第104話 その判断、本当に大丈夫?
【緊急美容】男子二名、無事に帰宅しました。なお、尊厳は守れませんでした。
――お風呂には入った。汚れも落ちた。ここまではよかった。気づけば爪は青く、顔にはきゅうり、頭にはスーパーの袋。なお、二人とも「自分からやった」とは絶対に認めません。――
男の子たちは、きれいになっていた。
本当に。
湯船。
石けん。
シャンプー。
コンディショナー。
耳の後ろまで。
今はリビングの床に座り、ゲームをしながら二人が風呂から出てくるのを待っていた。
待つこと。
一時間。
二十四分。
「……死んだ?」
ソラが、画面から目を離さずに聞いた。
奥から聞こえてくるのは。
笑い声。
また、笑い声。
「うわああ、信じられない!!」
さらに、笑い声。
「そうは聞こえない」
タケルは、落ち着いてボタンを押していた。
「コーヒーを二十リットル飲んだみたい」
「でも、ちょっと寝ただけだろ……」
「だから」
また、廊下に大笑いが響いた。
二人は湯船の中で、まだ予定もないパジャマパーティーを計画していた。
顔を見合わせる。
もし、十代の頃へ戻れたら。
最初に何をするか。
決まったらしい。
「スパ!」
「カーラー!」
「ホラー映画!」
「秘密基地!」
「お菓子!」
「焚き火!」
「ジャストダンス!」
「カードゲーム!」
静寂。
初めて、ひそひそ声になった。
ソラが瞬きする。
五秒の静けさが、怖かった。
「……心配した方がいい?」
「もう遅い」
タケルが、つぶやいた。
風呂場では、計画が決まった。
「同じこと考えてる!?」
「……すごいこと思いついたから、そうだといいな」
サイコは、正直に答えた。
楽しみすぎる声で。
リビングは、静かだった。
風呂場の扉が、必要以上に劇的に開いた。
湯気が広がる。
凱旋。
ハルミとサイコが現れた。
髪にはタオル。
顔はつやつや。
目は、元気すぎる。
十年前へ戻ったみたいだった。
そして、何かを持っている。
たくさん。
高そうで、おしゃれな美容用品。
二人は、男の子たちを見た。
二人とも、茂みから出てきたばかりみたいだった。
実際、そうだったのだけれど。
ハルミが両腕を広げた。
「今日はスパの日ぃぃぃ!!」
ソラが目を見開いた。
少しだけ、嬉しい。
楽しそうな女性二人に世話をしてもらう。
いい話に思えた。
タケルは。
うつろな目。
少し開いた口。
消えたかった。
でも、ハルミがあまりに嬉しそうだったので。
反対する勇気が出なかった。
「ヨーーーチャ!!」
ハルミが、元気いっぱいに叫んだ。
サイコは、すでにきゅうりを切っていた。
外科医みたいな正確さで。
ハルミは、ボウルの中で何かクリーム状のものを混ぜていた。
ソラが、マジックテープのついた丸いものを取った。
「これ、武器?」
「カーラー」
サイコが答える。
「何のため?」
「見た目を守るため」
タケルは、三つの容器を見比べていた。
「何で全部、同じ名前で同じ働きなのに……匂いが違うの?」
「香りは個性だから」
ハルミは、真顔で答えた。
そして。
静寂。
ハルミが下を見る。
ソラの足。
止まる。
目を見開く。
「うわあああ!! 何、その爪!?」
サイコも見た。
「うわ」
ソラは、攻撃された気分になった。
不服。
傷ついた。
「二人とも、俺の爪は好きにしていいよ。楽しんで……!」
王様みたいに言った。
タケルが、ゆっくり顔を向ける。
「後悔するよ。かっこつけてると」
遅かった。
サイコは、もう甘皮を押し上げていた。
「痛あああ!! 痛い!!」
「動かないで!」
ハルミは集中していた。
「タケルくん、助けて!!」
でも、一番苦しんでいたのはタケルだった。
ソラが、彼の腕を握りつぶしていたから。
タケルは、そのままゲームを続けた。
「自分で言ったんでしょ」
大量の大騒ぎ。
大量の悲鳴。
大量の。
「指がなくなる!!」
そのあと。
ソラの爪は。
青くなった。
「青、似合うね」
ハルミが言った。
「俺の苦しみにも似合うよ……」
ソラが、つぶやく。
でも、実は。
おしゃれだと思った。
タケルは、何も言わなかった。
「次は保湿!」
ハルミが、嬉しそうに宣言した。
「マスクの時間!」
タケルが眉を上げる。
「……マスクって、顔にするんじゃないの?」
静寂。
ソラが、ゆっくり彼へ顔を向けた。
大学院を三つ出た先生みたいな姿勢で。
「違うよ、タケルくん。これはヘアマスク。その歳にしては、まだまだだね。将来、女の子に喜んでもらいたかったら、こういうものも分かってないと」
サイコとハルミは、目を合わせた。
聞かなかったことにした。
「どこから始める?」
ソラは、準備万端。
タケルは、自分の存在そのものを諦めていた。
クリームが、髪に塗られ始める。
ソラが目を閉じた。
「ああ……俺の髪、生まれ変わる……」
タケルは顔をしかめた。
「はあ……髪が女の人みたいな匂いになる」
「それを、自分のお手入れっていうの」
サイコは答えながら、彼の髪にもクリームを塗っていた。
キャップは、なかった。
だから。
スーパーの袋を、髪を包むようにかぶせた。
ソラにも、同じもの。
男の子、二人。
髪には、スーパーの袋。
顔には、きゅうり。
ソラの爪は、青。
「……」
「……」
タケルが、ソラを見つめた。
「誰かに知られたら……」
「タケルくんがやりたがったって言うよ」
ソラは、落ち着いて答えた。
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