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忘れられたオフィウクス  作者: 酣睡


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孤立の戦場、野太刀が切り裂く血塗られた幻想

戦火が飛び交う夜空は、燃え盛る防空警報と爆発の火光によって真っ赤に引き裂かれていた。


コックピット内、全周囲光学スクリーンには乱れた戦術データが激しく明滅し続けていた。


セリアは操縦桿を固く握りしめ、澄んだ青い瞳でレーダーの右翼僚機通信チャンネルをじっと見つめていた――そこには何も映っていない。


レオーの識別信号がない。


通信リクエストを何度繰り返し送信しても、返ってくるのはいつも冷たく耳障りなノイズだけだった。


たとえ天が崩れ落ちようとも真っ先に前に出て盾になろうとするルネの短気な性格からして、このような生死の瀬戸際に遅れることなどあり得ない。


だとするなら……普段はあんなにも我が物顔で気丈な妹が、今は脱出することすら叶わない致命的な窮地に深く陥っているとしか考えられなかった。


だが、眼下の市街地で黒い津波のように狂ったように押し寄せ、好き勝手に街を踏みにじり虐殺を繰り広げる知性機械の大軍を前にして、セリアには引き返す余地など全くなかった。


彼女はただ奥歯を噛み締め、エネルギー出力を極限まで引き上げるしかなかった――最短の速度で反乱軍を正面から叩き潰し、ジュリアンを止めることだけが、ルネを救い出す唯一の道なのだから!


しかし、セリアが焦燥に駆られていたその時、マルチスペクトル光電センサーに映るエスペル本家の精鋭護衛隊の整然とした編隊が、そのシグナルを一つ、また一つと後方の暗がりにある防空死角へと退避させ始めているのが確認された。


ほんの数十秒のうちに、あれほど威風堂々としていた護衛陣形は引き潮のように引いていった。


無数の対空砲火が交錯するこの死の空域で、彼女はいつの間にか、完全に孤立した唯一の的となっていた。


「……これが、お母様が……自らの口で下した命令なの……?」


セリアの指先は微かに白く強張っていた。


彼女は汚く入り組んだ政治の権謀術数など知る由もなかったが、痛覚も感情も持たないかのような普段の死士たる護衛たちに、自分を見捨てて撤退せよと命令できる者など、エスペル家当主たるイレーナ直々の密命を除いてこの全宇宙に誰もいないことくらいは、痛いほど理解していた。


この瞬間になって初めて、セリアは夢から覚めたようにすべてを悟った。


どうりで……整備ドックでオフィウクスに乗り込んだ時、いつも豪快なラグナーおじさんが顔を背けて視線を合わせようとせず、侍女のシヴの瞳に言いたくても言えない悲しみと申し訳なさが溢れ返っていたわけだ。


彼らは疾うの昔に命令を受けていたのだ――「セリア・エスペルを戦場に完全に孤立させよ」という指令を。


そしてルネは、きっと自分に向けられたこの孤立の罠に気付き、母親の企みに抗おうとしたからこそ、後方で凄惨な足止めを喰らっているに違いない!


あらゆる疑惑と残酷な現実が、重い鉛の塊となって少女の胸を押し潰す。


それでもなお、セリアの心の奥深くの壊れそうな片隅では、頑なでささやかな思いが脈打ち続けていた。


もし……もしこの不条理な動乱を、いま自分の手で終わらせることができたなら?


もしジュリアンが手を引いてくれて、この戦いが奇跡のような平和を迎えたなら……すべてが終わった後、みんなでまた昔のように可愛い私服に着替えて、賑やかな商店街へ繰り出し、陽光の降り注ぐテラス席で何気ない甘いアフタヌーンティーを楽しむことができるのだろうか?


それが幼く滑稽な現実逃避の幻想に過ぎないことなど、セリア自身が痛いほどよく分かっていた。


一度こぼれた水は盆に返らない。刺客の刃が振り下ろされ、大長老の血が星海を赤く染め、ジュリアンが殉教の道を選んだその瞬間から、崩壊を始めたこの世界が始まりの場所へと戻ることなど決してあり得ないのだ。


けれど……どうしてなのだろう?


この世のあらゆる同年代の普通の少女たちは、当たり前のように明日を夢見て、週末のデートに胸を躍らせ、一切れのケーキのために手放しで喜ぶことができるのに……どうしてセリアだけが、この冷たい鋼鉄の棺桶に無理やり押し込められ、胸が悪くなるほど重々しい宿命と罪を背負わされなければならないのか?!


「――ふざけないでよッ!!」


少女がずっと押し殺してきた悔しさと悲憤が、鋭く澄んだ叫びとなって爆発した!


