心に降り続く雨、思いがけない救済と来訪者
百花が放つ幽玄な芳香と、朝露に濡れた草木と土の清らかな匂いが満ちる温室の中、超格子ガラスのドームから零れ落ちる淡い金色の光脈を、微風が優しく揺らしていた。
広大なベルベットのベッドの上で、使い古された紙の本を抱えたままぼんやりと物思いに耽っていたセリアは、思いもよらぬ心の揺らぎを迎えることとなる。
慌ただしくも軽やかな足音と共に、あの見慣れた小柄な人影が、再び足音もなくこの静謐な庭園へと忍び込んできたのだ。
だが今回ばかりは、セリアもここ数日のように飛びつかれては逃げられるままにはさせなかった。
ルネが身を寄せてきたまさにその瞬間、セリアは目にも留まらぬ速さで動き、白くしなやかな両手で、珍しく強引とも言える力を込めてルネの両頬を的確に挟み込んだのだ!
少女は指先に力を込め、有無を言わさず妹の小さな顔を持ち上げると、いつも真意の掴めないこの小さな野獣に対し、真正面から視線を交わすことを強いた。
これまでのセリアは、ルネが毎日決まった時間になると温室へやって来ては自分の胸元へ飛び込み、激しく顔を擦り付けてくる行為を、一族から課せられた何らかの荒唐無稽な「任務」に過ぎないのだと無邪気にも思い込んでいた。
同じ母の血を分けた姉妹とはいえ、セリアは外の平民社会で二十年近くを生きてきた身であり、立ち居振る舞いの癖も、幼少期よりエリート門閥の英才教育を叩き込まれてきたルネとはまるで異なる。
その上、かつてのアカデミーにおいて、ルネは取り巻きの放蕩貴族たちを引き連れては難癖をつけ、自分を執拗にいじめ、困らせていたのだ。
あの傲慢で我が儘な妹が、本気で自分と仲直りしたがっているなどとは、セリアには到底信じられなかった。
深く勘繰るのであれば、おそらくイレーナが外部に対して「仲睦まじい姉妹」という虚像を演出するため、当主としての威厳を以て、形ばかりの抱擁を交わすようルネに命じているのだろう、と。
セリアの抱く印象の中で、ルネという少女は常に極めて強気で、危険極まりない雌豹そのものであった。
どれほど厄介なトラブルや政敵の挑発に直面しようとも、ルネは表面上こそ気性を荒らげ、相手を八つ裂きにすると息巻いてみせるが、その凶暴な仮面の裏にある頭脳は、常に凍てつくような冷徹な理性を保ち続けている。
彼女が感情に任せて分別を失うことなど決してなく、その上、単独での戦闘能力と瞬発力は恐ろしいほどに研ぎ澄まされている――豪門の同世代たちにとって、ルネ・エスペルに目をつけられるということは、振り払うことのできぬ血生臭い災厄を背負い込むことと同義であった。
しかし、セリアがルネの顔を強引に持ち上げたその瞬間、視界に飛び込んできた光景に、セリアは全身を硬直させ、完全に息を呑んだ。
普段は傲慢と嘲笑に彩られていたその端正な小顔が、今や頬から愛らしい耳の付け根に至るまで、真っ赤に染まり切っていたのだ。細やかな睫毛が激しく震え、いつもは鋭利な刃物の如く冷徹であった翡翠色の瞳には、触れれば砕け散りそうなほどに儚い涙の膜が揺らめいていた。
「……お姉ちゃん……」
生まれて初めて耳にするような、甘い蜜を含んだかのように柔らかく、微かな震えを帯びた呟きが、ルネの小さく開かれた唇から零れ落ちた。
その呼び声はあまりにも甘美で優しく、セリアの心臓は激しく跳ね上がり、思考が一瞬にして真っ白に染まった。手首から不意に力が抜け落ち、指先が弛緩する――
バランスを崩した二人は、何の備えもないまま、広大で柔らかなベルベットのベッド深奥へと折り重なるように倒れ込んだ。
シーツに沈み込んだ瞬間、ルネは温もりを渇望する小動物のように、狂おしいまでの執着と貪欲さを孕んだ愛着を露わにし、セリアの首筋や胸元へと深く顔を埋めては、遮二無二顔を擦り付けた。
それは、依存と、恐怖と、極限の渇望が綯い交ぜになった奇妙な感触であった。下敷きになったセリアの肌に、薄い衣服越しでも分かるほどの灼熱を帯びた体温が伝わり、息をすることすらままならなくなる。
どうして……この血を半分分けただけの妹が、自分に対してこのような、決して抱いてはならぬ歪んだ情愛を向けているのだろうか?
