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忘れられたオフィウクス  作者: 酣睡


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7/24

純銀の足枷の夢幻と、天然な姉の口づけの勘違い

「ドン——ッ!」


死に絶えたように静まり返る個人控え室に、鈍い爆音が突如として響き渡った。ルネは鬱憤を晴らすかのように金属性のロッカーへ激しく拳を叩きつけた。剛硬な合金の扉は一瞬で深く凹み、ロッカー全体が刺すような余韻を上げて激しく揺れた。


いまの彼女の胸中は、押し寄せる後悔と屈辱によって完全に呑み込まれていた。


「セリアの初恋ファーストキスが奪われた」などという根も葉もない荒唐無稽なデマを真に受け、一瞬で深刻な意識混乱と精神過負荷オーバーロードに陥ってしまったのだ。その極端な感情の波動は生体感応装置バイオ・シンクを通じて直接伝達され、つい先刻まで超音速でドッグファイトを繰り広げていた獅子座レオを、まるで魂を抜き取られたかのように空中で硬直させてしまった。


全域チャンネルでデイン教官がなりふり構わず怒号を上げて警告してくれたというのに、魂を奪われた彼女は機体の制御権を即座に取り戻すことすらできず、一敗塗地という無様な惨劇を招いてしまったのだ。


この完全に失敗した模擬戦は、エスペル家の天才パイロットとしての彼女の面目を潰し、尊厳を無残に踏みにじった。


何よりシシリス大学において、ルネを知る者の大半は、彼女があの銀髪の姉に対してどれほど偏執的で病的な執着を抱いているかを知っている。それが地球圏や各宇宙植民地コロニーへリアルタイム生中継されている億万の観客の前で——「愛する姉が他人にキスされた」などという失笑ものの理由で脳がフリーズし、一撃で反撃・爆破されたのだ。


兵装の操縱を少しでも嗜む者が見れば、その敗因がどれほど可笑しく、滑稽であるかは一目瞭然であった。


そこまで思い至り、ルネは逃避するように固く瞳を閉じた。悔しさと惨めさに満ちた涙が、ついに堪えきれず彼女の白い頬をゆっくりと伝い落ちていく。


全宇宙の面前でセリアに関する恥を晒しただけでも耐え難いというのに、さらに恐ろしいのは、教官の警告後に混乱した脳が失態を取り戻そうと足掻いた結果、生体感応装置へ完全に歪んだ混乱指令を送信してしまったことだ。


大破した獅子座は泥濘の地上へ激突した後、バックパックのマイクロプロセッサが狂った神経波の干渉を受け、両ノズルから制御不能な幽藍のプラズマフレイムを噴射! 「重病人が死に際に向き直る」かのような異様かつ硬直した姿勢で泥の中から跳ね起きると、前腕の電磁砲レールガンの感応コイルが自動加圧され——練習場の外へと無差別に重型実心電磁弾丸をぶち開けたのだ!


「シュー——轟隆!」


高圧コイルによって極速加圧された実心弾丸は、天地を滅ぼすほどの龐大な動能を纏い、あろうことか訓練場の重厚な防爆反力障壁リパルジョン・バリアを貫通!


そして萬鈞の勢いを伴った弾丸は、一直線に、吸い込まれるように、デイン教官がローンを組んで購入したばかりの限定版エアフリート・スポーツカーへと向かっていった……。


驚愕から絶望へ、そして完全に灰色の死相へと変わっていくデイン教官の注視の下で——


彼の愛車は絶大な動能によって遥か高空へと跳ね飛ばされ、空中で数回回転した後に地面へ激突。濃煙を上げて当場解体された。


車体は完全に廃車と化し、最後の一輪のタイヤだけが空曠な地表で健気に転がり続け、「ギィ……ギィ……」と虚しい摩擦音を立てていた。まるで主人に対し、「僕はいま、必死に回避しようと努力したんだよ」と証明しようとするかのように。


「……」


このふざけた事故のせいで、学園におけるルネの評判は奇妙な方向へと変執しつつあった。


試合終了後、フォーラムには早くもこんな書き込みが躍っていた。「さすが血の繋がった実の姉妹だな。デイン教官の車だけを狙って破壊する劣悪な癖まで遺伝しているとは」


さらにルネを打ちのめしたのは、シートベルトを外し、蒼白な顔で獅子座のコクピットを出た時だった。彼女が最初に目にしたのは、焦って駆け寄ってくる愛しいセリアではなく、両目の光を失い、魂を抜かれて一気に十歳老け込んだかのようなデイン教官の姿だったのだ。


