禁忌の黒貴婦(オフィウクス)、地下より目覚める
重厚な地下シェルターの内奥、薄暗がりの中で幽光を放つエメラルドグリーンの非常灯が不規則に明滅し、耳朶を劈く低周波アラートが鼓膜を苛んでいた。
頭上数メートルの重層複合装甲天井は、地表から伝播する恐るべき爆轟と衝撃波に晒され激しく身悶えし、細かな粉塵とコンクリート片が雨の如くパラパラと降り注ぐ。
セリアは指関節が白くなるほどに監視コンソールの縁を固く握りしめ、ホログラムスクリーンに映し出される緊急報道中継をただ一心に見つめていた。
ヘリコプターから決死の生中継を敢行する戦地記者が、吹き荒れる暴風の中で前線の凄惨な戦況を絶叫している。そして、そのカメラが捉えた灼熱の火海と黒煙渦巻く瓦礫の只中には——満身創痍となった鋼鉄の巨躯が、片膝をついて倒れ伏していた。
かつて威風堂々たる威容を誇り、無上の武力を象徴した第五宮「レオ」は、いまや大半の装甲が砕け散って剥離し、歪曲したチタン骨格の隙間から沸騰する冷却蒸気と黒き作動油を狂暴に噴き上げていた。
「ルネ……」
自らの妹が敗北した現実を突きつけられた瞬間、セリアは両手で口元を強く覆った。熱い涙が瞬く間に決壊し、青ざめた美貌を伝ってポロポロと床を濡らしていく。
この作戦がどれほど過酷なものか理解していたはずだった。それでも、かけがえのない肉親が機械仕掛けの死闘に敗れ、無残に打ち砕かれた姿を目の当たりにした時、押し寄せる絶望と胸を引き裂くような激痛は、一瞬にしてセリアの理智を呑み込んでいった。
セリアが崩れ落ちそうになったその刹那、シェルターの重厚な防爆ハッチの向こうから、凄まじいスキール音と金属同士が激突する轟音が響き渡った。戦時に脱出用車両を直接乗り入れられるよう、この地下導入路は極めて広く設計されていたのだ。
ドォォン——!
空気圧アクチュエーターが鋭い排気音を上げ、防爆ゲートが強引に跳ね上がる。濃密な硝煙と焦げ付いたオイルの異臭が、一気にシェルター内へと雪崩れ込んできた。全身煤まみれのデイン教官が、意識を失い血塗れとなったルネを背負い、重い足取りで駆け込んできたのだ。
「医療キットだ! 早く医療キットを持ってこい!」
デインの嗄れた怒号が静寂を切り裂く。セリアはハッと我に返り、ふらつく足取りで駆け寄った。脚に包帯を巻かれたエルウィンも、奥歯を噛み締めながらケンケンでロッカーへと飛びつき、緊急医療キットを乱暴にひったくった。
一同は手荒になりながらも、息も絶え絶えのルネを大きなネズミのぬいぐるみが詰められたミリタリーバッグの上に横たえた。
近未来の高度な医療技術の恩恵により、高濃度ナノ修復ゲルと強力止血スプレーが損傷箇所で瞬く間に効果を発揮し、緊迫した処置の末、ルネの微弱なバイタルサインはようやく危険域を脱した。
「相手は……一体どんな機体だったんだ?」
エルウィンは壁に手をつき、信じがたい震撼に顔を歪めながら低く唸った。
「黄道十二宮の一角たる伝説型機械兵装は、それ単機で大規模戦役を決着せしめるために生み出された決戦兵器だ。数々の規格外ブラックボックスを搭載し、パイロットもあのトップエースのルネだぞ……それが、ここまで一方的に叩きのめされるなんてあり得るのか?」
「タロットシリーズの『魔術師』だ。相性が最悪すぎた」
デインは顔の血混じりの煤を拭い、鉛のように重い声で応えた。
「『レオ』は純然たる中近距離格闘機だ。超長基線狙撃能力と多次元欺瞞センサーを備えた『魔術師』相手では、開けた戦場では完全に手脚を封じられる。コクピット装甲を引き剥がされながら、救援が届くまで生きて持ち堪えたこと自体……奇跡と言うほかない」
青白く生気を失ったルネの横顔と、引き裂かれたパイロットスーツを見つめ、セリアの心臓は鈍色の刃で抉られるように痛んだ。
誰よりも理解していた。ルネが刃を交えたのは、あのカレナなのだと。そしてカレナは、『レオ』の武装プロファイルを隅々まで知り尽くしていた。機体相性の致命的劣勢、そして情報戦における完全な敗北。この戦いは、最初から逃れ得ぬ死の罠だったのだ。
「全部……アタシのせいだ……」
セリアは膝から崩れ落ち、ルネの傍らに力なく身を投げ出した。底なしの自責の念が、毒の蔦のように心臓を締め上げる。もし自分がカレナのことをルネに打ち明けたりしなければ、ルネが不利な戦況で死戦を選ぶはずがなかった。あの冷静な軍師としての判断力があれば、容易に離脱できていたはずなのに。
零れ落ちた涙が、ルネの血に汚れた頬にポタポタと冷たい染みを作っていく。
その温かな悲哀に揺り動かされたのか、昏睡していたルネの睫毛が微かに震え、酷く重そうにその瞼が押し開かれた。
翠緑の双眸は焦点が定まっていなかったが、そこにセリアの泣き顔が映った瞬間、驚くほど柔らかな光が宿った。