セリアは決して愚鈍ではない。
高等教育を受ける大学生である彼女は、人の倫理の境界線の外側に潜む感情について、何も知らぬ子供ではなかった。
以前、混乱の中でルネに唇を奪われた際も、セリアは途方もない動揺と困惑に苛まれ、本能的な拒絶から、あれはただの不条理な過ちに過ぎないと自らに言い聞かせ、それ以上深く考えることを拒んでいたのだ。
しかし今、イレーナが見せる息の詰まるような軟禁と病的な執着であれ、ルネが露わにする狂おしいまでの肌の渇望であれ、すべてはとっくに常軌を逸していた。
それは母が娘に注ぐ慈愛でもなければ、妹が姉に寄せる憧れなどでも断じてない。
だが、古い歴史の残巻を紐解けば、絶大な権力を握る至高の門閥や皇族の血脈において、血の純度を守るため、あるいは歪み閉ざされた権力の深淵の中で、近親の間に禁断の愛欲が芽生えた記録など枚挙にいとまがない。
この冷酷な屋敷に身を置く中で、セリアは宿命めいた不条理を感じていた――自分は……この変質してしまった感情を、受け入れざるを得ないのではないか、と。
セリアが思考を整理し終える間もなく、上に重なるルネはしなやかな上半身を両手で押し上げた。
少し伸びた微かに波打つ髪が零れ落ち、頭上から降り注ぐ陽光を遮る。次の瞬間、略奪するかの如き傲岸さと絶望を孕んだ気配を纏い、ルネの熱く濡れた唇が、早春の桜の花弁のように瑞々しいセリアの双唇を激しく塞いだ!
「ん……っ!」
セリアは苦しげにきつく両目を閉じた。
前回であれば、まだ「事故」として自分を誤魔化すこともできた。だが今回は、唇と歯の隙間から伝わる血の味を思わせるほどに濃厚な独占欲が、彼女から逃げ場を完全に奪い去っていた。
ルネの口づけは激しく、そして凶暴であり、まるで猛り狂う嵐のように、息が詰まるほどの狂乱でセリアの口元から甘美な吐息と空気のすべてを貪り尽くそうとしていた。
しかし、セリアがその窒息しそうな略奪に意識を失いかけたその刹那、冷たくも熱い数滴の雫が、何の前触れもなくルネの小さな頬を滑り落ち、パシャリと音を立ててセリアの雪のように白い頬へと零れ落ちた。
そして、激しく震える唇の隙間から、か細く、掠れ、セリアの魂そのものを戦慄せしめる悲痛な呟きが漏れ出たのだ。
「……ママ……」
その呟きが落ちた瞬間、ルネは全身からすべての力と凶暴さを抜き取られたかのように、セリアの柔らかな胸元へ無力に顔を埋め、両肩を激しく上下させながら、押し殺した幼獣の鳴き声のような微かな啜り泣きを漏らし始めた。
セリアの拒絶しようとしていた指先が宙で止まり、その双眸は次第に焦点を失い、永い茫然自失の淵へと沈んでいった。
この一瞬において、彼女の胸中で解けずにいたすべての謎が、その悲痛な呼び声によって完全に一つへと繋ぎ合わされたのだ。
そう……セリアのこの顔立ちは、若き日のイレーナの面影と寸分違わず瓜二つであった。年月が二人の纏う空気感に刻んだ差異がなければ、二人が警戒を解いて並び立った時、誰もが時空を超えた双子であると錯覚するに違いないほどに。
そしてルネは……すべてを手に入れたかのように見えるこの天の驕子は、生を受けたその瞬間から、冷徹な政略結婚の産物に過ぎなかったのだ。
