第63話 本日の解決策は電子レンジでした
【事件】欠勤理由を考えた結果、電子レンジが共犯になりました
―― 大沢ハルミ、本日の作戦は最初から色々と間違っている ――
仕事は休まないといけない。
でも本当の理由は言えない。
なぜなら――
これから会いに行く相手が、
まさかの指名手配犯だから。
そして始まる、
大沢ハルミ流・完璧な欠勤連絡。
犠牲者は電子レンジ。
なお、
本人は最後まで名案だと思っています。
はるみ。
目が覚めた。
決意していた。
落ち着いてはいない。
冷静でもない。
決意だけしていた。
一番危険な状態だった。
天井を見る。
時計を見る。
壁を見る。
そして。
呟く。
「よし」
沈黙。
「今日は仕事休まないと」
理由は簡単だった。
行かなければならない場所がある。
会わなければならない人がいる。
問題は。
その説明だった。
なぜなら。
普通は言えない。
「すみません」
「今日は指名手配犯に会いに行くので休みます」
絶対に言えない。
社会的に。
色々終わる。
はるみ。
ベッドから降りる。
廊下を歩く。
台所へ向かう。
そして――
電子レンジを見た。
沈黙。
電子レンジ。
沈黙。
はるみ。
沈黙。
「……」
嫌な予感しかしなかった。
「いや」
「だめだめ」
「そういうのよくない」
頷く。
一人で。
とても偉そうに。
そして。
三秒後。
「……でも」
最悪だった。
完全に。
◇
数分後。
電話。
職場。
欠勤連絡。
担当者。
電話に出る。
「はい、おはようございます」
はるみ。
人生で一番弱そうな声を出した。
「おはようございます……」
「実は……」
悲しそうに。
苦しそうに。
そして。
電子レンジへ手を伸ばす。
ぽち。
ピッ。
ピッ。
ピッ。
担当者。
沈黙。
はるみ。
続ける。
「息子が……」
ぽち。
ピッ。
ピッ。
ピッ。
「昨夜から体調を崩してしまって……」
ピッ。
ピッ。
ピッ。
担当者。
少し心配になる。
はるみ。
さらに続ける。
「今ちょうど病院にいて……」
電子レンジ。
全力。
ピピピピピピピピ。
担当者。
完全に信じた。
「まあ……!」
「大丈夫なんですか!?」
はるみ。
真面目な顔。
電子レンジの前で。
「今日は入院になりそうで……」
ピッ。
ピッ。
ピッ。
「でも明日には復帰できると思います」
担当者。
完全に騙された。
優しかった。
とても。
「それは大変でしたね……」
「お子さんにお大事にとお伝えください」
はるみ。
一瞬だけ罪悪感。
ほんの一瞬。
「ありがとうございます……」
電話。
終了。
沈黙。
静寂。
電子レンジ。
仕事終了。
はるみ。
止まる。
二秒。
三秒。
そして。
拳を握る。
「よしっ!!」
成功だった。
完全勝利だった。
その時。
背後。
声。
「……信じられない」
はるみ。
固まる。
ゆっくり振り返る。
タケルだった。
パジャマ。
寝癖。
深い隈。
そして。
人生に失望した顔。
「え」
「いや」
「違うの」
全然違わなかった。
タケル。
無表情。
とても無表情。
「電子レンジで病院を作ったんですか」
「作ってないよ」
「作りましたよね」
「……」
沈黙。
「……ちょっとだけ」
「作りましたよね」
はるみ。
胸を張る。
なぜか。
「でも成功した」
タケル。
天井を見る。
助けを求めた。
誰もいなかった。
「大沢さん」
「うん」
「それたぶん駄目です」
「でも成功した」
「そういう問題じゃありません」
「倫理は相対的だから」
「違います」
即答だった。
完全に。
その後。
はるみ。
超高速で準備した。
シャワー。
五分。
髪。
適当。
服。
三回着替えた。
理由。
分からない。
一着目。
真面目すぎた。
二着目。
怪しすぎた。
三着目。
無難。
採用。
鏡。
じーっ。
はるみ。
自分を見る。
「よし」
深呼吸。
「落ち着いてる」
嘘だった。
全然落ち着いていない。
むしろ。
かなり緊張していた。
でも認めない。
絶対に。
髪をまとめる。
きゅっ。
化粧をする。
少しだけ。
そして。
真顔。
鏡へ向かって。
「自然」
頷く。
「怪しくない」
さらに頷く。
「怖くない」
沈黙。
鏡の中の自分。
少し怪しかった。
◇
準備完了。
鞄。
肩にかける。
玄関へ向かう。
その時。
突然。
手首を掴まれた。
はるみ。
止まる。
振り返る。
タケルだった。
珍しく。
真面目な顔。
とても。
「大沢さん」
「うん?」
沈黙。
少しだけ。
言葉を探していた。
そして。
「気を付けてください」
はるみ。
笑う。
でも。
タケルは笑わなかった。
「本当に」
「無理しないでください」
「危ないと思ったら帰ってください」
「一人で全部やろうとしないでください」
静かだった。
いつものタケルだった。
でも。
少しだけ違った。
心配していた。
ものすごく。
はるみ。
少しだけ驚く。
そして。
少しだけ。
嬉しくなる。
「大丈夫だよ」
笑う。
いつもの笑顔。
でも。
少しだけ強引だった。
自分自身を安心させるみたいに。
「ちゃんと帰ってくるから」
拳を握る。
ぐっ。
腕を曲げる。
筋肉アピール。
