第60話 すべてを変えた一本の電話
【前進】ついに繋がった――でも思ったより重たすぎる件!!
―― ただの電話だったはずなのに、なぜか胸が苦しい ――
やっと見つけた。
やっと繋がった。
やっと話せた。
それなのに――
聞こえてきたのは、
思っていたよりずっと重たい言葉だった。
過去。
後悔。
そして、
誰にも言えなかった本音。
少しだけ前へ進めた日。
でもきっと――
ここからが本当の始まりだった。
携帯。
重い。
レンガくらい。
たぶん。
いや。
レンガより重い。
はるみ。
両手で持っていた。
紙に書かれた番号。
じーっ。
見ていた。
まるで。
核ミサイルの発射コードだった。
「……電話する」
沈黙。
三秒。
持たなかった。
「それ五分前にも聞いた」
ソラ。
三個目のアイス。
食べてた。
もう半分溶けてる。
壁にもたれていたタケル。
腕組み。
真顔。
「早くかければ」
「わかってる!!」
はるみ。
即反応。
深呼吸。
番号入力。
止まる。
消す。
もう一回入力。
止まる。
また消す。
「もし出てすぐ切られたら?」
「ありえる」
タケル。
即答。
「怒られたら?」
「それもありえる」
「もし――」
「大沢さん」
「はい!!」
もう逃げられなかった。
はるみ。
覚悟。
ぽち。
発信。
一回。
二回。
三回。
呼び出し音。
戦争の太鼓みたいだった。
ドン。
ドン。
ドン。
そして――
カチッ。
繋がった。
「……もしもし」
声。
低い。
落ち着いてる。
冷静。
はるみ。
停止。
「えっ」
「え」
「えええ」
頭。
真っ白。
「わたし――」
「信じられない」
沈黙。
「番号見つけたんだ」
はるみ。
ごくり。
飲み込む。
「ち、違うんです!!」
違わなかった。
完全に見つけた。
「すぐ終わります!!」
「変な話じゃないです!!」
「お願いです聞いてください!!」
沈黙。
数秒。
そして。
「……早く」
許可。
出た。
はるみ。
息を吸う。
限界まで吸う。
そして。
全部。
一気に言った。
「子供たちを私の戸籍に入れたいので署名と同意が必要なんですだからお願いです許可してください!!」
沈黙。
完全な沈黙。
はるみ。
冷や汗。
ソラ。
小声。
「死んだ?」
「シーッ」
タケル。
即制止。
さらに沈黙。
長い。
長すぎる。
そして――
「……それだけ?」
はるみ。
ぱち。
瞬き。
一回。
二回。
「はい」
「それだけ?」
「はい」
また沈黙。
そして。
みづき。
本気で不思議そうに言った。
「なんで最初からそう言わなかったの」
はるみ。
泣きそう。
「言いました!!」
爆発。
「受付で言いました!!」
「無線でも言いました!!」
「伝言も頼みました!!」
「配管から侵入しようともしました!!」
「最後のは知らない」
タケル。
冷静だった。
その時。
電話の向こう。
小さな音。
本当に小さい。
かすかな音。
「……ふっ」
はるみ。
停止。
ソラ。
停止。
タケル。
顔を上げた。
沈黙。
「……」
「……」
「……」
はるみ。
心の中。
大混乱。
(え)
(今の)
(もしかして)
(笑った???)
(みづきさん笑うの???)
(感情あるの?????)