イレーナにとって、ルネという子はただ優秀で、冷酷で、エスペル家にとって最も相応しい後継の道具でありさえすれば事足りた。
イレーナが生涯抱くすべての優しさも、悔恨も、そして本物の母性愛も、この冷え切った屋敷へと注がれたことなど一度たりともなかったのだ――あの女の心は、二十年前に市井の片隅にあったあの狭く古びたアパートメントへと永遠に置き去りにされたままであったのだから。
ルネはその残酷な事実を、物心ついた頃から痛いほどに理解していた。
彼女はセリアを憎んでいた。母の魂のすべてを奪い去った姉を憎悪していた。だがそれと同時に、彼女はセリアをたまらなく哀れだとも思っていたのだ。自分の誕生こそが、セリアが享受するはずであった富と身分を奪い去ってしまったのだから。
自分はセリアから名目上の母親を奪い取ったというのに、どれほど手を伸ばそうとイレーナから温もりのある眼差しを一度たりとも向けられることはない。
その手に入らず、逃れることも叶わぬ歪んだ愛は、月日の輪転の中で捻じ曲がり、発酵し、やがてルネを感情の偏執という名の深淵へと突き落としていった。
ルネは自分が何をしているのかを理解していたのだろうか?
当然、理解していた。
だが、理解していたとしてそれが何だというのか? 間違っているとして、それがどうしたというのか?!
いつかの早春の清晨、アカデミーの並木道にあるベンチで、セリアが一人静かに紙の本をめくっている姿を偶然見かけた時、銀白の髪に降り注ぐ微光と、その静謐で清らかな横顔に、ルネは心を奪われ、魂を抜かれたように虚空へ向かって「ママ……」と呟いてしまったあの日。
あの瞬間から、ルネのセリアに対する感情は完全に変質してしまったのだ。
彼女はセリアの中に、生涯渇望しながらも決して手に入らぬ幻影を見出し、自らの心の最も暗く、誰にも見せられぬ利己的な欲望を見出してしまった。
彼女はその熱く後ろ暗い秘密を胸の底深くに封じ込め、毒蔦のように蔓延るに任せていた。周囲の誰もが、彼女をただ我が儘で素直になれない妹だと、姉の関心を引きたいがために意地悪をしているのだと思い込んでいた……。
だがその真相は、かくも残酷で、悲しいものであったのだ。
腕の中で崩れ落ちるように震える少女の熱を感じ、セリアの目元には、ツンとした熱い涙が静かに滲んでいた。
彼女はゆっくりと両腕を伸ばすと、もう突き放すことなく、優しく、そして揺るぎない力強さを込めて、全身を震わせて泣きじゃくる妹を、その胸の中へと深く、固く抱きしめた。
セリアは自らの温かな身体で、腕の中にいるこの冷たく震える躯を余すところなく包み込んだ。
かつてイレーナが去り、その後に冷酷に自分を否定し続けたことによって、セリアの心には確かに止むことのない冷たい大雨が降り続いていた。だが……腕の中にいるルネとて同じではなかったか。
ルネの心に降る雨は、セリアが味わってきたものよりも遥かに苦く、絶望に満ちていたはずだ。
実の母がすぐ傍らにいながら、その視線は常に窓の外へと向けられ、雨風の中にいるもう一人の娘の姿を追い求め続けるという、永遠の拒絶と無視。
ルネの荒々しく絶望的であった口づけは、セリアの優しい愛撫と抱擁の下で、やがて一筋の雪解けのように柔らかく解れていった。
