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忘れられたオフィウクス  作者: 酣睡


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ヤンデレ妹の保護欲と、歪んだ一族の深淵

陽光が燦々と降り注ぐ紺碧の空の下、西シリス大学の広大な訓練場には今、二機の殺気を孕んだメカスタンが静かに佇んでいた。


カレナは機体のコックピットシートに優雅に腰掛け、一本の繊細な髪釵で夜のように黒い秀髪を抱き上げていた。これは昨夜、出撃を控えた前夜に、どこか甘えるような口調でセリアから強請り取った贈り物であった。


ずっとずっと昔の古風な伝承において、簪と釵の示す意味は大きく異なっていた——一筋の軸なるは簪、二股に分かれるは釵。二本の軸が互いに寄り添う髪釵は、古来より二人の絆が強く結ばれ、密に分かちがたく、生涯をともに歩むという深遠な誓いを暗喩していたのだ。


ただ、カレナにとって口惜しくも無念であったのは、セリアが博識で聡明な少女でありながら、このあまりにも浪漫に満ちた愛の寓意に対してだけは、まるで天然呆のように全く勘づいてくれない点であった。


「カイザーおじい様の教えてくださった方法は……少し遠回しすぎましたわね」


カレナは操縦席の背もたれにそっと背を預け、苦笑交じりに思索した。我が家の老執事はそうした情趣やささやかな浪漫を熟知しているものの、如何せんセリアという可憐な小動物は、そうした感情の浪漫とはおよそ無縁の場所にいるのだから。


時を同じくして、訓練場を埋め尽くす人山人海の観客席では、セリアが押し寄せる群衆の隙間からどうにかポジションを確保していた。


全校最強の一年生と全校最強の三年生エースによる世紀の決闘とあって、現場へ押し寄せた生徒の数は立ち立ち眩みがするほどであった。その上、国際的に名を馳せる最高峰の学府である西シリス大学において、これほどの頂上対決が巻き起こったとなれば、運営側も当然のように地球全域、ひいては全宇宙へと最高峰の生中継を配信しており、遠く宇宙各地の惑星植民区においてまで狂乱の賭けが繰り広げられていた。


人類の発祥たる地球圏であろうと、太陽系の各惑星植民地であろうと、カレナとルネという二人の天之驕女の顕赫たる身元を知らぬ者などほぼ存在しない。


カレナの背後に控える夜蘭家は、各地に名を轟かせる政治の超名門であり、母星たる地球圏においても一、二を争う権謀の権門であった。さらに過去三百年において、夜蘭家が推進してきた一連の英明な政策により、人類は地球の深刻な汚染を大幅に改善させたのみならず、火星や水星への定住拠点の構築をも成功させていたのだ。


数々の巨大な人工宇宙ステーションにおいて、民に安らぎと快適をもたらすインフラや法案の背後には、ほぼ例外なく夜蘭家の尽力が存在していた。彼らは真に民の利益を最前線に置く政界の鑑であったのだ。……だがそれゆえに、夜蘭家内部の家庭環境は極めて冷淡であった。長者たちの胸には天下蒼生が満ち満ちており、次世代の教育すら「無私無欲で民に奉仕すべし」という絶対的前提で行われていたため、カレナは幼少期からこの冷ややかな家庭に少なからぬ不満と嫌悪を抱いていたのである。


一方、ルネの背後に君臨するエスペル家は、ここ百年ほどの間に急速に台頭した新興の商業巨大財閥であった。政治的な威信においては根深い夜蘭家に及ばぬものの、かつて人類が宇宙を開拓した苦難の歲月において、エスペル家は全物資を傾けて未開発の各外惑星へと率先して飛び込み、豪賭の開拓を成し遂げた先駆者であった。


当初、エスペル家は底を突くほどの巨額の赤字を垂れ流したが、それと引き換えに各惑星や宇宙植民地に無比の商業版図と物流サプライチェーンを張り巡らせた。回収と利益の期を迎えた時には、全人類のあらゆる生活用品や日用産業からエスペル家の影を拭い去ることは不可能となっていたのだ。


ゆえに、エスペル家との婚姻を夢見る名門望族は数知れず。さらに言えば、ルネが父親ではなく母エレナの姓を名乗っているのは、エスペル家が女性の手によって絶対的な権力を握られている、極めて稀有な母系豪門であるからに他ならなかった。


「敗北を受け入れる準備はよろしくて? 言っておきますけれど、私、手加減などして差し上げませんわ」


対峙する機体の通信チャンネルから、ルネの幼くも獰猛な威嚇を孕んだ声が響いた。


ルネはカレナが自分に決闘を申し込んできた理由が、百パーセント・セリアのためであると理解していた。だが彼女にはどうしても解せなかった——自分たち実の姉妹の家務事に、カレナのような部外者がなぜ首を突っ込んでくるのか?