コックピット内の神経同調率が一気に跳ね上がり、黒と赤の禁忌の魔神オフィウクスの両眼から、見る者を呑み込むような妖しく深い紫の光が激しく吹き荒れた!


機体は背中に背負った身の毛もよだつ冷気を放つ特製重型野太刀を逆手に引き抜き、巨大な鋼鉄の躯体は推進器全開の狂暴な轟音とともに夜空を引き裂く黒赤の光条と化して、肉眼では捉えきれない異次元の超高速で市街地を暴れ回る知性機械の先鋒陣へと正面から突っ込んでいった!


通常出力状態のオフィウクスでは、腰部スカートアーマーに封印された自律量子ユニットと高次元兵装を自在に解放することはできない。


だが、幾度となく死線をくぐり抜けてきたセリアは、すでに自分だけの中距離突破戦術を練り上げていた――


ヒュオォォォッ――!


オフィウクスは高速急降下の凄まじい遠心力を利用し、満月に引き絞られた大弓の如く腕をしならせると、手にした途方もなく重い野太刀を城門を貫く槍に見立てて、音速の数倍に及ぶ狂暴な運動エネルギーとともに前方へ力任せに投げ放った!


冷徹な切っ先が空中に真空の衝撃波を刻み込み、寸分の狂いもなく上段から先頭の重装知性機械の胸部コアを刺し貫く!


合金が引き裂かれる耳障りな摩擦音の中、オフィウクスの影はすでに影の如く直後へと肉薄していた!


着地の刹那、巨大な金属の手が空中で野太刀の柄を逆手に掴み取ると、セリアの瞳に戦士特有の冷酷な殺意が閃いた。腕と機体の腰部が一気に捻じり込まれ、野太刀は敵の体内を力任せに横へと切り裂いた――


ドガァァァンッ――!!


内蔵された脆弱な高圧冷却オイルタンクと動力コアが一瞬で切り刻まれて誘爆し、眩い爆炎の火球が夜空を焦がすように立ち上ると、セリアの冷たく研ぎ澄まされた美しい決意の表情を、まるで修羅の如く冷徹に照らし出した!


現在のセリアの肉体的な条件では、戦場で切り結ぶことなどおろか、標準的な軍刀を一本振るうことすら覚束ず、極めて高い身体の連動性を求められる二刀流など到底使いこなせるはずもない。


だが、そうした一切の物理的限界は、オフィウクスのコックピットに腰を据えた瞬間、すべてが解き放たれる。


かつての退屈で果てのない日々の中で、セリアは星間ネットワークの古文書やホログラム戦術シミュレーション映像、古典剣術のアーカイブから、貪るようにして膨大な剣理の知識を吸収し尽くしていた。


人の体では叶わぬことでも、機甲兵装との神経同期の延長線上にそれを落とし込みさえすれば、教科書通りの神速の技を完璧に再現できることを彼女は知っていた。


そういえば……つい先刻、セリアはようやく残酷な真実を知ったばかりだった――自分が生母であるイレーナと瓜二つの姿を持ち、銀白の長い髪や青い瞳までもが完全に複製されているのは、かつてエルウィンがある種の病的なエゴイズムから、胎児の段階で意図的に施した遺伝子調整の結果だったのだと。


表面上は温厚で穏やかに見えていたあの育ての父は、その根底においてイレーナへの狂気的な執着を歪ませていた。


滑稽なことに、エルウィンは完全な「複製」を追い求めるあまり外見ばかりにこだわり、免疫力や筋肉の持久力といった基礎的な生理能力には目もくれなかった。


そのせいでセリアは、曽祖母から隔世遺伝した特異な天賦と、イレーナから受け継いだ並外れた動体視力や脳の演算能力で辛うじて持っているだけで、その他の身体能力は連邦の平凡な大学生にすら劣っていた。


「……本当に、自分の欲望のためなら何でもするお父様ね」


コックピットの中で、セリアは迫り来るビームの嵐を兵装の機動で交わしながら、心の中で自嘲気味に呟いた。

だが、その刹那、オフィウクスが動いた。


ほんの数呼吸の交錯の間、黒赤の魔神は戦場を切り刻む暗黒の嵐となって、津波のように押し寄せる知性機械の群れへと躍り出た。


正統なる古典剣術の本質とは、最初から盲目的に一撃必殺を狙うことではない。


真の剣理とは、まず相手の抵抗力を削ぎ落とすことにある――正確な太刀筋で敵の防御肢を断ち、関節の腱を切り飛ばし、相手が完全にバランスを崩して防御不能に陥った瞬間を突いて、寸分の乱れもなく致命の一撃を叩き込むことだ。


セリアの青い瞳が、光学スクリーンの前でスッと細められた。


オーバークロックされた動体視力の捉える世界では、眼前の巨大で凶悪な知性機械たちは何倍ものスローモーションと化し、無防備に晒された構造関節の隙間がくっきりと浮かび上がっていた。


サッ――!


