氷解の微光――二十年の時を越えた救済
浮遊都市の上層を縫うように疾走していた専用のホバーリムジンが緩やかに減速し、重力牽引ガイドレールの上へと滑らかに滑り降りた。
窓の全景光学ガラス越しに外を眺めると、セリアの瞳に飛び込んできたのは、独立した浮空島の頂に聳え立つ広大な大邸宅――エスペル本邸の威容であった。
数百年の風霜に耐え抜いてきたこの古き大邸宅は、敷地面積の広大さにおいて、すでにそれ自体が一つの完結した独立小都市に匹敵していた。
邸宅全体が浮島の起伏に富んだ地形に沿って建造され、外周は何十キロメートルにもわたって連なる黒曜石の彫刻が施された重力防護フェンスによって取り囲まれ、俗世の喧騒を完全に遮断している。
車両は複雑な家紋が刻まれた壮麗なアーチ門をくぐり抜け、巨大な発光微晶石を敷き詰めた並木道を静かに進んでいく。
道の両側には、数万坪に及ぶ完璧に整えられた王家仕様の幾何学庭園が広がり、太古の遺伝子から培養された数多の希少な夜光薔薇が微風に揺れて、夢幻の如き幽玄な蒼い蛍光を放っていた。
天へと向けられた高さ数十メートルに達するロココ調の浮遊噴水は、反重力光線のリフトによって結晶の如き水幕を中空へと撒き散らし、夕暮れの残光を反射して眩い虹の架け橋を無数に描き出している。
遥か遠くに目を凝らせば、人工的に開削された環状の鏡面湖が、寸分の瑕疵もない深い蒼の宝石のように横たわり、遠景に連なる古典宮殿の建築群を鮮明に映し出していた。
ルネサンス調の円頂ドームと最先端のマイクロクリスタル力場構造を高度に融合させたそれら壮大なる建造物は、沈みゆく夕日と人工天幕の光が交錯する中で、冷徹にして気高い象牙色の光沢を放っている。
天を衝く尖塔と立体的に交差する空中回廊は幾重にも重なって広がり、そのスケールは視界の果てまで見渡すことができないほどであった。
それは星域の頂点に君臨する名門閥の、絶大なる権勢と底知れぬ歴史を誇示する極めて豪奢な殿堂であり、息を呑むほどに美しい。
しかし、この絵画のように壮麗な絶景の中に身を置きながらも、本革シートに背を預けるセリアの全身を包んでいたのは、骨の髄まで染み渡る冷気だけであった。
彼女にとって、この果てしなく広がる美しい荘園など、権力と執念、そして禁忌によって編み上げられた巨大な鳥籠に過ぎなかったのだから。
だが……思い返してみれば、ジュリアンの言っていたことは決して間違いではなかったのかもしれない。
この名門の嵐に巻き込まれて以来、セリアは自分を深く愛する者たちが、その胸の内にいかなる偏執的で複雑な情念を背負っているのかについて、一度たりとも立ち止まって真剣に向き合おうとはしてこなかった。
そうした者たちの中で、今辛うじてその輪郭を理解できている相手といえば、せいぜい妹のルネくらいのものであった。
セリアから見れば、ルネは長年にわたって母の愛に飢えてきた哀れな子供に過ぎず、生母の面影を色濃く残す自分という姉の中に、二十年分遅れてやってきた慰安と救済を求めているだけに思えた。
そしてここ数日、セリア自身もまた、寛容で優しい姉であろうと可能な限り努めてきた――もしも、その家族愛が純粋な抱擁の範囲内に留まってくれるのであれば。
しかし現実は、想像以上に混沌としていた。セリアはいまだに困惑を禁じ得ない。
なぜルネは甘えを求めるたび、自らの唇へと口づけを奪おうとする衝動を抑えきれなくなるのか。なぜ、自分の過敏で細い腰をあそこまで愛おしそうに撫で回すのか。