それに……自分がいつ真面目にセリアを「いじめた」というのだろうか?


高々口汚く罵り、傲慢に振る舞っただけに過ぎないではないか! 西シリス大学の全員が知っているはずだ——セリアの髪の毛一本にでも指を指す者がいれば、ルネはエスペル家の恐るべき権力を行使して、その者を火星の最も深く冷酷な溝の底へと引きずり込んで埋めてしまうということを!


西シリス大学の者だけでなく、全地球のあらゆるエリアの学生たちも重々承知していた。今や地球圏全体の国籍は統一されているものの、人々は日常の利便性から依然として「本国」や「外国」という呼称を用いて各地域を區別していた。


宇宙植民区の小さな子供すら、ネット生中継で西シリス大学のあのメカスタンで「酔拳」を繰り出す奇妙なお姉さんを見た際、素直な好奇心から「どうして凄腕のルネお姉ちゃんは、転んだお姉ちゃんを助けに行ってあげないの?」と尋ねるほどなのだ。


——ほら見ろ! 三歳の幼子すら自分がいかにセリアを溺愛し庇っているかを知っているというのに! それなのに……当のセリアという大馬鹿な姉だけが、何一つ知らずにいるのだ!


「相変わらず不遜でいらっしゃいますこと。セリアさんは、貴女が抱く本当の想いをご知意なのかしら? ……まあ、わたくし個人としては、彼女に知っていただきたくはありませんけれど。そうすれば、心置きなく付け入ることができますもの」


機体のプライベート暗号通信から流れてくる軽薄で優美な声に、コックピット内のルネは歯の根を強く噛みしめた。


彼女はカレナが私的にどんな人間であるかを痛いほど理解していた——表面上は物怠く優雅でありながら、その実、一筋縄ではいかない致命的な毒を秘めた危険な毒蛇。ほんの一瞬でも油断を見せれば、骨の髄まで噛み砕かれ、飲み干されてしまうだろう。


そもそも、ルネが大きくなってからもなおセリアと母エレナの再会を阻み続けているのは、もはや単に母を奪われる恐怖からだけではなかった。……より決定的な理由は、エスペル家という場所が、利益のためなら身内すら生贄に捧げる、人を食らい尽くさずにはおかない醜悪な利権の深淵だったからだ。


幼かった頃の自分は、確かに母の愛を独占したい恐怖に駆られていた。だが成長するにつれ、ルネの心境は大きく変わっていった。そして一度家族を捨てて逃げ出した母エレナの想いもまた、同じだったのだ。


どうにかエスペル家の泥沼から逃れられたのだから、セリアはそのまま関わらずに生きていくべきなのだ。将来、家族の重鎮たちが世を去った後、血縁の権利として巨額の遺産だけを優雅に相続し、そのまま立ち去れば良い。……だが、そんな豪門のドロドロとした陰謀や醜い計算など、世間知らずで純粋なセリアに理解できるはずもないのだ。


セリアの瞳には「なぜ母は自分を拒むのか」という悲しみしか映っていない。だからこそ、ルネがセリアに対して突きつける暴言や悪態の数々は、そのほとんどが彼女を突き放し、この人を食らう家族から徹底的に遠ざけるためのものだったのだ。少なくとも……セリアには何の憂いもなく、幸せに生きていってほしい。


それこそが、本来セリアが得るはずだった母の愛を独占してしまった自分が、姉に対して差し出せる最大の贖罪と補償なのだから。


「あいにくですが、貴女とお喋りしている暇はありませんの。私はただ、貴女を叩き潰したいだけですわ。……夜蘭家では、他人の家情に余計な首を突っ込まないよう教育されなかったのかしら?」


訓練場の張り詰めた緊張感の中、ルネは冷酷にバイオ識別スクリーンへと手を当てた。メカスタンが奏威者を認証した轟音とともに、彼女の専用機が圧倒的な威圧感と殺気を放ち始めたのだった!