全身を棘で覆い、傷だらけになったこの小さな野獣は、長い漂流の果てにようやく唯一の避難港を見出したかのように、荒い息を次第に落ち着かせ、セリアの胸元に身を委ねて、流れる涙で姉の衣服を濡らすがままになっていた。
「……お姉ちゃん、ごめんなさい……ごめんなさい……」
ルネは顔を影の奥深くへと埋め、くぐもった声を震わせた。
自分がどれほど途方もない過ちを犯しているのか、彼女には痛いほど分かっていた。セリアを母の身代わりにするなど、その歪み切った病的な感情は、ふと思い返すだけで自分自身を吐き気を催すほどに浅ましく思わせる。
けれど……彼女はどうしようもなく、母という存在の愛に飢えていたのだ。政略結婚の犠牲者に過ぎず、そんなものを求める資格すらないと知りながら……。
生涯得られぬ母の愛と引き換えに、全星区の数多の人々が生涯を賭けても届かぬ富と、権力と、実力を手に入れた。だが華やかな幕が下りた後に彼女の掌に残されていたのは、どこまでも続く無機質な冷たさと孤独だけであった。
おそらく……これこそが、彼女が背負うべく定められた逃れられぬ宿命なのだろうか。
「ルネ」
セリアの声音は清らかで柔らかく、夏の夜に風が鳴らす純銀の風鈴のように、ルネの心の奥底へと静かに染み渡っていった。
「疲れたなら、いつでも私の胸においで……あなたは私の可愛い妹よ。私はずっと、永遠にあなたを愛しているわ」
その声には一切の濁りもなく、一片の嫌悪も、虚飾の打算すらも存在しなかった。
腕の中の小さな野獣はびくりと身を震わせ、信じられない面持ちで両腕を突いて身体を起こすと、泣き腫らして赤くなった翡翠色の瞳で、衝撃と困惑、そして無力感を湛えてセリアを見つめ返した。
散々いじめ抜いてきたというのに……先ほどまであんなに酷く、後ろ暗い仕打ちをしたというのに……どうして目の前の姉は、これほどまでに慈愛に満ちた瞳で自分を見つめてくれるのか。
母と瓜二つの容貌に宿る、純粋なる受容と憐憫の眼差しを目にした瞬間、「救済」という名の奔流がルネの張り巡らせていた心の防壁のすべてを押し流し、瞳から溢れ出た涙が堰を切ったように大粒となって零れ落ちた。
「まだ……欲しい?」
セリアは白く細やかな指を伸ばし、ルネの乱れた柔らかな髪をどこまでも優しく梳いた。
過去に受けてきた数々の意地悪や理不尽も、妹の心の奥底に広がる荒涼たる冷たい雨を目の当たりにした今、この傷ついた幼獣を自らの手で守り抜きたいという母性にも似た憐愛へと変わっていた。
「……うん」
ルネは微かに鼻をすすり、消え入りそうな小さな声で、されど確固たる執着を込めて頷いた。
温室に咲き誇る数多の花々の甘い香りに包まれ、透かし彫りのトレリスの傍らで観賞鳥が爪弾く抒情歌の調べが流れる中、この上なく美しい二人の妙齢の少女は、雲のように柔らかなベルベットのベッドの上で互いの温もりを求め、深く重なり合った。
大人の肉欲という一線を越えることはなかったが、この外界から切り離された温室の静寂において、肉体の交わりなどよりも遥かに尊い魂の救済を、傷だらけの二つの心は互いの体温と抱擁の中に見出し、生涯にただ一つの安らぎの地へと辿り着いていた。
