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「随分大胆な告白ね。でも、残念ながら彼は聞いてないわ。直前で静止世界に移行したから」
「ちょっ……何すんのよ! 今いいとこだったのにぃ!!」
この女……絶対呪ってやる……13日の金曜日の丑三つ時に藁人形に五寸釘……!!
「仕方ないでしょ? 私たちは、そういう体質なのだから」
しれっとした態度の憎たらしい女の台詞の一部に、やや違和感。
「私たち?」
我ながら間抜けた声だなと思っていると、デートの妨害をしてきたその女は、音もなくスッと席を立ち、私にささっと近づいてきやがった。
「な……何?」
「どうやら前回、私が静止世界に連れて行った時の影響であなたにも多少なりともその能力が移行してしまったようね。まぁ、多分一時的なものだろうし、気にしなくていいわ」
能力とか、何その興味をそそる響きは。
「能力って……?」
「あなたが知る処じゃないわ。それより、ターゲットがこの近くにいるわよ」
教えてよ! そういうの大好きなのに! 霊力関係とかなら尚更大歓迎なんだけど!!
つかターゲットって?
「ほら、あそこ」
小野寺さんが指差した方角は、窓の外。
正確には、外にいた黒いフードの人。スマホを弄っていたその人は、何かに気付いて顔を上げ、周囲の異変に目を白黒させていた。
「画面が光ってるわね。あの人はどうやらスマホの中の『何か』に『価値』を見出した人間のようね」
「画面が光るのは普通じゃないの?」
「普通の世界ならね。でもこの世界では電子機器の類は全ての機能をストップさせてしまうの。
だからこの世界の中でスマホ画面が光るのは通常あり得ない現象なのよ。その画面の中に『価値』があるなら話は別だけど」
なるほど。
すると、音のないこの世界に、あの可愛らしい天使の歌声が再び舞い降りた。
かごめかごめ
籠の中の鳥は
いついつ出やる
夜明けの晩に
鶴と亀がすべった
後ろの正面だあれ?
その人が振り返った瞬間、空からユキちゃんが落ちるように降りてきた。
「うわぁっ」と悲鳴を上げるその人だったが、ユキちゃんが無事着地したのを見て更にビビる。フードで顔が隠れてよく見えないが、声の感じからして間違いなく男性だ。年齢まではわからないけど。
ふわりと立ち上がるユキちゃんは、後ろ姿も十二分にかわいい。素晴らしい。彼女こそ本物の天使……否、大天使様だ!
「おじさん、歩きタバコはあぶないよ?」
「え……いや、俺タバコ吸ってないし」
「歩き食いはぎょーぎ悪い!」
「それもやってない」
「歩きスマホは一番やっちゃダメ」
「うるせぇな!! やってねぇっつってんだろ!!」
なんと! 可愛らしく怒るあの天使様を怒鳴るとはなんたる罰当たり! けしからん!
ていうかさっき歩きスマホやってたじゃねぇかてめぇ!!
怒鳴り込もうとした時、誰かに腕を掴まれた。言うまでもなく小野寺さんである。
「必要ないわ。見て」
小野寺さんの指示に従い見上げると、スマホ男を挟むようにイトくんともう一人の女の子が、道路向かいからやってきた。
あの女の子がアイちゃんだろうか。高校生くらいで、目がぱっちりしてて肌が白い。ゆるふわなボブカットとメロンサイズの巨乳が特徴の彼女は、並よりも少し身長が低く感じる。
「今度は自覚なしの依存症かよ。嫌んなるぜ」
「タバコもお酒も~、お金ばっかりかかりますよぉ~? 課金ゲームもぉ、程々にしてくださいね~?」
アイちゃんの喋り方、すっごいイラっとくる。絶対裏があるだろこいつ。
「なんなんだよお前らっ!! ざけんなぶっ殺すぞ!?」
「ちゃんと日本語喋って下さ~い。私ぃ、日本人なのでぇ、日本語しかわかんないですぅ~」
「うっせぇガキ!! ブス!!」
「はぁん?」
あ、ヤバい。ガラス越しでもわかる。今おもっくそ地雷踏んだ。
アイちゃんはさっきのゆるふわな雰囲気が嘘みたいに、目を見開いて額にびっくりするくらいの青筋を立てていた。
「おい、なんか言ったかオッサン?」
動きが全く見えなかった。
なんかよくわからないけど、気がついたらアイちゃんはスマホ男の胸倉を掴み上げていた。掴んでたんじゃない、掴み上げていた。
自分よりも体格のある男を、軽々と。片手で。
なるほど、イトくんがビビるわけだ。
「い……いえ……ナンデモナイデス」
「なんでもないこたぁねぇだろぉ? 私が、あんだって?」
もはや別人じゃねーか。いい加減やめたげて。
これにはさすがにユキちゃんもトラウマになるのでは? と思ったら、むしろ正義の戦うヒロインを見るような憧れの眼差しを向けていた。
「おねえちゃん、そのひと、スマホに『価値』を見出してるみたいだよ」
「チッ、このゲーム廃人が。世界を違う程夢中になってんじゃねぇよ! クソが」
ぱっと手を離したので、素直に落下する。落下の衝撃で足を挫いたらしく、患部を押さえながらしばらく無言で悶えていた。
そうなると、スマホを持つ手の力も必然的に弱まる。その隙を見て、アイちゃんがスマホを取り上げた。
画面を見て、アイちゃんは再び舌打ちして、余計に顔を歪ませる。女子高生とは思えないくらいの風格だ。これではレディースを通り越して極妻である。