かつて情動の乱れの果てに抱きしめられた際、ルネが泣き声混じりに無意識に「ママ」と口走っていなかったなら、セリアは妹が自分に対して倫理を踏み越えた恋人としての情欲を抱いているのだと誤解していたことだろう。
だがそうだとしても、母への渇望と独占欲が入り混じった過度な親愛のスキンシップは、彼女にとって受け止めきれない頭痛の種であった。
エスペル邸に戻ってからの日々は、あまりにも目まぐるしい激変と怒涛の連続であり、重苦しい精神的重圧の前に、セリアは防衛と逃避を本能的に選ぶことしかできず、他の物事にまで思考を巡らせる余裕など微塵もなかった。
カフェでジュリアンに頭を殴られたような衝撃を受けて初めて、彼女はついに、この混迷の根源と向き合う勇気を取り戻したのだ。
そしてその中で、彼女が最も切実に、自らの口で直接問い質したいと願った相手こそが――あの冷酷にして狂おしき生母、イレーナの真の心中であった。
ホバーリムジンは、威容を誇る中央ポーチの前で静かに停止した。
車を降りたセリアの蒼穹の瞳からは、かつての迷いと怯えが消え去り、確固たる決意の光が宿っていた。
彼女は少しの躊躇も見せることなく、すぐ傍らに控えていた優雅なメイド服姿の専属侍女へと視線を向け、凛とした声で直接指示を下した。
「シヴ、私を母の元へ連れて行って」
「えっ……? ですが……奥様は現在、一族の重要公務を執り行っておられますが」
シヴの常に平穏を保っていた完璧な美貌に、滅多に見せることのない隠しようのない動揺が浮かんだ。
エスペル家の深奥に最も長く仕えてきた側近の一人として、シヴはまさにセリアの成長の軌跡をつぶさに目撃してきた――
幼い頃、街頭で母の背中を泣きながら追いかけ、母の温もりを必死に求めていた孤独な幼女から、やがて心を閉ざし、言葉を失った精巧な西洋人形のような少女へ。
そして今、無理やりにこの荘園へ連れ戻され、イレーナに対して極限の警戒と激しい拒絶を示す反逆の長女へと。
その長き歳月におけるすべての変遷を、シヴは見届けてきた。彼女はかつて幾度となく信じていたのだ。
お嬢様がこの屋敷へ戻られたその日には、一族の中で最も愛される至宝として、失われた母の愛を取り戻すことができるはずなのだと。
しかし、あまりに無慈悲な現実は、シヴの期待を粉々に砕き散らかした。
イレーナの愛は二十年という深淵の中で息の詰まるブラックホールへと変貌を遂げており、ここ数日、セリアがイレーナの腕の中で絶望に狂い、泣き叫んで崩れ落ちる凄惨な姿は、シヴの心を締め付け、痛ましさで張り裂けさせていた。
道理からすれば、今のお嬢様にとってイレーナは恐るべき猛獣であり、避けて通るべき相手であるはずなのだ……それなのに今、セリア自身がイレーナに会いたいと自発的に口にしたというのか?
シヴは無意識に顔を向け、傍らに立つ大柄な体躯のラグナーと瞬時に視線を交わした。
互いの瞳に宿る同じ驚愕と微かな安堵を確認し合うと、二人は呼吸を合わせて静かに頷いた。これはセリアがエスペル邸に戻って以来、初めて自らの意思で家族に対して示した要求なのだ――
たとえ現在、イレーナが星域の命運を左右する極秘会談の最中であろうとも、母娘の氷を溶かすかもしれないこの千載一遇の契機を、見逃すわけには断じていかなかった。
「かしこまりました、お嬢様。こちらへどうぞ」
シヴの先導とラグナーの警護の下、セリアは邸宅の内部を貫く、深遠にして威容を誇る中央彫刻回廊へと足を踏み入れた。
