狂乱の星網と、遠き日の共生の誓い
シシリス大学「総合教養学科」の階段教室の中で、セリアは珍しく最前列に端座し、極めて熱心かつ積極的に教壇の教授の講義に耳を傾けていた。
その知識を渇望するかのような真摯な姿は、普段の彼女が机に突っ伏して微睡み、気怠そうに一日をやり過ごしていた常態とはまるで別人のようであった。
しかしながら、この前向きで真面目な一面は、周囲の学生たちや教鞭を執る教授の目には、全く別の戦慄すべきシグナルとして映っていた――誰もが内心で、このお嬢様はあの噂に名高い、残酷な手段と狂気的な支配欲を持つ実母の当主に追い詰められて精神の均衡を崩し、その現実逃避と発散のために、このような自虐的な猛勉強に逃避しているのではないかと戦々恐々としていたのだ。
厳密に言えば、西暦3000年代の最高峰たるトップ大学のシステムにおいて、理論上は「総合学科」のような曖昧な科目が設置されることはない。
しかし、将来に対する明確な専攻方針が定まっていない学生や、領域横断的な学びを求める者たちに配慮し、シシリス大学はあえてこの「総合教養学科」を開設して総合的な実力を育成していた。
最先端の理工論理から星間文化哲学、古典芸術の鑑賞、さらには基礎的な機動兵装の構造理論に至るまで、履修する範囲は極めて雑多であったが、その反面、規定の単位さえ揃えば無事に卒業証書を手にすることができた。
このような極めて柔軟な履修制度は、学生が広範な知識に触れた後に、自らの興味に応じて特定の専門分野を深く掘り下げることを積極的に推奨しており、何よりも学生自身の自主的な思考を尊重する大学の姿勢を示していた。
それゆえにシシリス大学は全星網における総合学術ランキングで常に上位に君臨し、その門戸の狭さと合格難易度の高さは、無数の受験生たちを絶望させていたのである。
かつてのセリアは、周囲の目には愛憎相半ばする「怠惰なる天才」と映っていた――文化史であれ高等理工であれ、あるいは芸術理論であれ、彼女は普段の講義中にぼんやりと居眠りをしていようとも、期末の試験になれば適当に手を動かすだけで軽々と満点を叩き出していた。
しかし唯一、機動兵装の実機操縦実習だけは、目も当てられないほど壊滅的な成績だったのである。武力と戦略的抑止力こそが絶対視される過酷な社会風潮において、周囲の者たちは陰で嘲笑を禁じ得なかった――機動兵装すらまともに操縦できないひ弱な天才など、突発的な機械反乱の前に自らの命を戦って守る権利すら持てず、どれほど知識を蓄えたところで一体何の意味があるのか、と。
しかし……現在の状況は、人々の常識と三観を根底から粉々に覆していた。
このお嬢様は、少し前に伝説の第十三宮たる魔神【蛇遣い座】を自ら駆り、神話の領域に達するほどの残虐で圧倒的な戦闘成果を見せつけたばかりなのだ――それは、百戦錬磨の歴戦の勇士たる軍出身のデイン教官ですら、恐れをなして退散するほどの神殺しの戦果であった!
素手で重装甲機甲を解体できる無敵の武力を手にした魔王のお嬢様が、あろうことか今、講義室で誰よりも必死に理論知識を吸収しているのだ。
これでは他の平凡な一般学生たちに、一体何の生きる道が残されているというのか!
