第38話 — スムージーは終わった。でもカオスは終わらない
――静かな家ほど、危険なものはない。
やけに整った朝。
やけに平和な空気。
そして――
やけに“現実”が押し寄せてくるタイミング。
テレビから流れる緊急ニュース。
子どもたちの何気ない一言。
それは全部、
“大人として見て見ぬふりしてきた問題”だった。
書類。
ワクチン。
学校。
そして――責任。
ハルミ、ついに気づく。
「これ…全部、私がやるやつじゃない?」
逃げ場ゼロ。
言い訳不能。
これはもう――
家庭内クエスト:強制スタート。
家の中は――
妙に“ちゃんとしすぎていた”。
それが逆に、不穏だった。
タケルはテーブルに皿を並べていた。
外科医みたいな正確さで。
全部まっすぐ。
全部完璧。
人生はつらいと理解した上で、整理整頓だけは諦めていない顔。
メイはリビングの床。
色紙、のり、ハサミに囲まれて、
明らかに今日中には完成しない芸術プロジェクトに没頭していた。
そしてハルミは――
ソファ。
パジャマ。
適当に結んだ髪。
新しいメガネは鼻からずり落ちかけていて、
本人はまだ“仮”だと思い込んでいる。
手には、放射能みたいな色のグリーンスムージー。
半目でテレビを見ていた。
(あれ…私、ほんとに年取ってきてない?
いつから夜のニュース見るのにメガネ必要になった?)
メガネをくいっと直す。
(そのうち音量に文句言い出して、天気の話し始めるんじゃない…?)
最後の一口を吸った。
――ズゾォォォォォォォォォォォ
静寂。
タケルの手が止まる。
ゆっくり振り向く。
「……大沢さん」
「ん?」
「もう、空です」
「うん」
「じゃあなんでまだ吸ってるんですか」
「感情がまだ追いついてないの」
ため息。
深い。古い。人生を知っているやつ。
その瞬間。
テレビが――ピッ。
勝手にチャンネルが変わった。
『緊急ニュース』
ハルミ、瞬き。
「え?」
画面が赤く染まる。
重たい音楽。
でかいテロップ。
『身元不明の子どもが保護され、関係者を捜索中』
ハルミ、停止。
レポーターの声。
『法的な保護関係が確認されていない大人のもとで――』
――ゴクン。
何も口に入ってないのに、むせた。
「ゴホッ、ゴホッ――」
「大沢さん?」
タケルが皿を置く。
「だ、大丈夫!!
ちょっと…空気でむせただけ!!」
ニュースは続く。
書類。
保護。
拘束。
ハルミはゆっくりタケルを見る。
にこっ。
完全に“やらかしに気づいた人の笑顔”。
「へへ…」
「何ですか」
「いや、なんでも。普通の思考。大人の思考」
「……ご飯にしましょう」
これ以上悪化する前に打ち切った。
全員、席につく。
メイは勢いよく座る。
「今日のごはん、きれい!」
「俺が作ったから」
「ハルちゃんも早く!」
ハルミも座る。
箸を持つ。
体はここ。
心は――完全に別次元。
(仮説A:私、捕まる)
(仮説B:この子たち、連れていかれる)
(仮説C:とんでもない罰金)
(仮説D:全部)
「ハルちゃん」
メイがつつく。
ハルミ、飛び上がる。
「私やってません!!!」
「塩とって」
「……塩」
虚無の顔で渡す。
「ありがと!」
メイ、塩をかける。
「かけすぎ」
タケル即ツッコミ。
「いいもん」
「よくない」
「よくないことない!」
「ある」
――“健康”。
その単語が、ハルミの脳に直撃した。
「だってさ!」メイが続ける。
「私たち、ちゃんとしたワクチンのカードもないし!」
――ドン。
「前のやつ、捨てたでしょ!」
――ドドン。
ハルミ、完全停止。
箸が宙で止まる。
魂、離脱。
ミニハルミ(幽霊ver)登場。
腕組み。
「で?まだ聞こえてないフリする?」
「処理中!!」
「遅い」
その間にも口喧嘩はヒートアップ。
「だから友達いないんだよ!」
「字も読めないやつが言うな!」
「本読んでるだけじゃん!」
「勉強してるんだよ!」
「ハルちゃーーーん!!」
(思春期ってこんなだっけ…前もっと平和だったよね…?)
でもハルミは内面崩壊中。
(学校)
メイが再度聞く。
「塩いい?」
「……いいよ」
ミニハルミ、ため息。
「おめでとう。“家庭内存在危機”アンロック」
頭の中に巨大リストが点滅。
書類
ワクチン
学校
教材
健康
服
交通費
行事費
家
未来
「私、捕まる…」
「そのままだとね」
「連れていかれる…」
「動かなければね」
ミニハルミが指差す。
「立て」
「今」
二人がケンカを止める。
ハルミを見る。
髪ボサボサ。
メガネ曲がってる。
目が虚無。
「……大丈夫?」
「バグった」メイ即答。
ハルミ、瞬き。
一回。
二回。
「いや」
ゆっくり立ち上がる。
「ここで終わらせない」
「何が」
ハルミ、空を指差す。
「今日から――全部終わらせる!!」
子どもたちの脳内:
巨大な書類モンスター
空飛ぶ注射器
“書類”って書かれた敵
「狩る」
「見つける」
「全部」
「何を?」タケル
「全部!!」
メイ、目キラキラ。
「ゲームみたい!」
「そう、ゲーム!」
「手伝っていい?」
「もちろん!」
「俺も?」
「よし!!チーム結成!!」
ミニハルミ、満足げに腕組み。
「やっと動いた」
――こうして。
たった一つの“塩”。
それだけで。
ハルミの人生は正式に――
カオス上級モードに突入した。
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