オフィウクスが身を沈め、その手にある数メートルに及ぶ野太刀が冷徹な一筋の閃光を描き出す。


機体は無闇に主装甲を狙わず、極めて鋭い軌道で斜めに切り込んだ――刃は前方の大型四足機械の右膝関節の回転軸を正確無比に捉え、耳を劈く合金の破裂音とともに、前脚が油圧ラインごと綺麗に切断された!


その知性機械の巨躯が大きく傾き、バランスを失って前のめりに崩れ落ちる。


間髪入れず、オフィウクスは流れるような半身の旋回を繰り出し、野太刀の峰を巨槌の如く叩きつけて、突進してきた別の強襲型機械が光刃を握る腕を粉々に打ち砕いた。


隙を作り出し、必殺を穿つ。


敵が体勢を崩して中枢の防御を剥き出しにしたその刹那、セリアの瞳は氷のように凍てつき、操縦桿を一気に押し込んだ。


ズシャッ――!


野太刀が下から上へと反転し、荒々しい推進力とともにコアの炉心へと深々と突き刺さった。


切っ先が装甲を貫く鈍い音は周囲の爆音にかき消され、オフィウクスの手首がわずかに捻られると、刀身を伝った破壊エネルギーが敵機内部の全量子回路を一瞬で焼き砕いた。


また一機の知性機械が、炎の中でバラバラに砕け散る。

夜空の下、銀髪の少女は畏怖される禁忌の兵装を操り、まるで刃の切っ先の上で冷酷かつ優雅な死の舞踏を踊っているかのようだった。


火の海がうねり、夜空は病的なまでの暗い赤に染め上げられていた。


セリアの瞳の奥にあった純粋さは消え去り、深海の嵐のような冷徹さと狂気が渦を巻いていた。


オフィウクスのコックピット内で神経同調率のアラートが甲高く鳴り響き始めたが、セリアは意にも介さなかった。


肉体の脆弱さは、生母から譲り受けた怪物染みた動体視力と反応速度によって完全に覆い隠されていた――この体が父親から美しさと脆さしか与えられなかったというのなら、彼女はこの鋼鉄の魔神を使って、眼前に立ち塞がるすべてを粉々に握り潰すのみだ!


「――次。」


少女の唇がわずかに開き、冬の氷よりも冷たい言葉が零れ落ちる。


オフィウクスの背部推進器が天空を焼き裂く紅蓮の排気炎を噴き上げ、巨大な機体は重力反転の轟音の中で空間を跳躍し、慣性の法則を嘲笑うかのような九十度の直角機動で、知性機械の最深層陣列へと真っ直ぐ叩き込まれた!


三機の大型浮遊要塞型兵装が一瞬でオフィウクスをロックオンし、数十門の高頻度ビーム重砲が零点一秒でチャージを完了、暴虐なエネルギーの檻となってあらゆる退路を塞ぎにかかる。


セリアは瞬き一つしなかった。


手首を鋭く沈み込ませると、オフィウクスの鋼鉄の巨躯はあり得ない柔軟さで地面スレスレを滑空し、野太刀の切っ先が城門破りの丸太のように下から上へと豪快に跳ね上げられた!


ガギィィィンッ――!!


先頭の浮遊機の太い重砲基部が、根元から強引に切り落とされた! 高圧冷却オイルと引き千切られたケーブルが暴風雨のように噴き出す。


間髪を入れず、野太刀は空中で鋭い弧を描き、ミリ単位の精度で二機目の敵機の首元の旋回サーボモーターを一文字に薙ぎ払った――


ズバッ!


数トンもある機械の頭部が高く跳ね上がり、光学レンズが空中でエラーコードを狂ったように明滅させる!


「視界を奪われ、主砲を失ったなら――」


セリアの声は低く、そして残酷だった。操縦桿が極限まで叩き込まれる。


「なら……全員まとめてスクラップにおなりなさいッ!!」


オフィウクスは首を失った敵機の胸部装甲を踏み砕いて高く跳び上がり、野太刀を両手で逆手に構えると、惑星をも貫くほどの狂暴な勢いで、三機目の浮遊兵装のメイン冷却コアへと垂直に突き立てた!


ドォォォォンッ――!!


刀身が柄元まで呑み込まれる!


だが、これだけでは終わらない。セリアの瞳の凶暴な光が跳ね上がり、オフィウクスの巨大なマニピュレーターは刀を抜くことさえせず、貫かれた機体の亀裂を力任せに掴むと、両腕の油圧シリンダーが軋む悲鳴を上げる中、飛び散る火花と放電の中で、数十トンもの重装機械を素手で真っ二つに引き裂いた!