「あ、あの……セ、セリアさん。実は、この講義の内容はそこまで必死にノートを取らなくても大丈夫なんですよ……もしお疲れでしたら、先生が温かい珈琲でも奢りましょうか?」
教壇に立つ教授は講義を続けながら、額からとめどなく吹き出す冷汗を拭っていた。
現在、シシリス大学の構内においては、名誉教授から各科の教官、一般の学生に至るまで、心の底からこのお嬢様が登校してこないことを神仏に祈り続けていた。
理由は極めて単純明快であった――万が一、このエスペル家の長女が学内で少しでも不快な思いをしたり、何らかのアクシデントに巻き込まれでもしたら、あの気まぐれで冷酷な当主イレーナが艦隊を率いて大学を更地にする以前に、操縦専攻にいるあの暴走娘ルネが学園全体を阿鼻叫喚の地獄へと叩き落としかねないからだ。
ここ数日間のルネの狂気的な凶行を思い返すだけで、誰もが頭皮に寒気を覚え、震え上がらずにはいられなかった。
つい数日前、隣のクラスの思慮の足りない男子生徒が、講義中にセリアの横顔をほんの少し長く見つめていたというだけの理由で、姉を狂信するルネは怒り狂った雌豹の如く教室へ乱入し、有無を言わさずその生徒の髪の毛を一筋残らず根こそぎ毟り取ってしまったのだ。
事後、その生徒の保護者は激怒し、一族の権力を笠に着て校長室へと怒鳴り込み、事の真相と謝罪を要求した。
しかし、目の前に立つルネのあの象徴的な金髪翠眼とエスペル家の紋章を直視した瞬間、頭頂部の薄いその貴族の父親は、理事会と全教職員の面前で恐怖のあまり腰を抜かし、自らバリカンを手に取って己の頭を鋥亮たる丸坊主に刈り上げ、床に平伏して二小姐に涙ながらに詫びを入れる羽目になったのである!
今のシシリス大学には、血と涙によって刻まれた絶対の生存鉄則が囁かれていた――もしも自分の頭皮と尊厳を守りたいのであれば、全力でセリアから十メートル以上離れること。
なぜなら、ルネという危険極まりない野生の小獣の基準において、セリアが「不快感を覚えたかどうか」を決めるのはセリア本人ではなく、ルネ自身の研ぎ澄まされた直感に他ならないからである!
さらに絶望的なことに、ルネは生身の身体能力や爆発力のみならず、兵装の操縦技術においても歴戦の教官たちを模擬演習場で一方的に地面に叩き伏せるほどの天才エースであり、学内において彼女を力づくで制止できる者など一人も存在しなかった。
そして、全校の教職員と生徒たちを最も「この世の終わり」の恐怖に陥れたのは、かつてルネと犬猿の仲であり、全校で唯一実力においてルネを完全に抑え込むことのできるカレナ先輩であった――
そのカレナがここ数日、あろうことか自ら手作りの高級プリンを携えて操縦専攻へとルネを訪ね、二人が並木道を仲睦まじく談笑しながら並んで歩く、まるで本物の仲良し姉妹のような姿が目撃されたのだ!
これが何を意味しているのか? これは、学内における一連の暴挙を背後で黙認し、野放しにしているのが、もはやエスペル家のみならず、あの深謀遠慮で広大な勢力を誇るイエラン家までもが完全に結託しているという動かぬ証拠に他ならなかった!
「先生、お気遣いありがとうございます。ですが、お構いなく。講義が終わりましたら、ジュリアンと珈琲を飲む約束をしておりますので」
セリアは顔を上げ、顔面を土色に染めている教授に向かって、春風のように優しく、見る者の心を癒やす完璧な微笑みを返した。
いまのセリアにとって、再び静かな教室に座り、純粋に新しい知識を吸収できることがこれほど心身を満たす心地よい時間になろうとは、夢にも思わぬことであった――少なくとも、屋敷のあの捕食者たちが蠢く豪奢な温室に軟禁され、呼吸をするのすら怯えていた日々に比べれば、学校は紛れもない天国であったのだ!