本丸を縦断するこの回廊は数百メートルもの長さを誇り、両側には超高純度のマイクロクリスタル原石から削り出されたコリント式の巨柱が整然と立ち並んでいる。
十数メートルに達するアーチ天井には、絢爛たる自律光学天幕が嵌め込まれ、外界の夕暮れの残光を砕けた金糸のような柔らかな微光へと変換して降り注がせていた。
足下には分厚く柔らかな深紅のベルベット絨毯が敷き詰められ、三人の足音を完全に吸い込んで、周囲の空気をより一層厳かで重々しいものへと変えている。
高くそびえる壁面には、数メートルおきに歴代当主の巨大な肖像画が掲げられ、描かれた先祖たちが威厳に満ちた冷徹な眼差しで、下を通り抜ける銀髪の少女を見下ろしていた。
そして肖像画の合間に設けられた壁龕には、エスペル家が数百年におよぶ星間開拓と機甲戦争の中で手に入れてきた古の戦利品や超小型兵装コアが静かに安置され、幽青の防護力場の中で冷たく古めかしい威圧感を漂わせている。
権力と歴史の深淵へと続く静寂の回廊を歩む中、窓から差し込む夕日は、セリアの華奢な影を床の上へと長く引き伸ばしていた。
一歩前へと歩みを進めるごとに、空気の中に漂うイレーナ特有の冷徹な覇気配が濃密さを増していく。
セリアは指先を微かに握りしめ、胸の中で激しく刻まれる鼓動を確かめながら深く息を吸い込み、回廊の最奥に固く閉ざされた、重厚な特殊鋼の彫刻扉へと迷いなく向かっていった。
イレーナの執務室の重厚な彫刻扉の前に立ち止まったセリアは、数々の戦場で凄惨な武名を轟かせ、敵軍を震え上がらせてきたはずの二人のエースパイロットの姿を、酷く不思議そうに見つめていた。
今、彼女の目の前で、シヴとラグナーの足はまるで猛烈な嵐の中で激しく揺れ動く麺類のようにガタガタと震え、全身から目に見えて寒気を放っていたのだ。
セリアには、それがどうにも理解できなかった――二人の人となりを見る限り、もしもイレーナが日頃から彼らを理不尽に虐げていたのなら、誇り高き二人が母親に対してあれほど絶対的な忠誠を誓うはずがない。
忠義を尽くしているというのに、なぜ執務室の前に立っただけで、これほどまでに魂の抜けたような醜態を晒すほど怯え切っているのか?
シヴは深く息を吸い込み、処刑場へと引き立てられる罪人のように歯を食いしばると、震える手を持ち上げてノックを試みた。
しかし極限の恐怖によって腕の筋肉が完全に硬直してしまい、手首を虚空で必死に振ってはいるものの、指先が激しく痙攣するあまり、分厚い扉の表面には微かな音すら立てることができなかった。
隣のラグナーも同様で、その巨躯を壁にぴったりと押し付け、深呼吸を繰り返すことで胸の激しい動悸を必死に宥めようとしていた。
彼ら二人がここまで恐怖に駆られていた理由は、至極単純で無慈悲なものであった――
この本邸において、イレーナが自ら扉を閉ざして機密通信会議を開く相手といえば、いずれも星網上から一つの名家を容易に抹殺し、いかなる権力者をも秘密裏に人間蒸発させられる星域の巨頭たちばかりであった。
エスペル直系の血を引く家族を除けば、下僕や従者がこの種の会議を無断で妨害した際の結末は、粒子粉砕チャンバーへと放り込まれ、果てしない苦痛の果てに痕跡すら残さず抹消されるのが常であったのだから。
極限の息苦しさの中、シヴの瞳の奥に、ついに「捨て身」の決死の覚悟が閃いた!
彼女は動かない腕を使うことを放棄し、前傾姿勢のまま、自らの額を硬質な執務室の防護扉へと全力で叩きつけたのだ!
