第53話 床は土だらけ、でも心はちゃんと帰る場所だった
【決意】ついに聞いてしまった――大沢ハルミ、人生で一番大事な質問!!
―― 「ずっと一緒にいてもいい?」その答えは―― ――
土だらけの玄関。
にぎやかな夕食。
いつも通りのはずだった夜。
でも――
ハルミは勇気を出した。
聞かなきゃいけなかった。
ちゃんと。
自分の言葉で。
そして返ってきたのは、
思っていたよりもずっと温かい答え。
笑って。
泣いて。
少しだけ前に進む夜。
そして最後には――
なぜか黒沢も救われます!?
はるみ。
仕事から帰ってきた。
疲れていた。
ものすごく。
大人を一日中やらされた人間特有の疲れだった。
「ただいま――」
止まる。
玄関。
見る。
土。
葉っぱ。
長靴の跡。
沈黙。
「……あ」
畑だった。
ため息。
でも。
疲れたからじゃない。
思い出したからだった。
靴を脱ぐ前に――
「はるみちゃぁぁぁぁぁぁん!!!」
芽衣。
廊下から飛んできた。
ほぼロケットだった。
制御不能。
「聞いて聞いて聞いて聞いて!!」
「私たち今日ね!!」
「おじいちゃんの畑行ったの!!」
「それでね!!」
「野菜の抜き方教えてもらって!!」
「根っこ残さないとダメなんだって!!」
「あと土とお話ししないといけなくて!!」
「植えて!!」
「収穫して!!」
「いっぱいもらって!!」
「タケルくんが変な料理作ったの!!」
「でも美味しかったの!!」
一息。
全部言った。
一息で。
はるみ。
笑う。
「待って待って待って」
「最初からお願い」
芽衣。
深呼吸。
した。
何も改善しなかった。
はるみ。
家に入る。
靴を脱ぐ。
リビング。
洗濯物。
壁際の泥だらけの長靴。
台所から漂う匂い。
その瞬間。
本当に一瞬だけ。
昔を思い出した。
学校から帰る。
家に入る。
誰かがいる。
声がする。
笑い声がする。
生活がある。
あたたかい。
そんな記憶。
「おかえり」
台所。
タケルだった。
鍋を混ぜている。
ものすごく真剣。
料理人みたいだった。
「ただいま」
はるみ。
少し笑う。
「シェフ」
「今日は何作ってるんですか?」
タケル。
鍋を見る。
真面目な顔。
「挑戦です」
「でも成功しました」
はるみ。
頷く。
妙に説得力があった。
そして。
夕飯。
三人。
机を囲む。
芽衣。
食べる。
幸せそう。
タケル。
様子を見る。
はるみ。
食べる。
そして。
少しだけ。
変だった。
タケル。
気付く。
「まずいですか?」
はるみ。
飛び上がる。
「えっ!?」
「ちがう!!」
「全然違う!!」
「すごく美味しい!!」
「本当に!!」
「百点!!」
「二百点!!」
怪しかった。
とても。
タケル。
目を細める。
「大沢さん」
はるみ。
ごくん。
飲み込む。
そして。
ため息。
少しだけ。
真面目な顔になる。
「……話があるの」
「話?」
芽衣。
目が輝く。
大事な話。
好きだった。
なぜなら。
だいたい面白いから。
「大事な話!?」
「ちょっとだけね」
はるみ。
椅子に座り直す。
少しだけ。
緊張していた。
珍しい。
本当に珍しい。
タケルも気付いた。
芽衣も気付いた。
だから。
二人とも静かになる。
はるみ。
少しだけ下を見る。
そして。
顔を上げた。
「学校の手続きを始めたの」
沈黙。
一秒後。
「本当!?」
芽衣。
ほぼ椅子から落ちた。
「本当」
はるみ。
笑う。
「だから二人とも学校に行けるようになるよ」
芽衣。
大喜び。
足。
ぶらぶら。
全力。
「やったぁぁぁ!!」
タケル。
驚いていた。
でも。
少しだけ。
嬉しそうだった。
本当に少しだけ。
そして。
はるみ。
息を吸う。
ここからだった。
本題。
「でもね」
静かになる。
芽衣。
タケル。
見る。
はるみ。
珍しく。
言葉を選んでいた。
「聞きたいことがあるの」
沈黙。
「二人とも」
「本当に」
「私と一緒にいたい?」
空気が止まった。
芽衣。
瞬き。
タケル。
固まる。
はるみ。
続けた。
少しだけ。
恥ずかしそうに。
少しだけ。
泣きそうに。
「私はね」
「二人のことが大好き」
「一緒にいたい」
「ずっと」
「学校も」
「運動会も」
「発表会も」
「卒業式も」
「恋人ができた時も」
「失恋した時も」
「全部」
「一緒にいたい」
少し笑う。
でも。
声は震えていた。
「二人のいない生活なんて」
「もう考えられない」
沈黙。
「だけど」
「私がそう思ってるだけじゃダメだから」
「ちゃんと聞きたかったの」
そして。
最後に。
少しだけ空気を軽くしようとして。
笑った。
「だから」
「もう少しだけ一緒にいてくれる?」
静かだった。
本当に。
静かだった。
芽衣。
タケルを見る。
タケル。
下を向く。
少しだけ。
考える。
そして。
ゆっくり口を開いた。
「大沢さん」
はるみ。
顔を上げる。
タケル。
真っ直ぐ見ていた。
いつもより。
ずっと真面目な顔だった。
「市場の日」
「俺たちを連れて行く必要はありませんでした」
はるみ。
静かに聞く。
「でも」
「連れて行った」
沈黙。
「世話をする必要もなかった」
「でも」
「してくれた」
少しだけ。
拳を握る。