その口づけは長く、深く、まるで二人の魂の底で降り続いていたあの果てしない大雨そのものであるかのようだった。外界から隔絶された温室の中で、運命の濁流に濡れそぼっていた二人の子供は、重なり合う唇と互いの体温を以て、ようやく風雨を凌ぐための一本の傘を差し掛け合っていたのだ。
この抱擁も口づけも、始まりからして間違いであったのかもしれない。だが、魂が救済を迎えたこの一瞬において、その美しき過ちの何が咎められようか。
同母異父の妹に対して異様な愛欲を抱くことなどあり得ないとセリアは分かっていた。
だが、肉欲を交えず、ただ傷ついた幼獣に安らぎと安心を与えるためだけの口づけであるならば……彼女の胸にある柔らかく包容力に満ちた母性は、それを穏やかに受け入れることができた。
無論、姉妹の間だけに許されたこの禁断の救済は、永遠に二人だけの秘密であるべきであり、いかなる部外者にも決して見られてはならないものだと、彼女は心の底から願っていた。
しかし、人の願いのままにならぬ現実の皮肉とは、往々にして嵐よりも遥かに唐突で、そして残酷なまでに滑稽な形で訪れるものだ。
セリアの白くしなやかな指先が、息も絶え絶えな口づけの熱に浮かされ、ベルベットの枕をぎゅっと強く握りしめたその時――温室の純白のアーチ扉から、極めて微かな気圧ロックの解除音が響いた。
重厚な足音を伴い、ラグナーの先導によって、セリアが今この瞬間に最も顔を合わせたくない二人の来訪者が、何の前触れもなくこの花咲く庭園へと足を踏み入れてきたのだ。
この絶体絶命の事態に、セリアは恥ずかしさのあまりベルベットのシーツの下へそのまま潜り込み、二度と出てこられない地下迷宮を掘り進めたい衝動に駆られた!
普段、温室に軟禁されているセリアは一見するとプライバシーなど皆無のように思えたが、実際の本邸のセキュリティレベルは恐ろしいほどに厳重であった――誰が入室を許され、誰が拒絶され、何時何分に面会が許可されるかなど、すべてはメインシステムによって精密にスケジューリングされていたのだ。
完全に閉鎖されたプライベートタイムであれば、セリアが衣服を身につけずに庭園を駆け回ったとしても覗き見られる心配などないほどに。
だが……不幸なことに、彼女はルネの傷ついた心を慰めることに全神経を奪われ、今のこの時間帯こそが、システムが外部からの特認面会を許可している開放時間であることを完全に失念していたのだ!
口づけの熱情に瞳を潤ませ、酸素不足で呆然としていたセリアの耳朶を、突如として無限の衝撃と動揺、そして張り裂けんばかりの絶望を孕んだ、あの聞き覚えのある女の声が鋭く貫いた。
「……セ、セリア……っ?!」
カレナの、まるで心臓を生きたまま握り潰されたかのような痛ましい悲鳴を耳にした瞬間、セリアの全身に雷霆が走り、うなじの産毛が一斉に逆立った!
それはまるで、台所で焦げ付いた鍋の匂いを嗅ぎつけた時のような、名状しがたい恐慌と極限の気まずさが一瞬にして四肢百骸を駆け巡る感覚であった。
自分とカレナの間にはやましいことなど何一つなく、ここ数日は距離を置こうと努めていたにもかかわらず、「ベッドの上で別の少女を抱きしめて熱烈な口づけを交わし、その現場を自分に想いを寄せる相手に現行犯で押さえられる」というあまりに破滅的な絵面に、弁解の余地など完全に消し飛んでいた!
