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初デートは散々な結果に終わった。これが私たちの今後を示唆しているものではないことを切に願う。
小野寺花子。彼女のせいで犬飼くんはそちらばかり目がいって私にはちっとも気を向けない。男は馬鹿って本当だったんだ。
あんなゴスロリのどこがいいのよ! 確かに美人だしいい香りするしなんか上品だし胸あるしーー
「ああもうっ!」
自分の部屋でひとり、ベッドの上で悶え転げ回る。
考えれば考える程、ネガティブなことばかり浮かんでくる。どうしてこうなった。
本当に最悪だ。いっそのこと、全部なかったことにできないだろうか。
「……なかったことに……」
できるわけ、ないか。
数日前のことを思い出しながら、私は枕を強く抱き締めた。
「さぁ? 知らね」
イトくんたちが、自分たちが何者であるのかを知っているのか。そう問い質した時の返答がそれだった。
「知らない……?」
「さっきも言ったけど、この世界に長く留まりすぎると、人間は世界に順応するために自らの時間をも止めてしまうんだ。
それは、俺たち『時計屋』も例外じゃない。事実、この世界に入り込んだ瞬間のことも、その前のことも、全然覚えてねぇ。
ただわかるのは、俺が生きた時代には日本が大惨事だったってことだけだ」
日本が大惨事。それはついこないだ起こった地震のことか、あるいは。
「太平洋戦争」
答えを導き出す前に、小野寺さんがスパッとその答えを口にする。
「彼らの断片的な記憶における証言を検証したら、それが当てはまったの。特に彼は学校で徴兵訓練を受けていた記憶があるらしいし」
知っている。あの時代の子供たちは、将来兵役義務を果たす為に、通常授業の中で人殺しの訓練を受けていたらしい。
アメリカは敵。贅沢は敵。お国の為に命を捧げよ。そういう時代だった。
「彼らは自分の名前すらもうろ覚えなのよ。彼の呼び名である『イト』も、名前の一部に過ぎない。他の子だってそうよ。もしかしたら名前じゃなくて苗字かもしれないし、渾名かもしれない。とりあえずの仮の名前として名乗ってはいるけれどね」
「つまり『時計屋』は、過去を一切思い返すことができない……」
「更に言えば、生きているのか死んでいるのかも分からない。そんな曖昧な存在なのよ、彼らは」
何の装飾もされていない学校指定バッグを漁ると、中から手のひらがいっぱいいっぱいになるほどの札束がにょきっと出てきた。
それをさも当然のことのようにぽんとイトくんの前に起き、人形のように微笑む。
「これ、コーヒー代とチップ」
「毎度どうも」
チップ多すぎだろ。多分500万はあるぞ。
「ちょっと、その大金どうするん? 彼らの時間は止まってんでしょ?」
「時間は止まっててもお金は必要なのよ。店員は動かないけど、コンビニやスーパーで買い物もしたいでしょうし」
「店員動かないなら別に勝手に盗ってったって……」
「盗っていけば、彼らはいよいよ救えなくなるわ。今の彼らが人格を維持できるのは、時折こちらにやってくる人間を救うことによって自分の存在価値を見出してるからなのよ。盗みなんて働いたら、それだけで彼らの心は壊れるでしょうね」
「時計屋」の仕事には、一見何のメリットもないように思えた。でもそれは、ただのボランティアではなくて、ちゃんと見返りのあるものだったのか。
「どういう原理か知らないけれど、外の時間がどのように動いているのかは、ちゃんと彼らの頭に入ってるらしいわ。テレパシーみたいなものかしらね? それによって時代に合わせた正確な価値観を知り、『時計屋』を続けることができるのよ」
不思議な世界だ。時間が止まる以外にも、そんな摩訶不思議な現象が起こっていたなんて。
「さぁ、もう帰りましょう? 聞きたいことは聞いたでしょ」
答えようとした瞬間、周りの景色が変わった。もとの世界に戻ったのだ。
ただし、前回とは異なる変化がある。時間が動き、世界が色づく。それは前と同じだったけれども。
「……あれ……?」
私はさっきまで、あの大きな館にいたはずなのに。
館などというものはどこにもなく、代わりに何かがあったらしい焼け焦げた跡のある骨組だけが残っていた。
「……あの館……空襲で焼けちゃったのかな……」
ベッドの上でクッションを抱えながら、仰向けになって天井を見上げる。
それはそれで納得できる。「時計屋」が太平洋戦争時代の人間なら、彼らの集合場所でもあるあの館が空襲でなくなっていてもおかしくはない。
あの山は昔、村として機能していたらしいという話だ。けれども想定外の空襲により村は壊滅。村の象徴でもあった館も焼けてしまったらしい。
戦後は人手不足などもあり中心部にしか手が回らなかったため、結局村は復興することなく館のみを残して森と化してしまったとか。
彼らが戦時中の人間ならば、何故「時計屋」などというものをやっているのだろうか。
彼らの時間は止まったままだというのに、見ず知らずの他人の時間を動かしてどうするというのか。
本当に、人格を維持するためだけにやっているのだろうか。
何の気なしに、壁掛け時計に目をやると、秒針が一瞬止まったように見えた。けれども少し経てば、再び時間を刻んでいく。
彼らの時間は止まってしまったけれども、私の時間は決して止まることはない。彼らとの時間は、ほんの一瞬の間に起こった、ほんの些細な出来事に過ぎないのだ。それも、すぐに忘れてしまうくらいに、あまりに小さなこと。
「クロノスタシス……か」
ふとした時に見た時計が一瞬だけ止まって見える現象。その延長線上に彼らはいる。ただそれだけの話。
彼らは特殊な環境の下で生きている。それは決して幸せなことではないはずなのだけど、彼らはこの世界の人間よりもきちんと“生きて”いた。
不思議な世界に住んでいることよりも、その力があることの方が、何よりも羨ましかった。




