4
「ーートコちゃん!」
目を醒ますと、目の前に竜くんがいた。
竜くんは、そこにいるだけなのに安心する。私にとって彼はそういう存在だった。
目覚めてすぐに見えたのが彼だったというのは、私にとってはすごく幸福なことだったのだ。
「大丈夫? 僕のことわかる?」
ああ、この声。間違いなく竜くんだ。この声を、ずっと聞きたかったんだ。
その竜くんが、私を助けてくれたんだ。
「……ありがとう、『時計屋』さん……」
名前の知らない少年のおかげで、私は“一命”を取り留めた。
それから私は竜くんに「時計屋」のことについて話した。
竜くんもおじさんもおばさんも、夢でも見たんだろうと笑っていたけれど、それはそれで別にいいと思っている。だって私は、こうして竜くんと一緒にいられるだけで幸せだったから。
あの彼の言った通り、私の時間は止まっていた。竜くんに会えた今この瞬間から、私の時間は動き始めたんだ。
私の名前についても竜くんや彼の両親とも話した。そもそも名前というのは本人よりも他人の方が使う機会が多いということもあり、私のこの真音という名前はあまり実用的ではないという結論に至った。いちいち訂正するのはお互い面倒だし、その分色々な面でトラブルの元となる。そうなってしまう前に、もっとわかりやすい名前に改名するべきではないか、と。
問題は、私が15歳未満であること。15歳未満の改名には保護者等法定代理人が必要らしく、できれば親権者の方がトラブルが少なくて済むとか。
しかし私は母親とまともに会話をした記憶がない。もとからそうだったのか、最近の暴力が酷過ぎて思い出せないだけなのかすらもわからない。このままでは母親とは話が噛み合うかどうかも不安だ。
どう話を切り出せばいいのかわからない。勉強のことはなんでもわかるのに、家族のこととなるとわからないことだらけ。
でもおじさんもおばさんも、何事も話し合いが大事だという。
例えどんな親子関係でも、話し合わなければ伝わるものも伝わらないと。
「大丈夫だよ、トコちゃん」
悩む私に、竜くんは笑ってこう言った。
「トコちゃんのことは、僕が守るから」
心があったかくなる。
なんて、頼もしい言葉だろう。
私はそれに甘えることにして、竜くんや竜くんの両親と一緒に私の家へと出向いたのだった。
だけど。
現実はいつだって残酷だった。
母親は、部外者を連れてくるなとか、これは家の問題だから他人は引っ込んでろとか、たくさん暴言を吐いた。
そうして竜くんたちを追い出して、私の髪の毛を引っ張って振り回した。
私は話し合うために、私の思いをなんとか絞り出して叫んだ。私の今の名前は不便で実用的じゃないから改名したい。そう何度も繰り返した。
しかし母親は、まるで別の生き物のように叫び散らすだけで、私の訴えを聞いている素振りすらなかった。
いや、むしろ聞いていたのだろう。聞けば聞くほど、私の頭は壁に何度も打ち付けられた。
壁に穴が空くのが先か、私が死ぬのが先かというくらい、何度も何度も。
これはもうだめだと思った。
身体中痣や傷だらけ。背中には煙草の火傷の跡。髪はむしり取られてところどころ禿げができていた。
親子の話し合いなんてままならない。これでは改名手続きが行えない。
学校に味方なんかいない。
友達もいないし、先生は私が生まれてきたのが悪いと言う。
ああ、そうか。
生まれてきたから、生きているから、駄目なんだ。
じゃあ、死のう。
それを教えてくれたこの学校の屋上から。
最初からこうすればよかったんだ。こうすれば、誰も傷つかずに済んだのに。
私のせいで両親が離婚した。
私のせいで竜くんに迷惑をかけた。
私が生きているせいで……。
「ーーさよなら、世界」
せめて死後の世界は、優しいところであって欲しいと。
私は一歩、踏み出した。