「ドォン――!!!」
鈍く凄まじい衝撃音が、扉全体を突き抜けて響き渡った。
その凄まじい衝突音には、執務室の中で会議を行っていたイレーナ自身すらも息を呑んで驚愕した。
外敵か暴徒が力づくで執務室へ乱入しようとしたのだと判断した最高女当主は、歴戦の研ぎ澄まされた殺伐の生存本能を瞬時に露わにし、机の傍らに置かれていた高エネルギー粒子加速ハンドガンを反射的に引っ掴むと、漆黒の銃口を素早く装填し、迷いなく扉の方向へと据え付けたのだ。
『どうしたというのだ?! 敵襲か?!』
ホログラム通信の光幕越しに、数百年の伝統を誇る各財閥や名門の当主たちが一斉に血相を変え、それぞれの座席から戦慄の面持ちで立ち上がった。
彼らが取り乱すのも無理はなかった――西暦3000年の現在の星間情勢において、エスペル家の当主が暗殺や不測の事態に倒れれば、連邦のほぼすべての星間横断プロジェクトは一夜にして完全に瓦解する。
それこそが、イレーナが長年にわたり人類文明の頂点に君臨し続けている真の所以であった。
かつての動乱の時代、先見の明を持っていたエスペル家のある代の当主は、
全財産を失うリスクを冒してでも民生インフラと商業ネットワークを地球全土および各外星開拓植民地へと網の目のように張り巡らせた。
幾度となく一族滅亡の危機を乗り越えた末、今や人類文明における九割以上の基礎物資と金融資産が、エスペル家の掌の中に握られていた。
つまり、貴族としての歴史の長さや古き血統の格式においてエスペル家が最高位でなくとも、彼ら権力者たちがイレーナを本気で怒らせてしまえば、エスペル家が数ヶ月間全星域の生活必需品の生産を停止し、「これは某家の制裁による影響である」と一言声明を出すだけで――
エスペル家が私設艦隊を動かすまでもなく、憤怒に狂った数億人の一般市民たちが自発的にその名家の屋敷へ押し寄せ、一族の者を一人残らず引きずり出して街灯に吊し首にするのだ!
一般市民にとってエスペル家こそが唯一の救世主にして生活の基盤であり、この星域の底流の生活が安定を保っていられるのは、エスペル家がその独占的な立場を利用して物価を吊り上げないからに他ならなかった。
さらに決定的なのは、イレーナの手首に装着された「当主専用生体反応ブレスレット」が、常人のそれとは根本的に異なっている点であった。
ブレスレットの内部には最高権限の自毀シーケンスが組み込まれており――イレーナの心拍停止が検知され、かつ規定時間内に正統な継承者が即位しなかった場合、全宇宙のエスペル傘下のすべての工業ラインは即座に完全停止するよう設計されていた。
その対象には、全星域の食糧合成、水資源浄化、星門交通、反物質エネルギー、ナノ繊維、そして主要星間銀行の決済システムに至るすべてが含まれていたのだ。
それゆえに、普段は尊大に振る舞う各家の長たちも魂を失うほどに怯えていた――この智械戦争がいつ全面勃発してもおかしくない緊迫した情勢下において、力づくで扉を叩き割ろうとする不届き者は一体誰なのか?! 人類社会を壊滅へ追い込もうとする陰謀なのか、それとも高度知能機械による電撃的な奇襲なのか?!
各当主たちが傍らの秘書に向かって怒号を上げ、各々の私兵艦隊を全速力でエスペル邸へ急行させ、手段を選ばずイレーナを救出せよと命じたその時、扉の外の通信インターホンから、痛みに耐えかねて涙声になったシヴの呻き声が、間抜けな拍子で響いてきた。
「……シヴ?」
イレーナの冷たい瞳に僅かな困惑が宿った。彼女は眉を微かに顰め、黒絹の手袋を嵌めた手を掲げて、取り乱す各当主たちへ「待て」と制止の合図を送った。
『も、申し訳ございません、奥様……!』
シヴは赤く腫れ上がった額を押さえ、激痛によって辛うじて理性を引き戻すと、インターホン越しに慌てふためいた声で説明した。
『セリアお嬢様が……突然、奥様にお会いになりたいと仰いまして……私、取り乱すあまりに扉に頭をぶつけてしまいまして……!』
「……セリアが?!」
その名が放たれた瞬間、イレーナの耳元に雷鳴が轟いた!
冷徹無比なる女当主の表情からあらゆる氷の冷気が消え去り、その瞳は信じ難い驚愕と溢れんばかりの歓喜によって完全に塗り潰された!
しかし次の瞬間、自らの右手に握られた物騒極まりない粒子加速ハンドガンに視線を落とした瞬間、彼女は生まれて初めて経験するほどの狼狽の渦へと叩き落とされた――
ようやく自分に会いに来てくれた愛娘を、扉を開けた瞬間に銃口で迎えるわけにはいかない! そんなことをすれば、ただでさえ自分を恐れているあの子が怯えて逃げ出してしまうではないか!
