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クロノスタシス  作者: 芽寺はじめ
トコ
24/29

2

いつの日か、思ったことがある。



もしも地獄だけじゃなく、この世にも蜘蛛の糸があったなら。



本当に私は、救われたのだろうか。








私は幼い頃から発育が良く、年相応に見られることはなかった。いつも大人びた雰囲気で、小五の頃従兄と街中を歩いてたら、中学生くらいのお姉ちゃんと間違えられたことがあったっけ。




普通の子ならそれをコンプレックスに思うところなのだろうけれど、私は全く気にしなかった。むしろそれを強味として、みんなよりも優れた人間であるかのように振る舞っては優越感に浸っていた。




才色兼備な私は、自分に一切不満を持つことはなく、いつもクラスの中心にいた。やがて六年生になると、難関中学の受験に挑戦することにした。



筆記テストは楽勝だった。私にとっては赤子の手を捻るよりも簡単で、正直その時は拍子抜けした。このままスムーズに合格できるのではないかと、意気揚々と翌日の面接に挑んだ。




けれども、気持ちに余裕があったのは、面接官から名前を聞かれるまでの話で。






「お名前は?」



五反田ごたんだ真音マリアントワネットです」





その時点で、私の不合格が決まってしまった。



ここだけ聞けば、コントみたいな話だと人は笑うだろう。けれどもこの時の私の絶望感は計り知れないものがある。



こんな笑い話の後で起きた事を聞いても、果たして第三者は笑っていられるだろうか?




私立受験に失敗したら、公立中学へ入学となる。


私の名前は誰が見ても奇抜そのものだったので、入学初日からクラス中の注目を集めた。

その上、どこから漏れたのか私の受験失敗の話まで広がり、馬鹿にされ見下されるようになった。




その結果私はどうなったと思う?




クラス中から奴隷のように扱われ、パシリは勿論、掃除当番は私のグループでは私一人しかやらなかった。


先生に相談してみたけれど、先生は生徒の味方でえこひいきはできないから、奇抜な名前を与えるような親の下で生まれたこどもが悪いみたいなことを言われた。



理不尽過ぎる、と思った。両親にも相談したけれど、頑張ればなんとかなるとしか返ってこなかった。




頑張るって何? 私は毎日頑張ってるよ? 勉強だってみんなよりできるし、体型だってみんなよりも大人だよ? どんなに辛くても毎日学校通ってるのに、何も解決しないのはどうして?




やがて私は、自分の「名前」に「コンプレックス」という「価値」を見出すようになる。

真音マリアントワネットは、教養の無い母親がフィーリングでつけた名前らしい。

マリーアントワネットは無実の罪で処刑された、哀れな貴族の一人だというのに。




私は学校では人権がない奴隷だから、給食なんてものはない。殴られたり蹴られたり**されても、文句は言えないのだ。


それも全て、先生黙認の上で行われる。誰も味方なんていなかった。




先生も、私が出席していてもずっと不登校として扱っていた。そのせいで担任がわざわざ家にまで出向いて、娘さん学校に来てませんよと嘘をついていた。

教師の自演に気付けない馬鹿な両親は、私をその場でこっぴどく叱った。その時のその教師の笑顔を見た時の恐怖感は今でも忘れられない。




やがて私は本当に不登校になり、部屋に引きこもるようになった。そして、全ての元凶となった自分の名前をとことん憎んだ。こんな名前をつけた親も憎んだ。

けれどもどちらの親も、私のことを分かってはくれなかった。



私の引きこもりが原因で両親が離婚し、苗字が変わった。それでも私は部屋の外へ出る勇気を持てなかった。




そのうち母親は、私に暴力を振るうようになった。家事もしない、ゴミだらけの異臭を放つ家で、母親は狂ったように私を殴り続けた。

その時ばかりは、父親に行かなくてよかったと思った。だってこれがもし男だったら、もっと痛い目に逢っていたはずだもの。




その日も、私は母親に全身から血が噴き出るまで打たれていたのだけれど、次の拳がいつまで経っても襲い掛かってこないことを不思議に思った私は、ふと目を開けて母親を見上げた。



母親は、白と黒しかなかった。

母親だけじゃない。周りの景色が、一面白と黒のモノクロで染め上げられていたのだ。




「えーと、何々? まおん……? 変な名前だなぁ。今こんなの流行ってんの?」




私が彼と初めて会ったのも、その時だった。

彼は私と同じくらいか、一つ上くらいに見えた。学ランを着て、勝手に人の家のアルバムを漁ってリビングでくつろいでいる。




「……まおん……そっちの方がまだマシよ……」


「ん、知ってる。だってふりがなふってあるし。文字数多すぎてただの胡麻粒みたいになってっけど」




不思議と彼を怒る気にはならなかった。いや、そんな気力も、もはや私には残されていなかった。

学校にいても家にいても迫害されて、心安らぐ居場所なんてどこにもなかったから。




「まり、あ……? 読みづらいし呼びづらいな。……ん、“トコ”?」




ドキッとした。顔が熱くなる。

ああ、私にはまだこんな感情があったのかと、何故か冷静な自分がいた。




「へぇ、従姉妹いとこだから“トコ”ねぇ。そっちの方がいいな。トコって呼んでいい?」


「な、なにゃにゃにゃ……!」


「え、どうした? 壊れた?」











それから私という人間(精密機械)が復旧するまで、小一時間掛かった気がした。

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