爆発の炎が一瞬オフィウクスを呑み込んだが、次の瞬間、黒赤の魔神は黒煙と引き千切られた機械の残骸を撒き散らしながら炎の壁を突き破った!


包囲していた数十機の近接突撃型知性機械は論理デッドロックに陥った――それらの演算モデルにおいて、通常の人類パイロットがこれほどの高G旋回に耐えられるはずがなく、これほど精密で狂暴な連続解体を行えるはずがなかったからだ。


だが、セリアは再計算の猶予など微塵も与えない。


オフィウクスは戦場における唯一の死神と化していた。

四肢の切断、胴体の両断、頭部粉砕、腰部切断!


野太刀が一閃するたびに、鋼鉄の引き裂かれる甲高い音と部品が弾け飛ぶ悲鳴が重なり合う。


セリアは文献にあった最も残酷な冷兵器の殺法を遺憾なく発揮していた――スタビライザーを削ぎ落とし、武器の接続アームを断ち切り、知性機械たちが麻痺して痙攣した隙に、最も乱暴な手口でコアに切っ先を突き立て、抉り、粉砕する!


戦場の上空には、金属の残骸と燃え上がるオイル、青白いスパークが織りなす破滅の豪雨が降り注いでいた。


うず高く積まれた機械の残骸と天を焦がす炎の中、オフィウクスは熱いオイルを滴らせる野太刀を片手で引きずりながら静かに佇み、切っ先が地面に火花を散らした。


コックピット内の銀髪の少女は浅く息をつき、その青い瞳は炎に照らされて、凍りつくような冷たい覇気を放っていた。


彼女の前に立ち塞がっていた先鋒軍団のすべては、すでに音のない燃え盛る瓦礫の山へと変わり果てていた。


暴走したこれらの知性機械は自律思考の能力を持ってはいたが、その冷たいコアは、ジュリアンが語っていた平和共存を掲げる主和派のものとは根本的に異なっていた――


その時、セリアの視線がふと遠くの砲撃で崩れ落ちた民家の瓦礫へと向かった。白く、生気を失った人間の腕が、コンクリートの破片から力なく垂れ下がっていた。


この唐突な奇襲は、紛れもなく無数の罪なき市民の命を奪い去った。


そしてジュリアンが選んだ決行のタイミングは、これ以上ないほど悪辣だった――エスペル家の大長老が非業の死を遂げ、権力の移行期という巨大な空白の隙を完璧に突いたのだ。


エスペルが落とす巨大な影は、民生の隅々にまで深く浸透していた。


大長老の死を受けて一般市民が真っ先に感じたのは、上層部の権力争いなどではなく、より本能的で切実なパニックだった。日用品の物価が高騰するのではないか? エスペル家の庇護下にあった借地料が不当に跳ね上がるのではないか?


明日を生きる生活に怯え、周囲を見渡す余裕を失った民衆の隙を突き、ジュリアンのこの一手は毒の刃のように社会の心臓を抉り抜いた。


セリアは苦痛に顔を歪めて両目を固く閉じた。


この不条理な現実は、かつてカレナが何か大きな目的のために謀反を企てた時のことと重なっていた。


カレナが最初から最後まで自らの手で人を殺めたことがないと幾度確信していようとも、動乱を引き起こして間接的に無実の命を奪った罪の重さだけは、決して洗い流すことなどできない。


いわゆる「理想」のために当然のように戦火を煽り、無辜の民の犠牲すら必要なコストとして切り捨てる――そんな冷酷な政治の理屈など、セリアにはどうあっても理解できるはずがなかった。


人類の文明の車輪が、無数の白骨と溢れる鮮血を踏み躙りながら前に進んできたのだということは、分厚い古典や戦術記録の数々から彼女も十分に知っていた。本にもそう記されていた。


結局のところ、彼女はエルウィンや家族によって過保護なまでに守られすぎていたのだ。


まるで水晶の温室の中で愛でられるためだけの儚い花のように。だからこそ、「大義のために一部を切り捨てる」という非情な計算式に、心の底から息が詰まるような絶望を覚えてしまう。


現実は決して童話などではなく、人類の文明の礎は確かに紅い血で濡れそぼっている。


理屈ではそれが避けられないことだと分かっていても、セリアの心はそれを受け入れることを拒んでいた。


青い瞳に一面の火の粉を映しながら、操縦桿を握る指先が強すぎる力で震えていた――いま、この血煙立ち込める戦場の中央に立つ彼女の魂の奥底から、絶叫にも似た悲痛な叫びが溢れ出していた。


彼女はただ……血の匂いも殺し合いもない世界で生きていきたかっただけなのだ。

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