イレーナがその場で右往左往し、銃の隠し場所にパニックを起こしていたその刹那、光幕越しに事態を見守っていた各星域の当主たちは、示し合わせたかのように各々のデスク脇のゴミ箱を抱え上げ、カメラに向かって声を潜めながら一斉に叫んだ。
『安全装置です! 奥様、セーフティをかけてゴミ箱へ!!』
その助言にハッと我に返ったイレーナは、慌ただしい手つきで素早く安全装置をカチリとロックすると、手にした銃を足元のゴミ箱へ放り込み、そのまま足を一閃させてデスク下の暗がりへと蹴り飛ばした。
普段のイレーナはこの種の閉門会議において比較的自然体であった。
何しろ顔を合わせているのは彼女の冷徹な手腕を知り尽くした旧知の者たちばかりであり、彼女に不敬を働く者など皆無であったため、会議の前にも髪を念入りに整えることすらしていなかったのだ。
だが今、セリアが入ってくると聞き及んだ瞬間、普段はいかなる天変地異にも眉一つ動かさぬはずの最高当主は、まるで初恋の相手を迎え入れる純情な少女のように慌てふためき始めた。
彼女が乱れた長い黒髪を必死に指で梳かす傍らで、光幕の向こうの巨頭たちは額に冷汗を浮かべながら、画面越しに口々に指示を飛ばし始めた。
『左です! 奥様、左の鬢の毛が乱れております!』
『お召し物の襟を整えて! ベルベットのショールをもう少し上へ!』
『深呼吸です! 瞳に宿る殺気を抑えて! 笑顔を……いえ、笑い方が不自然です、表情の力を抜いてください!』
普段は咳払い一つで人類文明の行く末を左右する最高権力者たちが、イレーナが愛娘の前で少しでも完璧な姿を保てるよう、全員が狂ったように知恵を絞っていた――
何しろ誰もが熟知していたのだ。
もしもこの女魔頭が娘の前で再び拒絶され、深い精神的痛手を受けるようなことになれば、その鬱憤を晴らすために各分野で情け容赦のない報復と収奪の嵐を巻き起こすのは、他ならぬ自分たちなのだから!
三十秒という嵐のような整頓を経て、イレーナはようやく、いつもの優雅にして気高く、非の打ち所のない完璧な姿を取り繕うことに成功した。
しかし机の下で、ドレスの中に隠された彼女の指先は激しく震え続けており、胸の内で鳴り響く鼓動は戦太鼓の如く激しさを極めていた。
セリアが、自らの意思で自分に会いに来てくれたのだ。
娘が自発的に母を求めてくれたことなど……セリアがまだ幼子であった頃以来の出来事であった。
十数年の時を越えて訪れたこの奇跡を前に、イレーナの神経は今にも張り裂けんばかりの極限状態に達していた。
「……入りなさい」
緊張のあまり視界が微かに眩むのを感じながらも、イレーナは全理性を総動員し、できる限り平穏を装った、いつもの冷徹な威厳を帯びた声で扉の外へ呼びかけた。
そして光幕の向こうの当主たちもまた、一斉に胸中で祈りを捧げた――まだ見ぬお嬢様が、どうかこの女魔王を刺激するような言葉を口にしませんように。さもなくば、この星域の天蓋が引っくり返ってしまう!
