第61話 扉が開いた日
【再会】母親、ついに帰宅――でも一番泣いたのは大沢ハルミだった件!!
―― 「おかえり」は言えなかった。でも、それでよかった ――
やっと会えた。
やっと話せた。
やっと同じ場所に座れた。
それだけなのに――
胸が苦しい。
涙が止まらない。
少しずつ埋まっていく距離。
少しずつほどけていく心。
そして、
初めて見えた本当の笑顔。
今日はきっと、
誰にとっても特別な日だった――。
家。
戦場だった。
悪い意味じゃない。
掃除の戦争。
「ソラそこ踏まないでぇぇぇぇぇ!!」
はるみ。
皿を持ったまま全力疾走。
「踏んでない!!」
「タケルが――」
「お前だ」
タケル。
即答。
芽衣の髪をタオルで拭いていた。
芽衣。
椅子の上。
足ぶらぶら。
にこにこ。
ものすごく。
にこにこ。
タケル。
気付いた。
「楽しみなのか」
芽衣。
少しだけ。
もじもじ。
そして。
「……うん!!」
小さな手。
ぎゅっと握る。
「好きになってくれるかな」
「覚えてるかな」
「会ったら何て――」
タケル。
少しかがむ。
芽衣を見る。
「芽衣」
芽衣。
顔を上げる。
「俺がいる」
静かに言った。
「大丈夫」
芽衣。
ぱち。
瞬き。
そして。
こくん。
頷いた。
小さい。
でも。
ちゃんと頷いた。
台所。
その頃。
「お菓子多すぎるかな!?」
「少ないかな!?」
「ソラどう思う!?」
ソラ。
芽衣のダノン食べてた。
「俺は食べ物目当てで来た」
正直だった。
とても。
その時。
コンコン。
玄関。
開く。
「おはよう、はるみちゃん」
桜だった。
大きなお皿。
両手で持っている。
「肉じゃが作ったよ」
沈黙。
次の瞬間。
「さくらおばあちゃぁぁぁん!!!」
はるみ。
抱きついた。
ほぼ泣いてた。
「助かったぁぁぁ!!」
「もし私の料理がダメでも!!」
「おばあちゃんのは絶対美味しい!!」
桜。
苦笑い。
いつものことだった。
「大丈夫だよ」
穏やかな声。
でも。
はるみ。
もう走っていた。
「家まだ存在してる!?」
「ちゃんと片付いてる!?」
「私生きてる!?」
誰も答えなかった。
しばらくして――
準備完了。
料理。
机。
家。
心。
全部。
整った。
そして。
ピンポーン。
沈黙。
家中。
止まった。
二階のソラまで。
止まった。
はるみ。
深呼吸。
一回。
二回。
そして。
小さく言う。
「……来た」
玄関へ向かう。
一歩。
また一歩。
ドアノブを握る。
開く。
そこにいた。
小林みづき。
シンプルなニット。
落ち着いたスカート。
歩きやすそうな靴。
病院の服じゃない。
患者でもない。
弱そうにも見えない。
ただ。
一人の女性だった。
若すぎるくらい。
いろんなものを背負ってきた女性。
みづき。
少しだけ視線を上げる。
「……こんにちは」
はるみ。
笑顔。
反射だった。
「こんにちは!!」
危なかった。
抱きつきそうだった。
本当に。
ギリギリだった。
「どうぞどうぞ!!」
「入って!!」
みづき。
ゆっくり家へ入る。
食べ物の匂い。
誰かの声。
二階から聞こえる足音。
生活の音。
生きている家だった。
はるみ。
振り返る。
そして――
叫んだ。
「タケルくーん!!」
「芽衣ちゃーん!!」
「お母さんが来たよーー!!」
みづき。
ぴくっ。
一瞬。
肩が揺れた。
(お母さん)
沈黙。
(私が?)
ごくり。
飲み込む。
少しだけ。
胸が苦しくなった。
「大丈夫ですよ」
はるみ。
少し近付く。
肩に。
そっと手を置いた。
みづき。
少し驚く。
はるみ。
優しく笑う。
「二人とも会えるの楽しみにしてました」
「だから」
「変に頑張らなくていいです」
「みづきさんのままで大丈夫です」
みづき。
瞬き。
一回。
二回。
(大丈夫)
その言葉。
どれくらいぶりだっただろう。
思い出せなかった。
その時。
廊下。
小さな足音。
ぱたぱた。
ぱたぱた。
芽衣だった。
呼ばれたから来たわけじゃない。
たまたま。
通りかかっただけ。
そして。
止まった。
みづき。
まだ気付いていない。
はるみ。
先に見つけた。
少し笑う。
「ん?」
「芽衣ちゃんいたの?」
みづき。
振り返る。
そして――
見た。
赤い髪。
綺麗に整えられた髪。
可愛い服。
大きな瞳。
小さな体。
じっと。
こちらを見ている。
世界が静かになった。
何も聞こえない。
本当に。
何も。
(綺麗……)
思わず。
そう思った。
(この子が)
(私の娘……?)