大財閥の令嬢として、ルネは過去の惨烈なる戦役で誕生した伝説の機体——黄道十二星座が一つ【ししざ・レオ(Leo)】を拝領していた。


通体・金属白の機体には、黄金の光を放つパルス紋様が張り巡らされていた。これは操縦者とメカスタンがバイオリアクター上で一〇〇パーセントの同調状態に達した際にのみ現れる光学現象であった。


レオの頭部には共感神経・双眼型センサーが採用されており、人間の両眼視差の原理を利用して、マイクロ秒単位で戦場の立体的距離と深度を精密計算する。バイオ共感神経の同調率が一〇〇パーセントに達した時、操縦者の視力は機体の光学センサーと完全同頻化するのだ。


頭頂部には長二本・短二本の高周波放熱フィレットが装備され、エンジンのオーバーロード時には常時蒸気を排出する。そして両腕には特化された超高周波振動・巨大ハンド爪が備わり、近接戦において敵機の複合装甲を素手で引き裂くことが可能であった。爪は人間の五本指デザインを保持しており、バイオ感応モードにおける操縦者の精密な把握要求を完璧に満たしていた。


両前腕部には連射型電磁砲レールガンが装備され、複数の実体弾丸を内部磁気コイルで二次加壓し、攻防の転換において中遠距離の恐るべき貫通力を打出す。


背部の術式バックパックは通常の機翼とは異なり、対艦用高爆穿甲子母弾がぎっしりと充填されていた。ミサイル先端はドリル型らせん構造を採用し、目標に着弾した瞬間、極速回転の強烈な動能摩擦により数千度の高熱を発生させて装甲を融解貫通、直後に敵機内部で超高爆弾を炸裂させ、目標を内側から徹底的に崩壊せしめる。


だが、これらの武装すらレオの最も恐ろしい切り札ではなかった。ルネが大学一年生にしてエースパイロットへ躍進した核心的理由は、彼女の圧倒的な操縦技術に加え、レオ独自の特殊高圧電力武装にあった——強磁場を利用して機体周囲に輝く緑色のプラズマ電流バリアを展開して防衛するか、あるいは数百万ボルトの超高圧電流を敵機へ直接叩き込み、一瞬にして相手の電子回路と内蔵コアを焼き尽くすことができるのだ。


世界中、そして宇宙植民地を見渡しても、優秀なパイロットはごまんと存在するが、レオと渡り合える操縦者はごくわずかしか存在しない。同等に最高峰のエース対決において、機体の絶対的性能の差は往々にして生死を分かつ致命傷となる——まさにこの獰猛なるライオンこそが、最年少エースとしてのルネの金字塔を打ち立てた機体であったのだ。


「セリアさんを捨てたくせに、今さら妹ぶって家務事に口を出すなとおっしゃるなんて、ご自身の言動に矛盾を感じられませんこと?」


レオの真正面に立ち、量産機を駆るカレナが通信越しに低く微笑んだ。


カレナの駆る機体名は【強襲型ハヤブサ(Peregrine)】。文字通り、圧倒的な極速を売りとする量産型兵器であった。集団戦においては電撃戦を主軸とし、多機連携のもと超高速襲擊を仕掛けるのが基本戦術である。……だがその代償として、狂気のエネルギー消費量を誇っていた。


現代のメカスタンは無限のエネルギーを供給するアルファ結晶を搭載しているものの、結晶の「供給速度」は噴射エンジンの瞬間的な「消費速度」に遠く及ばない。これは本来ハヤブサの致命的弱点であったが、同時にこの種の高爆発量産機の独特な魅力でもあった。そしてカレナのこの特化型ハヤブサは、その弱点を限界まで増幅させていた——一撃離脱の速度のみを追求した、凄絶なエネルギー大食らいなのである。


ルネはレオの双眼型センサー越しに、カレナの武装配置を詳細に分析していた。腰部両側には高周波動能シザーナイフ、手には明らかにバイオ感応モジュールを備えた長軸粒子加速ガン——これは銃が手から離れても、カレナの神経意念によって遠隔射撃が可能であることを意味していた。


そしてルネにとって幾分厄介であったのは、強襲型ハヤブサの背部に懸架された一門の電磁パルス砲(EMP)であった。それは従来の物理破壞型兵器ではなく、表面装甲を無視して高圧電磁波により内部電子回路を直接破壞する破滅的兵器であったのだ。


ハヤブサの両腕に備わる近接フック爪、そして後腰部の特化型重穿甲ライフル。ルネは一瞬にしてカレナの戦術核心を読み解いた。


「真に陰湿な女……穿甲弾で私の外殻装甲を破壞し、そのまま電磁パルスを電子回路へ流し込む気ですの?」


ルネは挑発的な口調でカレナを嘲笑した。レオには最高級の耐EMP防護層が施されている。装甲を打ち破ってからパルス砲を補填するというカレナの重苦しい攻撃パターンは、並のパイロットには致命的であろうが、伝説の機体を駆るルネにとっては可笑しな児戯に過ぎなかった。