教官は転がるタイヤの傍らに静かに立ち、死んだ魚のような目でルネを見つめていた。


「……俺の車は、お前たち姉妹に何か酷いことでもしたか?」


それが、失意のまま立ち去るデイン教官の遺した、軽々しくも重重しい一言だった。


かつてその言葉は、毎日のように練習場を爆破していたセリアだけに向けられるものだった。まさか王牌エースたるルネが同じ台詞を吐かれる日が来ようとは。


誇り高きルネにとって、尊厳を泥靴で踏みにじられたに等しい屈辱だった。


控え室へ戻る道中、かつて自分を持ち上げ、お茶を運んでは機嫌を取っていた生徒たちが、廊下で自分を見るなり口元を手に押し当て、必死に笑いを堪える奇妙な視線を向けてきたことを思い出す……。


猛烈な不快感と怒りがこみ上げるが、全網の面前で「手下敗將(負け犬)」となり、あのような無様劇を演じた以上、怒りを撒き散らす資格も底力もいまの彼女にはなかった。


「くそっ……くそ格好悪い……! カレナ……あの毒蛇みたいな女……っ!」


ルネは奥歯を噛み締め、冷たい金属ロッカーに額を押し当てて両拳を固く握った。瞳に屈辱と疑念の交錯する冷光を宿す。


だが、ハメられた憤怒の底で、冷静さを取り戻した彼女の脳裏に、先ほどのドッグファイトにおけるカレナの「不自然な操縦」が浮かび上がってきた。


なぜあの女は、量産型のハヤブサをマッハ 3 の限界負荷まで追い込み、人間の神経学に反するような MA 変形まで使っておきながら……頑なに己の『専用機』を出そうとしなかったのか?


あの女は……一体何を隠している?


「ルネ……」


ルネが深い自責と迷妄に陥っていたその時、一生忘れることのない柔らかい声が、控え室の入口からひそやかに響いた。


セリアが怯えがちにドアの傍らに立っていた。その手には小巧で精緻な弁当箱が握られている。昨夜彼女が手作りした簡単な焼き菓子と、蜂蜜漬けのレモンスライスが入っているのだ。


セリアにとって、この強勢で自分を苛める妹は本能的に恐ろしい存在だったが、時にルネが根っからの悪人ではないようにも思えた。ゆえに昨夜カレナのために蜂蜜レモンを用意した際、ついでにルネの分も一つ拵えておいたのだ。


高傲で捻天の熟したルネのことだから、冷たく追い払われるか、拒絶されるだろうとセリアは思っていた。


しかし、セリアの予測を完全に裏切り——抗 G 服を脱ぎ捨てたばかりのルネは、着替えの服すら羽織っていなかった。同年代の女性たちが感嘆する完璧なボディラインと滑らかな肢体を惜しげもなく露わにしたまま、修長な脚でセリアへと一歩一歩迫ってきたのだ!


女子専用の控え室は最高等級の生体認証バイオ・シンクでロックされており、男が入ってくる可能性は万に一つもない。だからこそ隠す必要などないのだ。


いまのルネの胸中では、カレナに煽られた狂暴な独占欲が吹き荒れていた。目の前の可憐な白い花を、自らの手で摘み取りたくてたまらない——これ以上耐えて放任すれば、いつか見知らぬ誰かにセリアを奪われてしまう!


「セリア……」


「えっ? あ……はいっ!」


突然名前を呼び捨てにされ、セリアは反射的に慌てた声を漏らした。


ルネが足を止めた時、ふたりの距離は拳ふたつ分ほどに縮まっていた。運動直後の温和な体温と甘い香りが空間に漂い、互いの荒い息遣いが肌に触れるほどに近かった。


セリアの流れるような銀瀑の長髪とは異なり、ルネは金髪のボブヘアだ。外見のスタイルは大きく異なるが、母イレーナの優良な遺伝子を受け継いだふたりの目元には、微妙な似通いがあった——ただセリアの眉目は極めて柔和で清純であり、ルネの容貌には天生の上位者らしい強気と鋭さが宿っていた。


——一体いつから、この姉妹の感情はこれほど病的に歪んでしまったのだろう?