芽衣。
小さな声。
少しだけ。
緊張していた。
「……来てくれたの?」
みづき。
言葉が出ない。
何か言わなきゃ。
そう思うのに。
何も出てこない。
はるみ。
自然に紹介する。
「芽衣ちゃん」
「この人が小林みづきさん」
芽衣。
少し照れる。
みづきも。
少し照れる。
二人とも。
どうしたらいいか分からなかった。
だから。
ただ見ていた。
お互いを。
みづきの目。
少しだけ潤んでいた。
まるで。
奇跡を見ているみたいだった。
その時。
階段。
足音。
コツ。
コツ。
コツ。
タケルだった。
そして。
なぜか。
ソラもいた。
完全に不法侵入だった。
タケル。
階段を降りる。
以前より背が高い。
以前より落ち着いている。
少しだけ。
大人びている。
みづき。
息を飲む。
(大きくなった)
(本当に)
(大きくなった)
タケル。
少しだけ緊張しながら。
口を開いた。
「……こんにちは」
一瞬止まる。
そして。
小さく頭を下げた。
「来てくれてありがとうございます」
みづき。
胸が苦しくなる。
痛いくらい。
苦しかった。
(元気なんだ)
(ちゃんと生きてる)
(本当に)
(元気なんだ)
すると。
昔の癖が出た。
ずっと持っていた癖。
先に距離を作る癖。
先に壁を作る癖。
だから。
思わず言った。
「へぇ」
「知らなかった」
全員。
見る。
みづき。
続ける。
「子供がもう一人増えてるのかと思った」
沈黙。
ソラ。
停止。
はるみ。
即座に反応。
「違います違います!!」
「この子はソラくんです!!」
みづき。
落ち着いた顔。
「知ってる」
沈黙。
「え?」
「私、自分の子供くらい分かるから」
ソラ。
固まる。
芽衣。
ぱちぱち瞬き。
タケル。
口元だけ少し動いた。
笑いそうだった。
たぶん。
みづき。
顔を少し逸らす。
耳。
ほんの少し赤い。
そして。
そのまま歩き出した。
「早く」
「お腹空いた」
逃げた。
完全に。
逃げた。
はるみ。
すぐ気付く。
にやにやする。
「かわいい……」
「聞こえてる」
みづき。
即答だった。
食卓。
静かだった。
いや。
正確には。
静かじゃない。
芽衣が喋る。
ソラが喋る。
はるみが喋る。
主に。
はるみが喋る。
すごく。
喋る。
「それでね!!」
「芽衣ちゃんがね!!」
「この前ね!!」
みづき。
お茶を飲む。
少しずつ。
少しずつ。
肩の力が抜けていく。
気付けば。
誰も責めない。
誰も怒らない。
誰もため息をつかない。
ただ。
ご飯を食べていた。
それだけだった。
それなのに。
なぜか。
胸が苦しかった。
桜の肉じゃが。
一口。
食べる。
沈黙。
もう一口。
そして。
小さく言った。
「おいしい」
桜。
優しく笑う。
「よかった」
はるみ。
即座に反応。
「でしょ!?」
「私が作ったんじゃないけど!!」
「でも嬉しい!!」
「なんで?」
みづき。
本気で聞いた。
「だって!!」
はるみ。
当たり前みたいに言う。
「みづきさんが笑ってるから」
沈黙。
みづき。
止まる。
箸も。
思考も。
全部。
少しだけ。
止まった。
誰かが。
自分の笑顔を見て。
喜んだ。
そんなこと。
いつ以来だったか。
思い出せなかった。
その時。
芽衣。
少し身を乗り出す。
「ねえ」
みづき。
視線を向ける。
芽衣。
少しだけ恥ずかしそうに。
でも。
ちゃんと言った。
「また来てくれる?」
沈黙。
食卓。
少しだけ静かになる。
みづき。
答えられない。
すぐには。
答えられなかった。
だって。
そんなこと。
聞かれると思わなかったから。
芽衣。
少しだけ不安になる。
みづき。
それに気付く。
そして。
小さく。
本当に小さく。
笑った。
「……うん」
芽衣。
停止。
一秒。
二秒。
そして――
「やったぁぁぁ!!」
大喜び。
はるみ。
大喜び。
「やったぁぁぁ!!」
「なんで大沢さんも喜んでるの」
「嬉しいから!!」
即答だった。
みづき。
少しだけ笑う。
また。
少しだけ。
その時。
タケル。
黙って席を立つ。
そして。
一枚の紙を持ってきた。
机の上。
置く。
書類だった。
戸籍。
署名欄。
必要な場所。
全部。
綺麗に付箋が貼ってある。
みづき。
それを見る。
そして。
少しだけ。
笑った。
「準備いいね」
タケル。
肩をすくめる。
「大沢さんですから」
全員。
納得した。
はるみだけ。
納得してなかった。
「えっ」
みづき。
ペンを持つ。
少しだけ。
手が止まる。
昔だったら。
逃げていた。
向き合わなかった。
見なかった。
でも。
今は違う。
目の前には。
芽衣がいる。
タケルがいる。
はるみがいる。
だから。
ゆっくり。
名前を書く。
小林みづき
静かだった。
誰も何も言わない。
でも。
その場にいた全員が。
それがどれだけ大きなことか。
分かっていた。
署名が終わる。
ペンを置く。
そして。
はるみ。
突然。
みづきの手を握った。
みづき。
びくっ。
「なに」
「ありがとうございます」
真っ直ぐだった。
冗談じゃない。
ふざけてもいない。
ただ。
真っ直ぐ。
「今日」
「来てくれて」
「本当にありがとうございます」
沈黙。
みづき。
何も言えない。
胸の奥。
何かが少しだけ。
ほどけた気がした。
だから。
代わりに言った。
小さく。
本当に小さく。
「……こちらこそ」
はるみ。
停止。
そして。
目が潤む。
「うわっ」
「泣かないで」
「無理です」
「早い」
タケル。
呆れる。
ソラ。
笑う。
芽衣。
なぜか一緒に泣きそう。
みづき。
それを見て。
本当に少しだけ。
笑った。
今日。
誰も完璧じゃなかった。
誰も強くなかった。
それでも。
少しだけ。
前に進めた気がした。
一人は来た。
一人は残った。
そして。
その間には――
やっと家族になれた人たちがいた。
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