張り詰めた空気の中、重厚な精鋼彫刻扉が音もなく押し開かれた。
セリアが静かに足を踏み入れてきた。
少女の足取りは極めて軽く、緩やかで、そこには怯えも、かつてのような尖った警戒心も存在しなかった。
ただ静かに、淡々とした足取りで幅広の執務机の前へと進み出ると、イレーナの目の前に真っ直ぐに立ち止まった。
この時のイレーナの表情は酷く硬く、冷淡に見えた――それは傲慢さからではなく、極度の恐慌と自責の念によって、脳が表情筋の微細な制御を完全に失ってしまっていたからに他ならなかった。
モニターの向こうの巨頭たちも息を殺し、心臓を吊り上げながら、セリアが発する最初の一言が完全な絶縁宣言であり、イレーナの保っている理性を粉砕してしまうのではないかと恐怖していた。
しかし、その場にいた全員の注視の下、誰も予想だにしなかった光景が繰り広げられた。
セリアは、自分と瓜二つの澄んだ蒼穹の瞳を持ちながらも、全身を強張らせている生母の姿をただ静かに見つめていた。
そして、少女は微かにその唇を開き、極めて細く、優しく、それでいて春の慈雨のように心へと染み渡る声音で、イレーナが生涯決して忘れることのできないあの言葉を紡ぎ出したのだ。
「ママ……抱きしめて、くれる……?」
その言葉を、イレーナは十数年前に幾度となく耳にしていた。
幼かったセリアが街頭で、校門の前で、涙で顔を濡らしながら手を伸ばし、母を求めて泣き縋るたびに口にしていた悲痛な懇願。
その都度、イレーナは身を切られるような激痛に耐えながら、最も冷酷な言葉で愛娘を突き放し続けた。
そしてある日を境に、セリアの瞳から光は消え去り、母親を見るその瞳は完全に凍てついた他人へのそれへと変わってしまったのだ。
骨の髄まで染み渡るその悔恨は、二十年近くにわたりイレーナを苛み続け、夜ごとの精神抑制薬と自傷の深淵の中で彼女を蝕み続けていた。
それなのに……この生涯二度と聞くことは叶わないと諦めていたあの呼び声が、今、確かに耳朶へと届けられたのだ!
イレーナの精神の防壁は、この一瞬において完全に決壊した!
彼女は反射的に両腕を伸ばし、二十年近くにわたり負い目を背負い続けてきた我が子を抱きしめようとした。
しかし、あまりにも激しい感情の奔流の前に全身の力は抜け落ち、立ち上がることすら叶わず、ただ震える両手を前へと差し伸べ、夢にまで見続けた光へとすがるように伸ばすことしかできなかった。
この二十年にも及ぶ悪夢はあまりにも深く重く、イレーナから目覚める勇気すら奪い去っていた。
それゆえに、黎明の曙光がついに心の永夜を貫いたその瞬間、暗闇の中で傷を舐め続けてきた魂は、光の眩しさを前にしてすべての力を失ってしまったのだ。
机の向こうで、日頃の冷徹な覇気を失い、ただ自らの一言によって全身の力を失って震え、下唇を噛み締めながら懸命に抱きしめようと手を伸ばす母の姿を見つめながら、セリアの胸の奥底には、「許し」という名の温かな感情が静かに広がっていった。
ジュリアンの言った通りだったのだ。
母は……誰よりも深く、自分を愛してくれていたに違いない。かつて突き放され、傷つけられた数々の仕打ちは、過酷な運命と一族の重責に追い詰められた末の、身を切るような苦渋の選択だったのだ。
もしも真実がそうであるのなら……彼女は、深淵の中で二十年間もがき苦しんできたこの不器用な母親を、心から許したいと思った。
セリアはイレーナが立ち上がるのを待つことなく、自ら大きな執務机を回り込み、三人が並んで座れるほどの豪奢な天鵝絨のハイバックチェアの前へと歩み寄った。
モニターの向こうで息を呑む巨頭たちの視線の中、少女は何の躊躇いもなくその身を預け、イレーナの微かに冷たく、しかし懐かしい芳香に満ちた胸の中へと、正面から身を投じたのだ。
そこには拒絶も、涙も、傷つけ合いも存在しなかった。
これこそが、二十年の歳月を越えて初めて果たされた、真実の母娘の抱擁であった。
「セ……セリア……私の愛しい子……私の娘……」
イレーナはもはや当主としての尊厳も仮面も保つことができず、腕の限りの力で我が子を狂おしいまでに抱きしめ、堰を切ったように溢れ出た熱い涙を、セリアの銀白の髪へとこぼし続けた。
二十年分遅れて届いたこの深い抱擁は、窓外から降り注ぐ夕暮れの柔らかな光に包まれながら、母娘の間に横たわっていた長き傷痕を、静かに、優しく癒やしていったのであった。




