰よりも速く動く。
ぶわっ!!
ゴミ袋を。
勢いよく閉じる。
「入った!!」
袋の中で。
ごそごそ。
ごそごそ。
小さな命が。
必死にもがいていた。
春海は。
大きく息を吸う。
袋を。
ぎゅっと握る。
そして。
腕を大きく振りかぶり――
「それぇぇぇぇぇぇーーーっ!!」
ぶんっ!!
ゴミ袋は。
大きな放物線を描いて。
開いたベランダの向こうへ。
飛んだ。
飛んで。
飛んで。
飛んで。
庭の奥へ。
見えなくなった。
静寂。
「…………」
「…………」
「…………」
三人は。
ようやく。
顔を見合わせる。
黒沢が。
ゆっくり。
親指を立てた。
「……ホームラン。」
春海は。
ほうきを床につく。
肩の力が抜けた。
「……終わった。」
竹流も。
安堵の息を吐く。
「……やっと終わ――」
ぴたり。
言葉が止まる。
一度。
瞬きをして。
春海を見る。
「……待って。」
「ん?」
「……猫は?」
静寂。
三人は。
ゆっくり。
ベランダを見る。
それから。
ドアを見る。
そして。
お互いの顔を見た。
「…………」
ベランダのドアは。
閉まっていた。
「……全部。」
黒沢が。
ぽつりと呟く。
「閉めちゃった。」
春海も。
ゆっくり頷く。
「……猫が。」
「出る前に。」
重たい沈黙。
その時。
家の奥から――
ガシャーンッ!!
何かが。
盛大に倒れる音。
竹流は。
静かに言った。
「……まだ。」
「いるな。」
春海は。
そっと。
額に手を当てる。
「……猫は。」
「あと。」
「あとで考える。」
深呼吸。
一度だけ。
気持ちを切り替える。
そして。
竹流を見る。
「……腕。」
「どう?」
竹流は。
ゆっくり。
右腕を動かしてみた。
その瞬間。
鋭い痛みが走る。
思わず。
顔が歪んだ。
「……正直。」
「結構痛い。」
その一言だけで。
春海の表情が変わった。
迷わない。
すぐ。
黒沢を見る。
「鍵。」
「テーブル。」
黒沢も。
すぐに頷く。
「ああ。」
もう。
分かっていた。
春海は。
竹流の手を握る。
少しだけ。
強く。
「病院。」
「今すぐ行く。」
「そんなに。」
「急がなくても――」
「急ぐ。」
きっぱり。
言い切った。
そのまま。
竹流の手を。
ぎゅっと握る。
「もう少しだけ。」
「我慢して。」
「すぐ着くから。」
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