筋肉はなかった。
全然。
「任せて!」
「母を信じなさい!」
沈黙。
タケル。
停止。
はるみ。
停止。
一秒。
二秒。
三秒。
「……」
「……」
はるみ。
顔を覆う。
「あ」
気付いた。
今。
気付いた。
「これ日本語だと変だ」
タケル。
首を傾げる。
「何がですか?」
「いや」
「ブラジルだとね」
「こういう時に言うの」
「信じろ母を」
「みたいな」
「たぶん」
「たぶん?」
「たぶん」
全然自信がなかった。
タケル。
さらに混乱した。
でも。
少しだけ笑った。
本当に少しだけ。
はるみ。
それを見て安心する。
だから。
いつもの調子で言った。
「じゃあ行ってきます!」
元気いっぱい。
いつも通り。
明るく。
軽く。
でも。
玄関のドアを開ける直前。
タケルは見た。
はるみの手。
少しだけ。
震えていた。
ほんの少し。
本当に少しだけ。
だから。
呼び止めた。
「大沢さん」
「ん?」
タケル。
少しだけ迷う。
そして。
差し出した。
小さな袋。
はるみ。
受け取る。
瞬き。
「これ……」
「蒸しパンです」
少しだけ照れながら。
目を逸らしながら。
「大沢さん」
「いつも言うので」
「こういう時は甘いものが必要だって」
沈黙。
はるみ。
見る。
蒸しパン。
タケル。
蒸しパン。
タケル。
蒸しパン。
タケル。
そして――
「うわぁぁぁぁぁ!!」
タケル。
後悔した。
一瞬で。
「可愛いぃぃぃぃ!!」
「大沢さん静かにしてください」
「無理ぃぃぃ!!」
蒸しパン。
抱きしめる。
宝物みたいに。
「ありがとう!!」
「本当にありがとう!!」
タケル。
耳が赤い。
少しだけ。
「……気を付けてください」
もう一回言った。
今度は小さな声で。
はるみ。
頷く。
今度はちゃんと。
ふざけずに。
「うん」
「行ってきます」
一方その頃。
会社。
青井。
書類を整理していた。
いつもの朝。
いつもの仕事。
いつもの平和。
のはずだった。
「そういえば」
青井。
顔を上げる。
圭を見る。
「大沢さん今日休みですよ」
圭。
止まる。
ペンも止まる。
「休み?」
「はい」
青井。
頷く。
「お子さんが入院したそうで」
沈黙。
圭。
瞬き。
一回。
二回。
三回。
「……入院?」
何かがおかしい。
説明できない。
根拠もない。
でも。
何かがおかしい。
昨日まで普通だった。
いや。
普通ではなかった。
そもそも大沢はるみが普通だったことなど一度もない。
でも。
それでも。
何か引っかかる。
圭。
携帯を見る。
昨日のメッセージ。
既読なし。
朝のメッセージ。
既読なし。
電話。
出ない。
沈黙。
「……そうですか」
青井。
首を傾げる。
圭。
書類を持つ。
立ち上がる。
「後で届け物があります」
嘘だった。
半分くらい。
◇
その頃。
はるみ。
歩いていた。
真顔。
真っ直ぐ前を見る。
姿勢も良い。
歩き方も落ち着いている。
冷静。
大人。
頼れる女性。
そんな雰囲気。
を必死で演出していた。
本当は。
心臓。
すごかった。
どくどく。
どくどく。
うるさい。
とても。
それでも歩く。
前へ。
前へ。
そして。
目的地。
到着。
沈黙。
はるみ。
建物を見る。
古い。
大きい。
コンクリート。
湿気。
少し暗い。
なんとなく。
映画で見たことがある雰囲気だった。
嫌な方で。
「……」
深呼吸。
一回。
二回。
三回。
そして。
突撃。
階段。
上る。
廊下。
歩く。
静かだった。
妙に。
嫌になるくらい。
静かだった。
目的の部屋。
発見。
はるみ。
止まる。
心臓。
さらにうるさくなる。
どくどく。
どくどく。
「……よし」
自分に言う。
聞いている人はいない。
たぶん。
手を上げる。
ドアを叩く。
コン。
コン。
沈黙。
数秒。
そして――
部屋の奥。
物音。
何かが動く。
足音。
ゆっくり。
近付いてくる。
はるみ。
飲み込む。
緊張。
最大。
そして。
ドア。
開く。
ギィ。
そこにいた。
沈黙。
男だった。
ぼさぼさの髪。
無精ひげ。
眠そうな目。
やる気のない顔。
高い身長。
そして――
タケルと同じ眉毛。
「あ」
はるみ。
思わず声が出た。
似ていた。
思ったよりずっと。
目元も。
雰囲気も。
表情も。
どこか。
驚くほど。
似ていた。
男。
はるみを見る。
じーっ。
はるみ。
男を見る。
じーっ。
沈黙。
長い。
とても長い。
誰も喋らない。
本当に。
誰も。
そして。
先に口を開いたのは男だった。
「……誰?」
低い声。
落ち着いた声。
妙に眠そうな声。
はるみ。
停止。
考える。
今さら。
ものすごく今さら。
(そういえば)
(私なんて説明するんだろう)
沈黙。
男。
待っている。
はるみ。
待たせている。
そして。
数秒後。
口を開いた。
「こんにちは」
男。
無反応。
「私」
指差す。
自分を。
そして。
人生で最悪の自己紹介をした。
「あなたの息子さんを拾った者です」
沈黙。
絶対に。
もっと良い言い方があった。
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