「探す必要もなかった」
「でも」
「探してくれた」
そして。
一番大事なことを言う。
少し照れながら。
顔を赤くしながら。
「好きになる必要もなかった」
「でも」
「好きになってくれた」
はるみ。
停止。
完全停止。
タケル。
耳まで赤い。
でも。
ちゃんと続けた。
「だから」
「俺たち二人の答えとして言います」
深呼吸。
そして――
「俺たちは」
「ここ以外に帰る場所なんて考えられません」
沈黙。
はるみ。
停止。
脳。
停止。
心臓。
暴走。
呼吸。
忘れた。
完全に。
「……」
「……」
芽衣。
首を傾げる。
「はるみちゃん?」
返事なし。
「はるみちゃん?」
返事なし。
「壊れた?」
「芽衣ちゃん待って」
タケル。
冷静だった。
「今たぶん再起動中だから」
「そうなんだ!」
納得した。
芽衣。
簡単だった。
その時――
はるみ。
目が潤み始める。
まずい。
すごくまずい。
本人も分かっていた。
でも。
止まらない。
「うぅ……」
「大沢さん」
タケル。
嫌な予感。
「うぅぅぅ……」
「泣くな」
「無理ぃぃぃぃ!!」
大泣きだった。
芽衣。
びっくり。
タケル。
顔を覆う。
知ってた。
こうなると思ってた。
はるみ。
涙ぼろぼろ。
「そんなこと言われたら無理だよぉぉぉ!!」
「うれしいぃぃぃ!!」
「ありがとうぅぅぅ!!」
芽衣。
少し困る。
でも。
すぐに笑った。
椅子から降りる。
てくてく歩く。
そして。
よじ登る。
はるみの膝の上。
いつもの場所。
「よしよし」
頭。
ぽんぽん。
はるみ。
さらに泣いた。
「芽衣ちゃん優しいぃぃぃ!!」
「知ってる!」
芽衣。
自信満々だった。
その時。
芽衣。
少しだけ考える。
そして。
はるみの耳元へ近付く。
こそこそ。
小さな声。
「ねぇ」
「ん?」
芽衣。
少し照れる。
少しだけ。
本当に少しだけ。
「じゃあ……」
沈黙。
「今から」
「ママって呼んでいい?」
世界。
終わった。
はるみ。
即死。
「ぐはぁっ!!」
机。
ばんっ!!
タケル。
飛び上がる。
「大沢さん!?」
芽衣。
びっくり。
「死んだ!?」
「まだ生きてるぅぅぅ!!」
生きていた。
たぶん。
はるみ。
顔を上げる。
涙。
鼻水。
感情。
全部限界。
「もちろんだよぉぉぉ!!」
「いつでも!!」
「何回でも!!」
「百回でも千回でも呼んでぇぇぇ!!」
芽衣。
にっこり。
そして。
人生初。
少しだけ照れながら。
言った。
「……ママ」
沈黙。
はるみ。
再死亡。
「ぐはぁぁぁぁぁ!!」
「また死んだ!」
芽衣。
大騒ぎ。
タケル。
もう助ける気もなかった。
でも。
少しだけ。
本当に少しだけ。
笑った。
そして。
顔を逸らす。
耳。
赤かった。
(言いすぎたな……)
思う。
でも。
後悔はなかった。
少しも。
(見つけたんだ)
静かに。
心の中で。
そう思った。
(やっと)
(帰る場所を)
その後――
はるみ。
突然立ち上がる。
芽衣を肩車する。
「よぉぉぉぉし!!」
大声。
家。
揺れた。
たぶん。
「新生活だぁぁぁ!!」
「学校だぁぁぁ!!」
「友達だぁぁぁ!!」
「運動会だぁぁぁ!!」
「全部任せろぉぉぉ!!」
芽衣。
大喜び。
「おーーー!!」
タケル。
頭を抱える。
未来が見えた。
絶対大変だ。
でも――
少しだけ。
楽しみだった。
◇
その夜。
家。
静かだった。
子供たちは寝ている。
リビング。
はるみ。
一人。
ソファに座る。
携帯を見る。
まだ少しだけ。
胸が熱かった。
画面。
一つの名前。
黒沢。
沈黙。
そして。
「……電話しよう」
ぽち。
発信。
◇
一方その頃。
黒沢圭。
風呂上がりだった。
肩にタオル。
髪はまだ濡れている。
その時。
携帯。
ぶるるるる。
圭。
画面を見る。
表示。
大沢ハルミ
沈黙。
「……今?」
脳。
停止。
半秒ほど。
完全停止。
(俺は一日中悩んでたのに)
(なんで向こうは普通に電話してくるんだ……)
沈黙。
そして。
結論。
「出るに決まってるだろ」
即答だった。
電話を取る。
「もしもし――」
「クロサワさぁぁぁぁん!!!」
鼓膜。
死亡。
「っ!?」
「うまくいったんですぅぅぅぅ!!」
圭。
固まる。
「……うまく?」
「全部です!!」
「話しました!!」
「聞きました!!」
「そしたら!!」
「クロサワさんの言った通りでした!!」
「本当にありがとうございましたぁぁぁ!!」
沈黙。
圭。
少しだけ笑う。
気付かないうちに。
自然に。
笑っていた。
「……そうですか」
「それは良かった」
声。
落ち着いている。
でも。
心の中は全然違った。
「本当にありがとうございました!!」
「じゃあまた明日です!!」
「おやすみなさ――」
ピッ。
通話終了。
沈黙。
圭。
携帯を見る。
まだ見る。
さらに見る。
「……切った」
事実だった。
完全に。
そして。
ため息。
少し笑う。
小さく。
本当に小さく。
「良かった」
窓の外。
夜。
静かだった。
そしてその日。
圭は久しぶりに――
安心して眠った。
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