ただ惜しむらくは、セリアのこの心の底からの解放感と純粋な喜びは、周囲の戦々恐々とする師生たちの目には、「極限の重圧に晒されながらも、冷酷で優雅な偽りの仮面を貼り付けている魔王のお嬢様」として完全に脳内変換されていたことである。
やがて、立体音響システムから優雅な終業のチャイムが響き渡ると、セリアは手早く薄型のホログラム教材を片付け、跳ねるような軽快な足取りで立ち上がった。
そして、まるで猛毒のサソリを避けるかのように道を空け、敬畏と恐慌に満ちた視線を送るクラスメイトたちの注目を浴びながら、軽やかに階段教室を後にした。
数百平方キロメートルの広大な敷地を誇るシシリス大学は、人工浮島の三つの重力層に跨がっており、各棟や各科の浮空島を結ぶ点と点の移動距離は極めて長大であった。
セリアはフロアの外縁にある懸浮デッキの乗り場へと向かった。
彼女の指先にある端末が微光を放つと、ドックに停泊していた、流線型の銀白合金で覆われた「単人自律浮遊カプセル」が即座に起動した。
水滴型のカプセルキャノピーが花弁のように滑らかに左右へと開き、内部に設えられた形状記憶生体ゲルによる人間工学に基づいた懸浮座席が姿を現す。
セリアが腰を下ろすと、環景光學天幕が無縫に閉じ合わされ、外界の喧騒を完全に遮断した。
『生体ID確認:セリア・エスペル様。目的地をロック:南区中央浮空商業港』
車載自律量子単元(自律量子ユニット)の柔らかなアナウンスと共に、カプセルは底部のマイクロ反重力斥力リングによってふわりと浮き上がり、全校の各層を貫く「超伝導真空重力グラディエント・チューブ」の中へと音もなく滑り込んだ。
全方位投影壁(全方位プロジェクション・ウォール)越しに、外の景色が驚異的な超高速によって光の奔流となって後方へと飛び去っていく――眼下には縦横に交差する幾何学的な空中回廊と青々とした立体空中庭園が広がり、遠方には機甲開発専攻の巍然とそびえ立つ重力射出タワーが天を突いていた。
重力軌道の上を絹のように滑らかに加速していく安定した乗り心地を感じながら、セリアは柔らかいクッションに背を預け、長く深い息を吐き出した。
わずか十数分の空中移動に過ぎなかったが、自分一人だけのために用意されたこの密閉された金属の座席に身を置き、窓の外に広がる広大な星空と浮島のパノラマを眺めるこのひとときこそが、セリアにとって久しく味わうことのできなかった、真に自分だけの静寂と自由であった。
今のセリアの願いは、ただ一刻も早くジュリアンと合流し、あの不透明極まりない「計画」の全貌を明らかにすることだけだった。現在のような四面楚歌の状況下で、情報が開示されていない謀略に身を委ねるわけには、到底いかなかったのである。
セリアがいつもの見晴らしの良い展望カフェへと足を踏み入れた時、ジュリアンはすでに窓際の専用ボックス席に腰を下ろし、彼女の到着を待っていた。
窓際の白い陶磁器のテーブルには、焼き立ての季節限定スイーツと、セリアがかつて最も好んでいた特製のロイヤルミルクティーが整然と並べられていた。
「お久しぶりですね、お嬢様。最近のご機嫌はいかがですか? 何か召し上がって、一息つかれてはいかがでしょう?」
セリアはテーブルの上に並ぶ精緻なティーセットを見つめたが、一切手を触れることなく、ただ無言で浮遊型の機械給仕端末を呼び出し、無表情のまま全く同じメニューをもう一組、改めて注文し直した。
その様子を見たジュリアンは微かに眉を上げ、頬杖をつきながら苦笑を漏らした。
「お嬢様、私が何か良からぬ細工でも仕掛けたとご心配なさっているのですか?」
「今の私は、誰のことも無条件に信用できなくなっているの。少しは察してくれないかしら?」
セリアの口調は酷く平坦で、そこには感情の起伏など微塵も感じられなかった。
彼女にとって、市井の平民「セリア・ヴァデル」から、名門の長女「セリア・エスペル」へと無理やりに立場を変えられてから、まだ一ヶ月足らずしか経っていない。
しかし、この一ヶ月の間に押し寄せた数々の激浪と感情の引き裂かれるような体験は、彼女に数十年もの過酷な風雪を耐え忍んできたかのような疲弊を与え、今や彼女は自らの周囲に現れるあらゆる人間に対して、分厚く強固な防御壁を築かずにはいられなくなっていたのだ。
「それに……あなたはいまだに、その胸の内にある全盤の思惑も、その背後にある本当の目的も、私に正式に明かしてくれていないじゃないの」
