第67話 歯に裏切られた日
【緊急速報】歯がグラグラで人生終了!?大沢ハルミ、“家族の裏切り”で家出を決意!!
― ただ歯が一本抜けるだけ。
……そのはずだった。
しかし当時のハルミにとって、
それは人生最大級の事件!!
「歯が死ぬ!!」
「絶対抜かれる!!」
「私は裏切られたぁぁぁ!!」
大パニックの末、
まさかの――家出宣言!?
だが立ちはだかるのは、
冷静すぎる妹・イズミ。
「ご飯は?」
「家は?」
「働いてるの?」
その圧倒的な現実論に、
家出計画は開始5分で崩壊!!
そして最後に待っていたのは――
"歯の妖精"との交渉タイム!?
笑って泣いて、
幼き日のハルミが全力で暴走する、
伝説の(本人だけ)大事件開幕!!
(※今回はちょっとだけ昔のお話です。
まだはるみのお肌はぷにぷに。
夜八時のニュースも眼鏡なしで見られました。
……それ以外は、だいたいいつも通りです。)
事件。
始まる。
15時12分。
はるみ。
気付く。
歯。
舌。
ちょん。
触る。
「……」
もう一回。
ちょん。
ぐらっ。
動いた。
止まる。
瞬き。
もう一回。
確認。
ぐらっ。
「…………」
家中。
響いた。
「おかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
どたどたどたどたっ。
畳。
走る音。
はるみ。
居間。
飛び込む。
髪。
ぼさぼさ。
裸足。
目。
まん丸。
口。
両手で。
押さえる。
「歯がぁぁぁぁ!!」
「死んじゃうぅぅぅぅ!!」
母。
鍋。
置く。
「えっ!?」
「ぐらぐらしてる!!」
「抜けちゃう!!」
「抜けたくないぃぃぃ!!」
その場で。
ぴょんぴょん。
飛び跳ねる。
「今!!」
「お別れの挨拶してる!!」
「分かるもん!!」
母。
落ち着く。
ものすごく。
「はるみ」
「大丈夫」
「乳歯だから」
「普通よ」
「普通じゃなぁぁぁい!!」
「私の歯だもん!!」
「ずっと私のだったもん!!」
家中。
走る。
畳。
今日も。
大変だった。
母。
「ちょっと」
「見せて?」
はるみ。
「やだ!!」
即答。
「見るだけだから」
「やだぁぁぁ!!」
「絶対!」
「抜くもん!!」
母。
苦笑い。
「抜かないって」
「本当に?」
「本当」
「……」
はるみ。
じーーっ。
母を見る。
疑い。
百パーセント。
「……」
「抜く顔してる」
母。
「え?」
「その顔!」
「絶対抜く人の顔!!」
母。
ため息。
ひとつ。
「はるみ……」
「私は!」
「この歯と!」
「一生一緒に生きるの!!」
「それは無理かなぁ……」
「できるもん!!」
両手。
口へ。
ぎゅっ。
完全防御。
その時。
父。
登場。
「どうした?」
救世主だった。
たぶん。
はるみ。
涙目。
振り向く。
「お父さぁぁぁん!!」
「歯が!!」
「死にかけてるのぉぉぉ!!」
父。
「ああ……」
全部。
理解した。
しゃがむ。
はるみと。
目線。
合わせる。
「大丈夫」
「みんな」
「通る道だから」
「私は通らない!!」
即答。
「ちょっとだけ」
「見せて?」
「やだ!」
「抜かないから」
「約束」
「……」
はるみ。
迷う。
母を見る。
父を見る。
天井を見る。
考える。
ものすごく。
真剣。
そして。
ゆっくり。
口。
開けた。
父。
じーっ。
見る。
「ふむ……」
はるみ。
「"ふむ"って」
「言わないでぇぇぇ!!」
「その"ふむ"!」
「絶対何かする人の"ふむ"だもん!!」
父。
そっと。
手。
伸ばす。
ぐらぐらの歯。
軽く。
つまむ。
はるみ。
「……」
「お父さん?」
父。
「……」
無言。
はるみ。
少しだけ。
不安。
「お父さん?」
父。
「……」
はるみ。
「お父さ――」
ぽろっ。
沈黙。
一秒。
二秒。
父の手。
小さな歯。
ひとつ。
乗っていた。
はるみ。
ぱちっ。
瞬き。
一回。
もう一回。
口。
舌。
ぺろっ。
「……」
穴。
あった。
血の味。
少しだけ。
した。
父を見る。
歯を見る。
母を見る。
深呼吸。
ひとつ。
「…………」
「この家でぇぇぇぇ!!」
「裏切られたぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
大号泣。
「抜かないって!!」
