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「へぇ、パフェって初めて食べたけど、こんなに美味しかったんだ~」
「……よかった、澄麗に喜んでもらえて」
「ええと……犬飼くん、大丈夫?」
犬飼くんに案内されたファミレスでストロベリーパフェたるものを食していた私の目の前では、彼氏が机に突っ伏しながら落ち込んでいた。
それもそのはず。彼はついさっき、私という彼女ができる前のトラウマである“某有名人に間違えられる”というイベントに遭遇してしまったのだ。しかも向こうはこちらが否定しても全く信じてはくれず、それどころか執拗にサインを強請ってきたのだからさぁ大変。
まだ自分たちが高校生であり、フィギュアスケートの経験すらないことを再三説明し、渋々身を引いてくれたのだが、あの様子では恐らく信じてない。
「だから俺は金メダリストじゃねぇって何度言ったら……」
「犬飼くんって、本当に苦労人だよね」
もしこれが、彼の遅刻を目撃した神様の仕業だとするならば、その神様に一言申したい。やりすぎだと。
「犬飼くんも何か頼んだら? 多分どれもおいしいよ」
人間、美味しいものを口にすると機嫌が良くなる傾向にある。食というのは全生物に共通して精神にも直結する生命活動の一貫でもあるからね。
「知ってるよ……俺、ここの常連だし」
そうだった。私、彼に勧められてここ来たんだった。
食がダメならどうするか。彼のファッションセンスを褒めればいいのか。しかし生憎私自身にセンスがないから褒め方がわからない。顔を褒めたって意味ないし。
「ええと……こ、ここって鹿の首生えてないよね!」
「そんなファミレスない」
「え、そうなん? じゃあ……」
「……無理して機嫌取りしなくていいよ。頑張ってるの見え見えだから」
おおう……これは重傷だ。
なんで初デートでこんな重たい空気にならなきゃならんのだ。おかしいな、世間でいうデートって確かもっと楽しいもんじゃなかったっけ? 街ぶらついて、おしゃべりして、買い物して、遊んで……。
『……さん、28歳が、頭を強く打ち死亡しました。警察は……』
近くでワンセグ見てる人がいたらしく、アナウンサーの無慈悲な声が聞こえる。どっちとは言わんがとりあえず空気読め。
「……俺、生まれ変わったら本物の金メダリストになるわ」
「そこまで卑屈にならんでもいいじゃん……犬飼くんは犬飼くんだよ」
フォローのつもりで本音を言ったら、3日徹夜したみたいな顔をした彼氏がむっくりと起き上がる。
なんとか復活の兆しが見えたものの……なんというか、覇気がない。
「……名前」
「え」
「名前で呼んでよぉ……。俺だって澄麗って呼んでんだからさぁ……」
そしてこの涙声である。ああ、これが男の甘え方なのか。なるほど。
まぁ確かに、彼は私をちゃんと名前で呼んでるのに、彼女である私は苗字呼びだ。これでは距離感や温度差を感じても無理はないか。
でも犬飼くんの下の名前って確か……。
「なんか……嫌」
「えぇ? 彼氏の名前だよ?」
「だからだよ。美智留、なんて女みたいじゃん。私もそれで犬飼くんの性別勘違いしてたんだから」
私の彼氏は正真正銘の男。でも名前が名前だけに、それを口にすると彼氏というより友達を呼んでるみたいで嫌なのだ。
「別に勘違いされたっていいのに」
「犬飼くんが良くても私が良くない。それに、犬飼くんは不自由しなくても周りが色々大変なんだよ? 名前って、それ位大事なものなの」
もっとも私自身は「澄麗」の画数が多すぎてテストでいつも苦労してるんだけど。
「……『青い鳥』。それが、俺の名前の由来」
ぽつりと呟いた、彼氏の台詞。
それは、彼の両親が息子に託した想いそのものでもあった。
「『青い鳥』って、メーテリンクの?」
「そ。欲張らず、手近にあるものでも幸せを感じられる素朴な人間になって欲しいって意味だってさ」
「それでチルチルミチルのミチルで『美智留』……って、いやいや。ミチルって確か妹の方じゃなかった?」
「だって日本人が『チルチル』とかおかしいだろ。それに、どんな漢字当てればいいのさ」
「散々」という文字が真っ先に浮かんだので黙っておくことにした。
「でも男の名前に『美』はないでしょ。どうせなら一文字で『満』にした方がまだ男ってわかるよ」
「あー、その字母さんが嫌いなんだ。現状に満足して何もしない人間になりそうで嫌だって」
そこまで気にするならもう少し男に見える名前を考えなかったのか。最近流行りのキラキラネームに近いものを感じるけど。
「でも俺はこの名前好きだよ。美しく智を留める。俺だってこの名前のおかげで、名前負けしない人間になる努力ができたわけだし」
「……結構ポジティブだよね、君」
名前負けしない人間、ね。私の名前は「澄んで麗しい」だから、とても合っているとは言い難い。
髪は癖毛だらけだし、吊り目だし、眼鏡だし。妖怪マニアってだけで、女の子らしい趣味なんて持ち合わせてない。
それにお金持ちのお嬢様ってわけでもないから、着る服だって限られてるし。
さっき犬飼くんが某スケート選手に間違えられて庇った時には、「何このダサい女!」って言われてちょっとショックだった。それくらい、私は名前負けしてる。
「澄麗だってかわいい名前じゃないか。だって花の名前だよ?」
「かわいくない。それに字も違う」
「別にそこは気にしなくていいんじゃないか。それに、好きなことにまっすぐで純粋な澄麗にはぴったりだと思うけれど」
ニコッとした彼の頬にえくぼができる。何をしても、彼の行動のほとんどが私にとってはどストライクだ。一目惚れも、案外悪くない。
「ずるいなぁ……美智留は」
「え? 今なんて?」
ぼそっと言ったのが聞こえなかったらしい。
いや、聞こえてるな。絶対聞こえてる。こいつは聞こえないふりして、もう一度私の口から言わせようとしていやがるんだ。
憎たらしい……でも、嫌いじゃない。
「……もう! 美智留大好き!!」
言ってすぐ、机に突っ伏す。確認はしてないが、周りの状況が手に取るようにわかる。
見られてる。絶対見られてる。いくら自棄になってたとはいえ叫ぶのはやりすぎだったか。
しかし肝心の彼からの反応が一切ない。突然の告白に静止したかと思ったが、さすがに止まり過ぎではないだろうか。
まあそれでも顔色くらいは変わってるだろうと思い、少しだけ見上げると。
世界は、静止していた。
「え……?」
カチャン、と隣の席からカップの音がしたのでそちらを見ると、俗に言うゴスロリファッションの美人さんが姿勢正しく席に座ってコーヒーを嗜んでいた。
見覚えのある人だ。確か、小野寺花子と言ったか。こないだは頭に百合をつけていたが、今日は黒薔薇である。