「お嬢様のその警戒と防御の姿勢は、痛いほど理解しておりますよ」
ジュリアンはいつもの不敵で軽薄な笑みを収め、その口調を穏やかで誠実なものへと改めた。
「では……まずは私の掲げる理想と、私がこの道を選んだ最初の出発点からお話しすることにいたしましょうか」
星域屈指の特務世家の正統なる後継者として、ジュリアンはこの星域の闇を流れるあらゆる情報網を完全に掌握していた。多くの場合、彼は物事を見抜いていながらあえて口に出さないことを信条としていたに過ぎない。
しかし、目の前で草木皆兵の如く怯え、針を逆立てている少女を見つめていると、ジュリアンとて時折、胸の奥底から込み上げてくる同情と憐憫を禁じ得なかった。
かつての何の憂いもなかった学生時代の眩しさと比較すれば、今のセリアが心の底から笑わなくなってから、すでに何日もが過ぎ去っていたのだから。
その事実は、カレナとて痛いほど理解していた。ここ数日、あの学先輩は自らの全力を尽くしてセリアに寄り添い、彼女の心を癒やそうと必死になっていたのだ。
しかし、幾重にも重なる誤解と、あまりにも熱烈で重すぎる情念の衝突は、皮肉にもその温もりをセリアにとって耐え難い精神の枷へと変えてしまっていた。今のセリアは、汚れのない純粋な愛を心の底から渇望していながらも、誰も彼もから希少な獲物の如く奪い合われるあの息の詰まる恐怖に怯えていた。
しかし厄介なことに、彼女を狂おしいほどに求める者たちもまた一人ではなく、他人に愛する彼女を先に奪われまいとするあまり、セリアを愛する者たちもまた、より強硬で支配的な態度を示さざるを得ないという地獄のような悪循環に陥っていたのである。
「ところで……ずっと疑問に思っていたのだけれど、あなたはどうしてそこまで『人類と高度知能機械の平和共存』という道に執着するの?」
セリアは新しく運ばれてきた熱いミルクティーを両手で包み込みながら、静かに胸中の疑問を口にした。
「現今において、急進派の機械軍団が時折、境界都市の防衛線を脅かすことはあっても、先日のカレナ先輩が無理やりに起こさせられたあの反乱騒動を除けば、各主権都市では基本的に大規模な死傷者など出ていないわ。人類の最先端の科学防衛力と機械勢力との間には、理論上、とうの昔に暗黙の了解とも言える絶妙な均衡が成立しているはずじゃないかしら?」
「ですが私の目から見れば、そのような見せかけの偽りの均衡など、到底不完全極まりないものですよ」
ジュリアンは背筋を僅かに正した。彼はセリアの視点とその論理を正確に把握していた――最先端兵器と防衛システムの急速な発展に伴い、人類社会は急進派の機械勢力と正面から対抗できる力を手に入れたことで、本能的に安寧を貪り、要塞都市の内側に引きこもって平穏な日常を守ることに満足してしまっている。
現状に甘んじるその心理自体は決して恥ずべきことではないが、ジュリアンにとってみれば、それはあまりにも惜しいことであった。なぜなら、文明の進化という座標軸の上には、明らかにこれよりも遥かに優れ、前途洋々たる「最優解」が存在しているからである。
「幼い頃、私は敵対する政界要人の息がかかった武装勢力によって、秘密裏に誘拐された経験があるのです」
ジュリアンは、埃をかぶった過去の記憶を極めて平淡な声で語り出した。セリアは口を挟むことなく静かに耳を傾けた。この過酷な経験こそが、ジュリアンが人機共存の推進に異常なまでに執着する根本の原点なのだと直感したからである。
「あの暗闇の中で、私は心底から恐怖し、そして生まれて初めて耐え難いほどの不条理と絶望を味わいました――同じ人間であり、同じ赤い血が流れている同胞同士であるはずなのに、ただ私利私欲と権力のためだけに、何の後ろめたさもなく互いをこれほどまでに残酷に傷つけ合えるのだという事実にね」
セリアは沈黙を守ったまま聞いていたが、その胸中には苦く痛ましい共鳴の波が広がっていた。
今となっては、彼女自身もまた「同類同士が傷つけ合い、情愛という名のもとに他者を蹂躙する」という行為が、いかにこの世界において普遍的で日常的な常態であるかを、身をもって痛感させられていたからである。
セリアは無意識のうちに細くしなやかな指先を持ち上げ、自らの下唇へと極めて優しく触れた。
本来であれば桜の花弁のように瑞々しく柔らかかったはずの唇には、今なお細かな裂傷と噛み跡が痛々しく残されており、その引き裂かれるような痛みは、温かいミルクティーを一口含むことすら躊躇わせるほどに鮮明であった。