その疑問は、不眠の夜に幾度となくルネを苛んできた。


記憶の思緒が遥かな幼少期へと巻き戻る。あの頃のセリアは、まだ母イレーナの認容と愛を求めて健気に手を伸ばしていた。しかし当時ルネの周囲にいた執事や長老たちは、幼い彼女の耳元で囁き続けたのだ。「あの子は、あなたからお母様と家督の座を奪うつもりですよ」と。


幼く無知だったルネはそれを真に受け、恐慌のあまり盛大な一族の宴席で死を賭して泣き叫び、母に選択を迫った。


イレーナは本妻の娘であるルネの感情と尊厳を守るため、冷酷無情な態度でセリアに最終通告を下した——二度と自分を『お母様』と呼ぶことを禁じ、破ればその権勢をもって、あの父娘を社会から完全に抹殺すると。


あの日、絶情の宣告を聞いたセリアの清らかな瞳は、絶望で粉々に砕け散っていた。


それ以来、セリアがイレーナに纏わりつくことは二度となかった。


幼かったルネにはその意味が分からなかった。だが成長し、世理を知るにつれ、ルネは恐ろしい真実に気づいたのだ——自分の一方的で身勝手な我儘が、無垢な少女から「お母さん」と呼ぶ権利を永遠に奪い去ったのだと。


大きくなった彼女は、陰からセリアを盗み見ることが増えた。幼い頃のように、セリアが可愛い笑顔で母へ駆け寄る姿をもう一度見たいと切望した……それこそがルネの記憶にある、最も美しく愛おしいセリアの笑顔だったから。


だが、その笑顔は自分の我儘によって壊され、二度と戻らない。


償い方も、傷つけた姉との接し方も分からず、不器用な嘴は悪態ばかりを吐いてしまう。要するに、彼女は自分が背負う罪過に向き合う術を知らなかったのだ。


だからこそ、血の繋がった妹でありながら、セリアに対する彼女の感情は、罪悪感と補償心理が混ざり合い、偏執的な歪みへと変質していった。


さらにルネは、母イレーナすらも恐ろしい変貌を遂げつつあることを感じ取っていた。


いつの日か、母娘でエスペル家の膨大な政経権力を完全に掌中に収めた時……その時が来れば、セリアには逃げる隙すら残されないだろう。


ルネはふと思い出す。母イレーナの寝室の奥深くにある、隠されたハイテクの暗門。それが大宅の傍らにある封鎖された温室へと通じていることを。


そこは息を呑むほど美しい専属の温室で、イレーナの腹心しか立ち入れない。四季折々の花が咲き誇り、温順な小動物が飼育され、そして……白水晶の展示台の上には、冷たく妖しい光沢を放つ『純銀の足枷』が置かれている。


自分と母は、きっと同類なのだ。機会を待っているだけに過ぎず、いまの冷淡も偽装も、胸中の獣性と執着を抑え込んでいるだけに過ぎない。


だが、目の前で甘い香りを漂わせ、先ほどカレナに奪われかけたセリアを見て……


ルネの瞳が暗く沈む——自分はもう、平然と待ち続けることなどできないと悟った。


重く歪んだ回想から意識を引き戻し、ルネは目の前の可憐な姉を見つめた。あと一歩で自分のものになり、温室へ閉じ込めて護ることができたはずの姉。カレナに煽られた不条理な悔しさと独占欲が、ついに限界を迎える!


「——セリア……っ!」


ルネは鋭い光を宿し、セリアの華奢な手首を強引に引き寄せて、無防備な銀髪の少女を控え室の冷たい絨毯の上へ押し倒した!


セリアが悲鳴をあげる暇すら与えず、ルネは身を乗り出し、自らの温かい唇を、荒々しく蛮横にセリアの柔らかい双唇へ重ね合わせた!


これ以上の過ちを犯すつもりも、度胸もない。彼女の唯一の執念は、セリアの「初めての口づけ」の相手が自分であり、自分だけでなければならないということ! カレナや他の誰かに、この白い花を汚されることだけは絶対に許さない!


