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クロノスタシス  作者: 芽寺はじめ
トコ
25/29

3

「落ち着いたか?」


「……ええ……なんとか……」


「ちなみにいとこ同士って結婚できるらしいぞ」


「にゃにゃ!?」




時間が経ってなんとか落ち着いたものの、また茶化されたせいで心拍数が再び上昇した。




「お前、恋すると猫になる呪いでもかけられてるわけ?」




当然ながら、私はこの見ず知らずの少年に呆れられてしまった。別にわざとではないのだが。




「ふにゃぁあ……しょ、そういうわけじゃにゃいわよ……」




恥ずかしさの余り滑舌がふにゃふにゃになってしまっている。穴があったら埋もれて死にたい。


その少年はそこにいるはずなのに、何故だか地球の裏側まで身を引いているような距離感を感じた。




「もうお前ら結婚しろよ。『トコちゃん』『竜くん』って呼び合ってる時点でもう付き合ってんだろ。熱々の甘々でこっちが胃もたれ起こすっての」


「ち、ちがうのぉ……竜くんとはただの従兄弟で……」


「ただの従兄弟はそんな呼び方しねぇ」




もうなんか泣きたくなってきた。




「でも良かったじゃねぇか。こんな馬鹿みてぇな呼び合いができる仲の人間がいてさ。こいつなら、お前のことも分かってくれんじゃねぇの?」




彼はまるで全てを知っているかのように、つらっと私の心に土足で入り込んできた。


何も知らない部外者のはずなのに、その言葉が胸に染み込んでくる。彼には何か不思議な力が宿っているようだった。




「なんとなく状況はわかるよ。このゴミ屋敷に鬼の形相の女。そしてあんたが自分の名前に『価値』を見出してるとこを見ると……ね」


「『価値』……?」


「人間は自らの人生において必要のない『もの』に『価値』を見出すと時を止めることがあるんだ。今回みたいに必要以上の『価値』を見出した場合もそうなるけど」




必要ない。確かに、人生において名前は必要だけど、私はその名前に別のところで「価値」を見出してしまったようだ。


その自覚はあった。でも、そうせざるを得ないところまで追い詰められてしまったのだから仕方ないのではないだろうか。




「だからその『時間』を『修理』するために、俺たち『時計屋』がいるってわけさ」


「とけい……?」


「っても困ったな。このまま『修理』したら、あんたまたこの女に殴られるよな」




言いたいことはわかる。『修理』とはつまり、止まった『時間』を動かすこと。だからここで『修理』を始めたら、私の地獄の日々が再び舞い戻ってくるのだ。


想像するだけでもう嫌だ。できることなら、いっそこのままここで死にたい。




「別にここに留まりたいならそれでもいいけど……あ、そうだ」




ぽんと手を打ち、コンビニのレジ前のお饅頭を買うような感覚で。




「俺のこと、殺してみない?」


「……は?」




ぽかんとなった。さっきから死にたがってた少女に、自分を殺せと言ったのだ。

いきなり何を言い出すんだと思いきや、彼は何か確信を持ったように意気揚々としていた。




「『時計屋』ってのはな、この空間に迷い込んだ人間が『時計屋』を殺して受け継ぐ形式なんだよ。あんたが『時計屋』になればあんたはここで痛い目を見ないで済むし、昔の事も忘れられる。どうだ? 魅力的な話だろ?」




魅力的な話?


何を言っているんだこいつは?


というか、『時計屋』がそういうシステムなら、こいつは?


ーーこいつはどうやって『時計屋』になった?




「なぁんて冗談だよ。最良の選択肢は今のうちにここ逃げ出して、その”竜くん”とやら会いに行くことだ。そしてそこで『時間』を『修理』すれば、いつでも助けを求められる。どうだ? なかなかいい考えだと思わないか?」




かと思えば、すぐに別の案を提示する。こいつ、一体どこまで本気だったんだ?




「のべつ幕無しに我が子を殴る親と話し合えなんて拷問じみたことは言わねぇ。こりゃ歴とした犯罪だ。犯罪被害者は外の人間に助けを求めるのが道理ってもんだろ?」



「……それは、確かに正しいことだけど……」



「その後の生活のことなんかその時考えりゃいい。今のあんたは親という犯罪者に監禁されてる状態だ。今この状況を打破するには、まずここから逃げるべきだろ?」




彼は乱暴なようで正しかった。


けれども、私の体は至る所痣や傷だらけでぼろぼろ。隣町にある竜くんの家まで無事辿り着けるかどうか微妙なところだ。



家には行けない。ならばどうするべきか。鈍くなった頭で考える。




「……この近くに、コンビニがある……そこの公衆電話まで……連れてって……」


「わかった」




彼は迷うことなく、自分の肩を年の近い女の子の為に貸してくれた。


その姿が、何故だか大好きな竜くんと被ったのだけれど、それがなんとなく恥ずかしくて、向こうが気づかぬうちに咄嗟に目を逸らした。





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