対面に座るジュリアンが、その痛々しい痕跡に気づかないはずがなかった。それどころか、ノア家の誇る無孔不入の情報網を通じて、彼は昨夜の温室で起きた悍ましい出来事の風聞すらも正確に把握していたのだ。
しかし、それが少女の誇りと尊厳に対していかに残酷で救いのない傷痕であるかを深く弁えているがゆえに、彼は類稀なる教養をもって、あえてそこに触れないという沈黙を選択していたのである。
母の愛に極限まで飢え、それゆえに母親の面影を色濃く宿す実の姉に向かって狂おしいまでの肉体的・精神的愛着を要求し続ける、我が儘な妹。
報われぬ愛の焦燥の中で自責と嫉妬に苛まれ、次第に歪んだ独占欲の極端な深淵へと足を踏み入れてしまった、優雅なる先輩。
そして最後は……長年にわたる罪悪感と自傷行為、そして深刻な神経症によって正気を完全に失い、頼りにならぬ実父エルヴィンによるあの粗暴で身勝手な支配の交歓を「深遠なる愛の証明」であると致命的に誤認した結果、昨夜ついに実の娘へと罪深い手を伸ばしてしまった生母――。
たとえイレーナが、取り返しのつかない実質的な凌辱にまでは至らなかったとしても、その倫理の底を踏みにじる禁忌の重圧は、セリアの柔らかな心霊の深奥に、消えることのない深いトラウマを焼き付けてしまっていた。
こうした狂気じみた一連の感情の嵐は、今やセリアをして、美しく強大な女性を目にするだけで、本能的な悪寒と恐怖で身体を震わせるまでに追い詰めていたのである。
しかし……彼女にとって最も絶望的で耐え難かったのは、こうした名門貴族の深奥で起きた生々しく私密な風聞が、外界の歪んだ好奇の目に晒され、発酵した結果、あろうことか全星網のネット民や同人作家たちにとって最も熱狂的な創作のネタとして消費されてしまっていたことである!
そもそもイレーナという女当主は、全星域の無数の人々にとって決して手の届かない冷艶なる至高の女神であり、強大で尊貴、そして類を絶するほどの絶世の美貌を誇りながらも、その身に纏う生殺与奪の絶対的な覇気ゆえに、誰もが恐れをなして遠巻きにする存在であった。
しかしセリアは全く異なっていた。魔神オフィウクスを起動した際に見せたその神魔の如き戦闘力は宇宙を震撼させたが、彼女が母親から完璧に受け継いだその美貌の中には、生まれながらにして見る者の胸を締め付け、庇護欲を掻き立てずにはいられない「破碎の美」が宿っていたのだ。
倫理の崩壊という背後の息苦しい恐怖を差し置いても、イレーナが泣き腫らした瞳のセリアをその胸に強く抱きしめている隠し撮り写真が星網へ流出した瞬間、全星域の数百億を超えるネット民たちの心臓は一斉に跳ね上がり、呼吸を忘れるほどの熱狂に包まれた。
この国をも傾けるほどの絶世の美母娘が寄り添う構図は、外界の目にはこの世に二つとない奇跡の絶景として祭り上げられたのである。
写真の中のセリアの露骨な拒絶とパニック、そしてイレーナの瞳に宿るあの偏執的な侵略の光は誰の目にも明白であったが、星網の観衆たちは奇妙な一致団結を見せていた――
掲示板の至る所で「当主様、どうか裏では手加減をして、せめてお嬢様の純潔だけは残して差し上げてください」という懇願が書き込まれる一方で、唇を重ねる程度のスキンシップであれば……何しろお嬢様のお相手は全員が星域の頂点に君臨する絶世の美女ばかりなのだからと、大衆は歓喜の声を上げてこの禁忌の百合劇を貪り食っていたのだ。
果ては星網の公式投票セクションにおいて、全星域を巻き込む狂乱の公開アンケートまでが立ち上がる始末であった:《全星域で最も見たい、セリアお嬢様と口づけを交わすべき名門の美女は誰か?》
ネット民たちは掲示板のコメント欄で「セリアお嬢様は至高の美女とだけ親密になることが許される、さもなくばそれは神が創りたもうた美に対する冒涜である」と大真面目に叫び散らかしていた。
そして、セリア本人が端末の画面でこの悪趣味極まりない茶番の投票ランキングを偶然目にしてしまった時、彼女の全身は完全なる絶望と虚脱感によって凍りついてしまったのだ――
あろうことか、堂々の第一位に君臨していたのは、他ならぬ彼女の実の母親である「イレーナ・エスペル」その人であった。
さらに輪をかけて狂っていたのは、投票システムのバックエンドに表示された全星網の有効投票者総数が「六億人」に過ぎないにもかかわらず、イレーナ個人が獲得した得票数は、物理法則を無視した「八十億票以上」という途方もない数値を叩き出していたことである!