「いい歳こいて定職にもつかずにゲーム三昧かよ。いいご身分だなぁお前はよぉ?」
「俺たちなんて、遊ぶ暇すらねぇけどな」
うーん、イトくんは本心で言ったのだろうけれど、アイちゃんがアイちゃんだから、どうも長いものに巻かれている感が拭えない。
「かっ、返せ! いや、返して下さい! それは俺の大事なーー」
「大事な、何? 人との繫がりでもあんのか? ユーザー名『ハルヤスミ』さんよぉ?」
「お、お前たちだってわかるだろ!? こういう、ネットゲームってのは、全国の人間との協力があって初めて成り立つんだっ!!」
ひと狩りいこうぜ、ってやつだったのかな。ネットゲームよくわかんないけど。
でもあの男、あそこにいる子たちが今時の子であること前提で話してるよね。それがそもそもの間違いなのにな。
「あ? 知らねぇよ。今時の機械とかよくわかんねぇし。なぁイト?」
「そうだな。先々代なんて『機械』のこと『カラクリ』って呼んでたからなぁ。俺もどっちかというとそっちの感覚に近いし?」
それを聞いて初めて、男は彼らとの価値観にギャップがあることを知る。そして、その小さな板切れのような機械がどのようなものか、彼らが理解しきれていないことも。
よろよろと立ち上がり、血眼になりながら必死にスマホに手を伸ばす。
「か、返せ! とにかく、こっちに渡してくれ!! 高かったんだからなそれ!! 壊したらぶっ殺す!!」
「はぁ? 人の命よりも尊いモンなのかこりゃあ? あんたにとっちゃあこんなもんが“お国”そのものなのかよ?」
「わけわかんねぇこと抜かしてんじゃねぇぞクソが!!」
男はポケットからカッターナイフを取り出し、チキチキと刃を延ばす。
アイちゃんの隣でやる気のなさそうな顔をしていたイトくんだったが、彼はそれより若干早く折り畳みナイフを取り出し、一振りでその薄っぺらい刃をいとも簡単に折った。
「は、はぁっ……!?」
「おせーんだよ、三下。徴兵訓練なめんな」
短くなった刃を見て、恐怖で震え上がる。もはや使い物にならないカッターナイフを捨て、死に物狂いで殴りかかる。
が、案の定。その攻撃は蝶のごとくひらりと躱された上に腕をつかまれ、流れるように背負い投げをまともに食らう。
ぐえっと、蛙が潰されたような声が漏れる。自分より歳上に見えるその男を見下ろしたイトくんのその顔は、とても中学生のものとは思えない殺気を放っていた。
「こんな国の為に犠牲になったと思うと、情けなくて涙が出るわ。ほんと」
「な……ぁが……」
「よく聞けクソガキ。あんな機械なくったって人間生きていけんだよ。衣食住さえ揃ってりゃ、それだけで十分幸せだ」
「何……言って……」
「お前、あれがないと本気で死ぬと思ってんの? 常に手に持ってなきゃならないわけ? あれはお前の心臓なの?」
「……あ……ぁ……!」
「じゃ、試してみるか? アイ!」
するとアイちゃんは、無慈悲にもそのスマホをぱっと手放す。
男は声も出ず、自分の大切な「もの」が落ちていく様を黙って見届ける。
その下には、容赦なく広がる水たまりが。
ーーポチャン。
「ああああああああーーーーーっ!?」
叫びながら駆け寄るが、遅い。
落ちたばかりで水が入り切っていないからか、スマホは辛うじてまだ生きている。けどそれも時間の問題だろう。
「て、テメェ! よくもーー」
「よかった!」
アイちゃんに掴みかかろうとした男は、後ろにいた幼女の声で動きを止める。振り返ったその男は、その幼女の顔を見て何やら驚いているようだった。
「おじさん、今くるしくないよね? 生きてるよね!」
「……え?」
「だいじょうぶ。おじさんはね、これからきっともっとうまくいくから! 大きな声で笑っても誰も怒らないから! きっと幸せだよ!」
それからは、フェードインするように、周りに色が戻っていった。普通世界に戻ったのだ。
人々は動きだし、音はそれぞれの方角から響いてくる。けれどもその代わり、三人の『時計屋』はさっぱりと姿を消していた。
残された男は、水たまりの中に落ちたスマホをゆっくり拾い上げ、すっかり真っ黒になった画面を見てーーー狂ったように笑い転げた。
通りすがる人は皆、彼を不審な目で見る。けれども誰も、それを強く咎めない。
今のこのご時世では、笑うこと自体は罪ではないからだ。それがどんなに恵まれていることか、彼はこれから知るべきなのだ。
「……おわっ!? 君誰っ!?」
動きだした犬飼くんが、何やら騒いでいる。彼は、すぐ近くに立っている小野寺さんを見上げていた。
ああ、そういえばそうだった。私としたことが、すっかり忘れていた。
小野寺さんは上品に微笑み、スカートの裾をつまみ上げながら、私の彼氏である犬飼くんに軽く会釈した。
「はじめまして。私、椎名さんのお友達の小野寺花子と申します」
「……小野寺、さん?」
ふんわりと、薔薇の香りがする。
同時に、犬飼くんの顔がほんのり赤くなったように見えた私は、モヤモヤするようなイライラするような、なんだか色々腑に落ちない感情に呑まれ、思わず彼氏の向こう脛をやや強めに蹴った。




