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散々だったデートの翌日でのこと。私はいつものように退屈な授業の時間を越え、仮部室のようなものである図書室へとひとり向かっていた。
犬飼くんは誘わない。あんなことがあったんだ。そんなすぐに立ち直れるほど、私は薄っぺらい人間じゃない。犬飼くんが本当に好きだったからこそ、昨日の彼の態度がどうしても許せなかった。
「ねぇ聞いた? 犬飼くん女の人と一緒だったら昨日しいよ」
「聞いた聞いた! 一緒に服買ってたって!」
足が止まる。
そしてよからぬ噂話している女子たちの方へと回れ右。
「犬飼くんってお姉さんいたっけ?」
「確かひとりっ子だったと思うよー」
「じゃあやっぱり彼女じゃない?」
「あれ? でも犬飼くんって同級生の彼女いなかったっけ?」
「えぇっ!? 二股ぁ!?」
「いや、まさか犬飼くんに限ってそんな」
皆まで聞くまでもない。
気付けば私は、彼女たちの胸ぐらを掴んでことの詳細を聞き出していた。
部活は中止、と五反田くんに一方的に告げると、彼は不貞腐れながらも「お疲れ様」と言ってそそくさと帰っていった。
犬飼くんのばか。なんで一夫多妻の認められないこの日本国で浮気なんかするのよ。万死に値するわ。
嫉妬と憎悪で心を般若にした私は、職員室へ殴り込……もとい乗り込んで、犬飼くんの担任から犬飼くんの住所を無理矢理聞き出す。最初はプライバシーがどうこうとうるさかったけれど、私が彼の恋人であることと校内二位の成績を盾にすると、ようやく口を割ってくれた。
それからは担任から貰った簡単な地図で犬飼くんの家に辿り着いたものの。
ーー圧巻だった。
「……デカくね?」
誰に言うわけでもなかったのだが、通りすがりの黒猫が一瞬こっちを向いた。
デカイ。とにかくデカイ。門柱の前から見てもわかる。
高さ約5メートルの塀で覆われた中庭だけでも家一軒、いや二軒は建てられそうなくらい広い。
しかもあれ、テラスだよね? 窓が縦約3、4メートルで横約8メートルといったところか。そんなものに合わせているもんだから、その分テラスもデカイ。あそこで喫茶店とか開けるのではなかろうか。
立体図形のようなモダンスタイルの家本体も勿論、それに見合う程の大きさを誇っているわけで。
「……これ、三階建てじゃね?」
誰に言うわけでもなかったのだが、通りすがりのカラスが一瞬だけカァと返事をして飛び立った。
小市民の私には到底手の届きそうにない豪邸を前に足が震えていた。
しかし、いくら敷居が高いとはいえ相手は犬飼くんだ。私の恋人の家であることに変わりはないはず。恋人の家の前で怖気づいてどうするんだ。
意を決して、「犬飼」の標札の下にあるインターホンを鳴らそうとした時、家の方からガチャッと音がした。
見上げると、エプロン姿の茶髪美人が。
「……あら、お客様?」
「あ……どうも」
お手伝いさんだろうか。それにしては若い。ざっと25、6といったところだろうか。
茶髪のお手伝いさんは私をしばらく観察すると、ぱあっと笑顔になり、何やら楽しげに小走りで近づいてきた。
「もしかして、美智留坊っちゃんのご夫人様でいらっしゃいますか?」
「ごふっ!? わ、私たちまだ結婚してません!!」
「あれ、それはおかしいですね。今お二方はお付き合いを前提に結婚していらっしゃるのでしょう?」
「その話を何故っ……犬飼くんかぁあああっ!!」
ここまで本気で彼氏をぶん殴りたいと思ったのは初めてである。ああ、穴があったら埋まりたい。
「そこまで恥ずかしがることではございません。青春の甘酸っぱい一頁は、ブルーベリータルトの如く美味でございますから」
「全く意味がわかりません」
「そう仰らずに。坊っちゃんにお話がございますのでしょう? ご案内いたします」
いたずらっ子の座敷童のような雰囲気の彼女は、目の奥で何かを企んでいるように見えた。
彼女が何を考えているのかは全くわからないが、とりあえず私を見て楽しんでいることだけはわかった。