あの強大な特権と星域屈指の財閥の力を握る家主の母親は……あろうことか、このような下世話でくだらない星網のゴシップ投票にすら、一切の恥じらいもなく自らの権限を総動員して不正に組織票を注ぎ込み、力づくで一位を強奪していたのだ!
そこまで思い至った瞬間、セリアは全身の骨から力が抜け落ちてしまったかのように、力なくその視線を窓の外の景色へと投げ出した。
彼女にとって、人と人との間に生じる冷酷な打算と傷つけ合いは、この氷のように冷たい宇宙に遍在する重力と同じように、決して抗うことのできない不変の絶対法則なのかもしれなかった。
少なくとも、この目まぐるしい一ヶ月の間において、彼女は自らの傷だらけになった心をもって、その残酷な真実を骨の髄まで痛感させられていたのだから。
「……やっぱり、私にはどうしても理解できないところがあるの」
セリアは外へ向けていた寂しげな視線をゆっくりと引き戻し、静まり返った声で、まるで虚無を紡ぐように呟いた。
「ノア家の誇るあの無孔不入の情報網があれば、私の身に起きた一連の荒唐無稽な出来事のすべてを、あなたが疾うに把握していることは明白だわ。けれど……たとえ私が周囲の人々から『愛』という名の刃でこれほどまでに深く傷つけられたとしても、私自身は『いっそのこと人間と高度知能機械が共生してしまえばいい』だなんていう発想には、一度たりとも至らなかった……」
少女は微かにその澄み渡る蒼穹の如き青い瞳を持ち上げ、対面で表情を微かに強張らせた特務の御曹司を真っ直ぐに見据えながら、自らの論理から導き出した直観の推理を、一言一言はっきりと紡ぎ出した。
「だから……あなたが幼い頃に遭遇したあの忌まわしい誘拐事件で、最後にあなたをあの冷酷で残忍な人間の同胞たちの手から救い出してくれた存在は……本当は、一台の高度知能機械だったんじゃないかしら?」
その言葉が落ちた瞬間、ジュリアンの瞳の奥底に、息を呑むほどに強烈な、そして隠しようのない震撼の光が激しく明滅した。
彼にとって、目の前のお嬢様が示す情報分析と論理推演の才能は、もはや驚嘆を通り越して恐ろしいほどであった。
彼女は往々にして、会話の中に転がるほんの僅かな断片や手がかりを拾い上げるだけで、電光石火の如き速度で論理の鎖を構築し、瞬く間に数手先の本質的な結節点へと推論を到達させてしまう――
たとえ細部のピースに微かなズレがあったとしても、戦況が一秒ごとに激変する本物の戦場において、混沌とした膨大な情報の中から瞬時に核心を射抜くこの恐るべき洞察力は、名指揮官や頂点のエースパイロットたちが喉から手が出るほど渇望する、正真正銘の神の天賦に他ならなかった。
「……やれやれ。これだから、底の知れない我らがお嬢様には敵いませんね」
ジュリアンは心の底から滲み出る感嘆の溜息を漏らし、自嘲気味に呟いた。
彼はもはや軽薄な言葉で茶化すことをやめ、テーブルの上に置かれていた、元々はセリアのために誂えていたあの冷めかけたロイヤルミルクティーを自らの手で引き寄せると、優雅に唇へと運んで静かに一口啜った。
濃厚で甘美なミルクの香りが舌の上で静かに広がる中、ジュリアンは横を向き、カフェの巨大な全景防音ガラスの向こう、金属の梢の上で世間の険しさなど露知らず楽しげに囀り合う鳥たちの姿をじっと見つめた。
長年にわたり皮肉と冷徹な計算の仮面の奥に隠され続けてきたその双眸は、この瞬間、十数年もの間固く閉ざされ封印されてきた、氷のように冷たく、そして痛いほどに温かな、遥かなる遠い日の記憶の底へと静かに沈み込んでいったのであった。