みづき。
ため息。
「うるさい人」
「ご、ごめんなさい……」
そして――
少しだけ。
声が変わった。
冷たくない。
怒ってもない。
ただ。
真っ直ぐだった。
「……本当に」
「はい」
「あなたがあの子たちを育てるの?」
はるみ。
静かになる。
ソラも。
タケルも。
誰も話さなかった。
電話の向こう。
みづきは。
返事を待っていた。
そして。
はるみは。
静かに答えた。
「育てます」
沈黙。
みづき。
何も言わなかった。
はるみ。
少しだけ緊張する。
なので。
勝手に喋り始めた。
「元気です」
沈黙。
「ちゃんと食べてます」
沈黙。
「夜も寝てます」
沈黙。
「学校も――」
「予防接種の紙はゴミ箱に入ってた」
タケル。
横から。
ぼそっ。
はるみ。
即肘打ち。
「いっ」
タケル。
被害者だった。
完全に。
はるみ。
何事もなかった顔。
「と、とにかく!」
「元気です!」
「本当に!」
沈黙。
そして。
はるみ。
少しだけ声を落とした。
「それに……」
深呼吸。
少しだけ。
恥ずかしかった。
でも。
言わなきゃいけない気がした。
「私は」
「……あの子たちが大好きです」
静かだった。
電話の向こうも。
部屋の中も。
誰も喋らなかった。
その瞬間――
みづきの意識は。
遠い昔へ戻った。
◇
古い台所。
煙草の匂い。
油の匂い。
少し湿った空気。
若いみづき。
立っていた。
何も言わずに。
ただ。
立っていた。
向こう側では。
母親が怒っていた。
いつものように。
「恥ずかしい」
みづき。
黙る。
「父親のいない子なんて」
沈黙。
「この子は苦労するよ」
みづき。
手を握る。
強く。
強く。
爪が食い込むくらい。
「みんなに聞かれるんだから」
「お父さんはどこって」
沈黙。
「少なくとも」
母親。
振り返る。
「あなたは自分の父親を知ってた」
「でも」
「この子は違う」
みづき。
小さく言う。
「父親は分かってる」
母親。
笑った。
冷たく。
疲れたように。
諦めたように。
「じゃあ聞いてみれば?」
「あなたと子供を養う気があるのか」
沈黙。
「あるわけないでしょ」
食器の音。
ガチャ。
ガチャ。
大きく響く。
「結局」
「私に全部来る」
「そうじゃなきゃ児童相談所が来る」
沈黙。
重かった。
家全体が。
重かった。
そして。
母親は吐き捨てるように言った。
「あなたは本当に面倒ばかり」
みづき。
俯く。
「……」
「子供なんて育てられるわけない」
「自分の面倒も見れないくせに」
さらに。
続く。
止まらない。
「せっかく見つけた仕事もそれ?」
「家を出たかっただけでしょ?」
「おめでとう」
「余計に人生が大変になったね」
沈黙。
みづき。
小さく言った。
「違う」
母親。
聞いてない。
「家計を助けたい?」
「本当に?」
深いため息。
そして。
最後に。
「十六歳のくせに」
「今のあなたを見てごらん」
「私の方がまだマシだった」
静かだった。
何も言えなかった。
言い返せなかった。
だから。
心の中で。
思った。
(そうだよ)
(黙ってなさい)
(何も言うな)
(反論したら傷つける)
(近付かなければ)
(拒絶もされない)
そして。
もう一つ。
別のことも。
(亮司は……)
(どうしよう)
(私が先に離れれば)
(少しは痛くないかな)
◇
「……みづきさん?」
声。
遠くから。
聞こえた。
「まだいますか?」
みづき。
瞬き。
現実へ戻る。
「いる」
短く答える。
そして。
少しだけ。
目を閉じた。
長い。
長い沈黙の後。
ようやく。
口を開く。
「……署名する」
「……署名する」
はるみ。
停止。
呼吸。
停止。
脳。
停止。
数秒。
完全停止。
そして。
「……え?」
みづき。
同じ声。
同じトーン。
「署名する」
「……」
「……」
「ほ、本当に?」
「本当に」
「本当に本当に?」
「本当に」
「夢じゃない?」
「知らない」
はるみ。
震え始める。
感動。
安心。
嬉しい。
全部一気に来た。
「ありがとうございます……」
「本当に……」