「随分とご自信がおありですのね。……ですが好都合ですわ、後で泣かせて差し上げた時、より達成感が得られますもの」


カレナの逆挑発を聞き、ルネは強靭な意志で自身を冷徹へと戻した。彼女はハヤブサの頭部に備わる単眼型センサーを見つめる——この安価な単レンズ構造は双眼の立体的視差を欠いており、大気圏内での高速移動目標の捕捉において、アルゴリズムによる二次修正を余儀なくされ、演算応答速度において天然の半拍遅れを生じさせるのだ。カレナがこのような時代遅れの装備で挑んでくること自体、ルネにとっては深い侮辱であった。


一方、カレナもまたレオが無数の輝かしい戦績を打ち立ててきたことを知っていたが、大財閥が過去の対戦データを完璧に秘匿していたため、手元にある伝説機体の情報は不充分であった。


……だが、兵器の設計原理はすべて屠殺のために存在する。一部の嗜好家が無駄な外観改造を施すのを除けば、実戦機体のすべてのラインには意味が存在するのだ——巨大な主翼が超高威力の主砲の搭載を意味し、ゆえに強烈な反動を制御する姿勢制御翼を必要とするように。


カレナは眼前の金白に輝くレオを見つめていた。高精度の双眼センサーを備えながらも、頭頂部の長二本・短二本の四片の高周波放熱フィレットが秘密を暴いていた——すなわち、共感センサーとオーバークロックプロセッサが極めて過熱しやすく、高速飛行時の大気対流による空冷に強く依存しているということ。換言すれば、この機体は最初から超高速で戦場を引き裂くために生まれた怪物なのだ。


結局のところ、真のエースパイロットとは無数の死線において本能を研ぎ澄ませた者を指す——ただ一瞥するだけで相手の死角と戦術核心を見抜き、マイクロ秒単位で必殺の閃光を弾き出すことのできる者を。


「両者、準備はよろしくて?」


デーン教官の粛々たる声が、訓練場の巨大拡声器を通じて場内へ響き渡った。だがデーンが正式な開始命令を下す間もなく、観客席全体からは地鳴りのような驚天動地の歓声と咆哮が爆発したのだった!


「ところで……この決闘にわたくしが勝利しましたら、セリアさんをわたくしに譲っていただけませんかしら? どうせ貴女もお姉様などお求めになっていらっしゃらないのでしょう? ……いっそ、わたくしの妹にして差し上げますわね」


「——貴女を叩き潰して差し上げますわ!」


ルネの理性は重々承知していた。カレナが開戦直前にわざと自分を激怒させ、冷静さを欠かせようとしているのだと。……だがこの挑発は、ルネの決して触れてはならぬ逆鱗を見事に踏み抜いていたのだ!


何となれば、頂級豪門の令嬢たる彼女はあらゆるものを手にしてきたが、ただ一つ、あの温かい抱擁の中で心ゆくまで甘え、憂いなく打盹の眠りにつけるお姉様だけを欠いていたのだから!


エスペル家が至親の骨肉すら利益の道具へと成り果てさせる人を食らう深淵でなかったなら、自分はどうしてセリアとここまで引き裂かれねばならなかったというのか?


もしセリアの操縦技術が急速に上達し自分を追い抜いていたなら、セリアはとうに一族の老害たちによってエスペル家へ強奪され、最年少のエースとして一族の栄誉と名利のために駆り出され、その後に待つのは終わりのない名士たちの社交と政治的政略結婚であったのだ。


そこまで思い至り、コックピット内のルネの瞳は一瞬にして血のような猩紅色に染まった。高度バイオ感応装置の同調と共鳴のもと、彼女の専用機【レオ】もまた、太古の巨獣のごとき毛骨驚然たる低音の咆哮を上げ始めたのだった!


言葉にできぬ重苦しい無数の足枷がなかったなら……自分はとうにセリアを家に連れ戻して固く閉じ込め、あの精巧な洋服人形のように美しき銀髪の少女を、自分の部屋の中に永遠に囚われの身とし、二度と外の世界の誰からも蔑まれ傷つけられぬように守り抜いていたというのに!


それなのに、何一つ知らぬこの部外者が、よくも気安くセリアを自分から奪い去るなどと言えたものだ!


観客席の者たちは、空気に満ちる不自然な重圧と粛殺の殺気を肌で感じ取り、この練習試合が到底ただの模擬戦などではないと悟っていた。少なくとも【レオ】が今見せている機体反応は、まさに顎を開いて命を喰らい尽くさんとする血に飢えた怪物そのものであった。


——だが、誰も気づいてはいなかった。


【レオ】という名の鋼鉄の巨獣は、ただただ操縦者の胸の奥底にある狂おしき願望に純粋に応え、セリアを奪い去ろうとする目の前のカレナを……生きたまま引き裂くために、全霊を解き放とうとしているのだということを!

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