そして、その後ろからのこのこと歩いてきた、明らかに野次馬根性丸出しのジュリアンは、目の前に広がる艶めかしくも大混乱な光景を目にするや否や、事態の深刻さなど意に介さず「ぶっ」と噴き出し、露骨に笑い声を漏らした。
「おやおや……どうやらお邪魔なタイミングに来てしまったようですね。お嬢様、温室でのプライベートは随分と刺激的なご様子で」
ジュリアンの包帯だらけの腫れ上がった顔に浮かぶ皮肉めいたニヤけ面と、軽薄極まりないその声音。
その容赦ないからかいに、セリアの美しい顔立ちは一瞬にして沸騰したかのように真っ赤に染まり、その熱は耳の先端まで燃え広がった。
乱れた衣服と紅潮した顔がどれほど体面を損なっているか、彼女自身嫌というほど自覚していた。唯一の救いは、自分とルネが唇を重ねる段階で留まり、身に纏う布地がきちんと肌を守っていたことくらいであった。
狼狽しきったセリアとは対照的に、彼女の上に重なっていたルネは、長年渇望していた温もりで満たされたことで、驚くほど冷静さを保っていた。
ルネはこの屋敷のシステムを熟知していたのだ。開放時間において、いかなる来訪者も温室へ足を踏み入れる直前には、ゲートシステムがリアルタイムの監視映像を最高権限者へと転送する――すなわち、この屋敷の中で唯一、イレーナだけがセリアの現在の状況を完全に把握していたのだ。
ジュリアンとカレナがこの絶妙極まるタイミングでラグナーに案内されて入室できた背後には、イレーナ自身の直接の許可と黙認が存在する。でなければ、ラグナーにどれほどの度胸があろうと扉を開けることなどできはしない。
言い換えるならば……カレナの未練を完全に断ち切り、ジュリアンの余計な野心を牽制するためのこの禁断の接吻劇は、母イレーナがモニター越しに愉悦を浮かべながら、意図的に二人に見せつけるために仕組んだ公開処刑に他ならなかったのだ!
この瞬間、ルネの心境は劇的な変貌を遂げていた。
生母イレーナへの報われぬ執着は、セリアの腕の温もりを直に肌で知った今、引く波のように急速に色褪せていた。
それに取って代わったのは、生まれて初めて自分に本物の愛を教えてくれたこの姉に対する、かつてなく強烈で、純然たる独占欲であった。
ルネは母の真意を完全に看破していた。
なぜイレーナがあれほど偏執的にこの温室を設え、銀の鎖でセリアを傍らに繋ぎ止めようとしたのか――この少女があまりにも美しく、この凍てつく門閥の暗夜を切り裂く唯一の救いであるからだ。
イレーナは自分が長年ルネに注いできた冷遇と残酷さを知っており、同時にルネのセリアに対する感情の変質をも鋭く見抜いていた。
ゆえに、あの冷酷高貴な女王は流れに乗り、完璧なる「一石二鳥」の手を打ったのだ。
愛する長女を最も強引な形で己の庇護下に閉じ込めつつ、その温かな港を次女へと丸ごと与え、セリアの優しさでルネの傷だらけの心を縫い合わせるために。
そのすべてを悟ったルネは、慌てる素振りすら見せず、手の甲で自らの濡れた口元を優雅に拭うと、見下すような冷たい眼差しで扉口の二人を一瞥した。
そして、このあまりに巨大な情報格差の中で、ただ一人セリアだけが、完璧に蚊帳の外に置かれたままであった。
この温室の機密保持が厳格を極め、給仕する侍女のすべてに身元調査が義務付けられていることなど彼女は知る由もなく、ましてやラグナーがジュリアンとカレナを引き連れてきたこの「抜き打ち訪問」が、最初から最後まで母イレーナの周到な企図によるものだとは夢にも思っていなかった。
曖昧極まりない密会を白日の下に晒されたセリアは、柔らかなベルベットのベッドの上で完全に身を強張らせ、シーツの端を握りしめたまま、そのサファイアの瞳を混乱と無力感に泳がせていた。
今この瞬間、伝説の機体を素手で解体し、全星網から黒曜石の魔王と恐れられる令嬢の脳裏を満たしていたのは――この息の詰まるほどに気まずい公開処刑が、一刻も早く終わってほしいという、ただそれだけの願いであった。