「本当にありがとうございます……」
みづき。
少しだけ沈黙。
そして。
仕事の話に戻した。
「で?」
「必要なものは?」
はるみ。
即復活。
得意分野。
たぶん。
「えっと!」
「書類があって!」
「本人確認があって!」
「署名して!」
「印鑑押して!」
「役所行って!」
「証明して!」
「戸籍が――」
「待って」
みづき。
即停止。
「もう分からない」
「え?」
「三秒目で迷子になった」
「えええ!?」
沈黙。
みづき。
ため息。
そして。
言った。
「じゃあこうしよう」
はるみ。
静かになる。
みづき。
少し考えて。
そして。
「ご飯が食べたい」
沈黙。
はるみ。
停止。
「……ご飯?」
「スープ」
「お茶」
「あと甘いもの」
沈黙。
「……え?」
みづき。
普通の声。
「明日行く」
はるみ。
さらに停止。
「……どこに?」
「あなたの家」
完全停止。
脳。
爆発。
「え」
「え」
「えええええええええええええええええええ!?」
大爆発。
ソラ。
びっくり。
アイス落とした。
タケル。
目を閉じた。
うるさい。
予想通りだった。
「もちろん来てください!!」
「いつでも!!」
「何時でも!!」
「朝でも昼でも夜でも!!」
「布団もあります!!」
「毛布もあります!!」
「休憩もできます!!」
「近所のおばあちゃん車椅子持ってます!!」
みづき。
沈黙。
少しだけ。
頬が熱くなる。
(この人……)
(本当に無理)
(距離感がおかしい)
それでも。
少しだけ。
笑いそうになった。
「そんなに長居しない」
「すぐ帰る」
「子供たちも」
少し間が空く。
「……たぶん私に会いたくないだろうし」
その瞬間――
後ろ。
タケルの声。
「なんでそんな叫んでるんだ」
はるみ。
振り向く。
そして。
全力小声。
全然小声じゃなかった。
「みづきさんが明日来るの!!」
沈黙。
タケル。
停止。
ソラ。
停止。
アイス。
床。
死亡。
「……は?」
「待って!!」
「あとで説明するから!!」
みづき。
聞いていた。
全部。
そして。
気付く。
(あ……)
(私)
(本当に会うんだ)
タケルに。
芽衣に。
久しぶりに。
本当に。
会うんだ。
電話の向こう。
少しだけ静かになる。
そして。
みづき。
小さく言った。
「じゃあ」
「明日」
「はい!!」
「あと」
「はい?」
「病院でのこと」
はるみ。
固まる。
みづき。
続ける。
「ドア蹴ったでしょ」
「うっ」
「叫んでたでしょ」
「ううっ」
「すごくうるさかった」
「ごめんなさい……」
はるみ。
しょんぼり。
完全敗北。
でも。
みづきは怒っていなかった。
少しだけ。
本当に少しだけ。
声が柔らかかった。
「別にいい」
沈黙。
はるみ。
目をぱちぱちさせる。
みづき。
続けた。
「ちゃんと謝ったから」
はるみ。
停止。
数秒。
そして。
少しだけ笑った。
「……ありがとうございます」
みづき。
返事はしなかった。
ただ。
小さく息を吐く。
そして。
「じゃあ明日」
「明日!!」
「パーティーはしないで」
「頑張ります!!」
「頑張らなくていい」
「……はい」
短い沈黙。
そして。
最後。
みづきが言った。
「じゃあね」
「大沢さん」
はるみ。
少しだけ笑う。
「はい」
「また明日」
「みづきさん」
カチッ。
通話終了。
静かになった部屋。
はるみ。
携帯を見つめる。
数秒。
十秒。
二十秒。
そして――
「……来る」
ソラ。
「来るの!?」
「来る!!」
タケル。
何も言わない。
でも。
シャツの裾を握る指だけ。
少しだけ。
強くなった。
はるみ。
深呼吸。
ゆっくり。
静かに。
呟く。
「……来るんだ」
その日。
決まったのは。
ただの署名じゃない。
ただの手続きでもない。
それはきっと――
何かが変わり始める日だった。
楽しんでいただけたら嬉しいです!
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また次回もよろしくお願いします!