「言ったじゃぁぁぁん!!」
父。
落ち着いたまま。
「痛くないとは」
「言ったよ」
「抜かないとは」
「言ってない」
はるみ。
「そっちの方が!!」
「ひどいぃぃぃぃ!!」
だっ。
畳。
全力疾走。
どたどたどたどたっ。
部屋。
飛び出した。
父。
小さく。
歯を見る。
「……」
「きれいに抜けたな」
母。
「そこじゃないでしょ……」
五分後。
はるみ。
戻ってくる。
小さなリュック。
背負っていた。
中には。
適当に。
いろいろ。
詰め込んだ。
本人も。
何を入れたか。
よく分かっていない。
母。
「……?」
はるみ。
真剣な顔。
ものすごく。
真剣。
「私」
「家出する」
母。
瞬き。
一回。
「……」
「どこへ?」
「遠く」
即答。
「遠くって?」
「分かんない!」
「でも!」
「遠く!!」
それだけは。
決まっていた。
はるみ。
くるっ。
妹を見る。
「いずみ!」
和泉。
テレビ。
見ながら。
「ん?」
「一緒に」
「家出しよう!」
和泉。
きょとん。
「……」
「なんで?」
はるみ。
胸を張る。
「一人じゃ」
「行けないから!」
「子どもだし!」
和泉。
少しだけ。
考える。
「じゃあ」
「一人で行けば?」
「行けないの!」
「なんで?」
「子どもだから!!」
和泉。
納得。
「じゃあ」
「行かない方がいいよ」
はるみ。
「いやぁぁぁぁ!!」
「行かなきゃなの!!」
「私は!!」
「裏切られたんだからぁぁぁ!!」
和泉。
真剣。
ものすごく。
真剣に。
考え始めた。
和泉。
腕。
組む。
「……」
「どこに住むの?」
はるみ。
止まる。
「……」
「どこか」
「その"どこか"って?」
「……」
「ご飯は?」
「……」
「誰が作るの?」
「……」
「はるみ」
「働いてる?」
「……」
「働いてない」
小さく。
答える。
「私も」
「働いてない」
「……」
「じゃあ」
「ご飯」
「どうやって買うの?」
「……」
「お家は?」
「どうするの?」
「…………」
はるみ。
固まる。
頭の中。
高速回転。
でも。
答え。
出ない。
「そ、それは……」
「細かいこと!」
和泉。
首。
ふるふる。
「私は」
「行かない」
即答。
はるみ。
目。
まん丸。
「えぇぇぇ!?」
「私のこと」
「好きじゃないの!?」
和泉。
こくっ。
「好きだよ」
少しだけ。
間。
「でも」
「ご飯も好き」
沈黙。
一秒。
二秒。
はるみ。
「うわぁぁぁぁぁん!!」
泣く。
全力で。
和泉も。
つられて。
「うぇぇぇぇぇん!!」
泣く。
母。
二人の間へ。
すっ。
入る。
「誰も」
「家出なんてしません!」
宣言。
ものすごく。
力強かった。
はるみ。
半べそ。
口。
少しだけ。
血の味。
まだ。
する。
父。
笑いを。
こらえる。
母。
もう。
力が残っていない。
和泉。
はるみの足。
ぎゅっ。
抱きつく。
「行かないで……」
はるみ。
しゃくっ。
しゃくっ。
泣きながら。
言う。
「行くもん!!」
「勝手に!」
「歯を抜いたもん!!」
母。
優しく。
「はるみ」
「大丈夫だから」
「大丈夫じゃなぁぁぁい!!」
「私」
「死ぬかもしれない!!」
「死なないよ」
「血の味するもん!!」
「こうやって!!」
「始まるんだもん!!」
父。
肩。
ぷるぷる。
笑い。
限界。
その時。
はるみ。
父の手。
見る。
そこには。
小さな歯。
ひとつ。
白くて。
かわいかった。
「……」
涙。
少しだけ。
止まる。
「ねぇ」
ぽつり。
「歯の妖精さん」
「来る?」
母。
ほっと。
息をつく。
「来るよ」
「……」
「いっぱい」
「くれる?」
母。
少しだけ。
笑う。
「その時によるかな」
はるみ。
鼻。
ずるっ。
すすって。
小さく。
うなずく。
「……」
「じゃあ」
「残る」
父を見る。
ものすごく。
真剣。
「でも」
「今日のことは」
「一生」
「忘れないからね」
父。
同じくらい。
真剣。
うなずく。
「それでいい」
その夜。
はるみ。
歯。
枕の下。
そっと。
入れる。
家出用リュック。
ベッドの横。
そのまま。
置いておく。
念のため。
だった。
だって。
はるみにとって。
信頼というものは。
一度失うと。
そう簡単には。
戻らないもの。
……らしかった。