「ん……っ?! む……っ?!」


突如として奪われた強引な口づけに、セリアの脳内は真っ白になり、両頬が一瞬で朱に染まった。心臓が跳ね上がる。なぜ自分を苛める妹が、こんな越境した恐ろしい真似をするのか理解できない。


だが、パニックになり手を開いて抗おうとしたその時、刺すように冷たい雫がルネの目角から滑り落ち、セリアの火照った頬へと零れ落ちた。


セリアは息を呑んだ。


見開いた瞳の先で——向かうところ敵なしだった高慢なルネが、無声のまま涙を流していたのだ。


その悔し涙が、模擬戦でカレナに敗れた屈辱によるものなのか、それとももっと深い理由があるのか、セリアには分からない。


ルネの胸の苦しみも相克も何一つ知らなかったが、セリアの純粋で不器用な認知において——『お姉ちゃん』とは、妹が傷つき泣いている時に、無条件の優しさと包容を与えるべき存在なのだ。


パニックだったセリアの瞳が、ふんわりとした愛おしさに変わっていく。


彼女は細い腕をそっと持ち上げ、ルネの裸の背中を優しく抱きしめた。そして本能に任せ、己の柔らかい唇で、ルネの侵略的な口づけにそっと、自ら応えたのだ。


その予想外の反応に、攻め手だったルネは激震した!


ルネは身体を強張らせ、数秒間完全にフリーズした——自分を避けていたセリアが、自ら応えてくれるなんて! 驚愕の直後、言葉にできない歓喜と身震いがルネの心を支配し、彼女はセリアの頭を抱きかかえ、さらに深く、涙と甘香の混ざり合う口づけを深めようとした……。


ただ、幸福と独占感に浸るルネは知る由もなかった——セリアが応えた理由は、彼女が幼少期に受けた上流階級の礼儀教育において、奇妙な『認知のズレ』を起こしていたからだということを。


彼女は純真にも、「名門貴族の家庭内において、互いを深く慰め、感情を鎮める方法は親密な抱擁と口づけである」と誤解していたのだ。ただし、彼らの親愛の情は『頬へのキス』であり、誰も『口にキス』などしないことに彼女は気づいていなかった。


セリアの「天然」は、本当に骨の瑞まで天然なのだ。このような純粋無垢は、決して演技などで作れるものではない。


セリアから漂う甘く清らかな体香の中で、ルネはついに完全に自分を見失った。


純潔なセリアを汚してはならないと分かっている。だがこの花が誰かに奪われるくらいなら、胸が引き裂かれる方がマシだ。だからこそ強くあろうと必死に足掻いてきたのだ……。


だが、ふたりだけのこの狭い部屋でなら、いまだけはすべての防備を解き、少しだけ放縦を許されてもいいのではないか?


どれほどの時間が流れただろう。冷たい涙と深い応えの混ざり合う口づけが終わりを迎えた。


セリアはそっと唇を離し、少し息を荒らげながら眼の赤い妹を見つめた。問い詰めることも、責めることもせず、包容と愛おしさを込めて、敗北に心を乱された妹をその温かい胸の中へと抱き寄せた。


セリアの抱擁は甘く、温かかった。


華奢な腕に包まれ、ルネは姉の胸元に顔を深く埋めた。その感覚は……まるで白く柔らかい、ミルクの香る綿花に沈み込んでいくかのようだった。セリアの肌の柔らかさは、ルネの胸に「軽く噛みついて、自分の印を遺したい」という衝動すら芽生えさせた。


この世に二つとない美しい花は、いつか誰の手によって摘み取られるのだろう?


その問いは、解けぬ呪いのようにルネを苦しめ続けてきた。


けれど……自分はどこまでいっても彼女の『妹』なのだ。母の温室のように、一生セリアに純銀の足枷を嵌めて閉じ込めるわけにはいかない。


幾夜もの寒い夜にそうしたいと狂おしく願っても、理性が叫ぶ——セリアの人生を壊してはならないと。


——どうして?


ルネは涙の乾かぬ顔をセリアの胸に埋め、酸苦しさに胸を痛めながら思索した。


同性同士の結婚すら法的に認められるこの開放的な時代において、なぜ血縁という絆だけが、世界から越えてはならぬタブーとして扱われるのか?


女の子同士なら子供ができるわけでもない。遺伝子上の問題など何一つ存在しないはずだ。


世界はこれほど寛容になったというのに、なぜ私の愛にだけ……これほど冷たく高い壁を立ちはだかるのだろう?


背中をそっと、優しく撫でてくれるセリアの小さな手を体感しながら、ルネは瞳を閉じ、この禁忌の依恋が静寂な控え室の中でどこまでも伝播していくのに身を委ねたのだった。

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