ルネは、愛してはならない愛しい姉を見つめていた。いつ芽生えたのかも定かではない、理性を圧し折るほどに重く狂おしい愛慕。世俗の血縁という絶対の禁忌の前にあって、それは決して踏み越えられぬ断崖絶壁だった。どれほど強くなろうと、どれほどの武勲を立てようと、この背徳の罪悪感を拭い去ることなど叶わない。
けれど、いまこの瞬間にあっては、そんな禁忌すら生死の狭間で霞んで消えていく。
「お姉ちゃん……ごめん、ね……」
ルネは青ざめた唇を弱々しく動かし、掠れた声で囁いた。
「止められ、なかった……」
死線から生還した妹が最初に口にした言葉が「謝罪」であったことに、セリアの胸は張り裂けんばかりに軋んだ。彼女は堰を切った感情のまま、傷だらけのルネを愛おしそうにきつく抱きしめた。
冷え切った地下シェルターの中、絶望と無力感が真冬の吹雪のように骨身に染みる。腕の中に感じる妹の儚い鼓動に、セリアは唇を強く噛み、爪が掌に食い込むほど拳を握りしめた——これほど自らの無力を呪ったことはなかった。
暗い地下でただ震え、愛する者が血を流すのを待つだけの無価値な存在ではなく、戦うための力が欲しいと、心の底から渇望した。
「私にも……戦う力があったなら……」
絶望と怒りに唇を噛みしめるセリアだが、現実はあまりにも非情だ。自身の操縦技術など、誰もが知る通りお粗末なもの。あの酔っ払いの如く千鳥足で歩く訓練機で、トップエースのルネを屠ったカレナに立ち向かおうというのか。
「『止められなかった』……だと?」
傍らのエルウィンが、ルネの微かな呟きに含まれた決定的な違和感に眉をひそめた。その言葉の持つ意味はあまりにも重い。
歴戦のデインもまた、その微妙なニュアンスを敏感に察知していた。すなわち、ルネを撃墜したパイロットは、彼女たち姉妹の双方が熟知する人物——反乱軍の主導者の正体を、彼女たちはすでに知っているということだ。
「一体誰なんだ? 黄道十二宮をここまで追い詰める奴が、この国にいるのか?」
焦燥を滲ませるデインだが、いまにも精神が崩壊しそうなセリアを問い詰めても逆効果だと理解していた。どうにかしてこの重苦しい空気を逸らせば、少しは冷静さを取り戻してくれるのではないか?
電光石火の思考の末、デインの視線はシェルターのゲート付近——先ほど一刻を争う救出劇の末、ノーブレーキで防爆ドアに激突させた民用オフロード車へと向いた。
次の瞬間、デインは腰に手を当て、自信満々に胸を張ると、ボンネットから濛々と白煙を噴き上げている無残なスクラップをビシッと指差して言い放った。
「見ろ、セリア! あれはパール教官が普段一番可愛がってる愛車だ! 普段から俺に嫌がらせばかりして給料を減点しやがるあのクソ野郎の車を——ほら見ろ、俺が豪快にぶつけて大破させてやったぞ!」
「…………」
その場の空気が完全に凍りついた。
あまりにも突拍子のない斜め上の展開に、悲壮感に浸っていた全員の思考がフリーズする。床に横たわる瀕死のルネすら、どんな表情を浮かべればいいのか分からない。
「ゴホッ……ケホッ! そ、それが……いま言うべきことなの……?!」
ルネはこの異次元の空気に耐えかね、胸の痛みに顔を歪めながら必死にツッコミを入れた。
だが奇跡的なことに、セリアの限界寸前だった精神崩壊は、この理不尽な衝撃によって強引にブレーキをかけられた。
教官の常軌を逸した発言の凄まじさか、あるいはデインが車を乗り換える裏には大抵自分のやらかしが絡んでいたという微妙な後ろめたさのせいか、彼女はしゃくり上げながらも僅かに正気を取り戻した。
「とにかく落ち着け」
デインは場が和らいだのを見届けると、再び表情を引き締めた。
「相手の正体を教えてくれ。これからの俺たちの生存に関わる」
「あの人は……私にとって、とても大切な人で……どうしたらいいか分からないの……」
カレナの優しくも残酷な瞳を思い出し、セリアの瞳に再び涙が込み上げる。
「私に止めてほしいって言ったのに……止めたいのに、私には何もできないのよ……!」
無力感に苛まれたセリアは、無意識のうちに腕の中のルネをさらに強く抱きしめてしまった。
しかし極度の動揺のあまり、セリアはその豊満で柔らかな胸元へ、ルネの顔面を真正面から深々と押し埋めてしまっていることにまるで気づいていなかった。
華奢な体躯に見合わぬセリアの豊かな曲線が、凶悪なまでの物理的壓迫感を発揮する——内傷で息も絶え絶えだったルネの気道は、深々とした谷間によって完全に遮断された!
「んぐっ……!? むーっ! むぐぅっ……!!」
ルネの手足がバタバタと痙攣するように虚空を掻く。
「おい待てセリア離せ! 妹を圧死させる気か!!」
異変に気づいたエルウィンが慌てて飛びつき、ルネの襟首を掴んでその致命的な桃源郷から力任せに引っ張り抜いた。ルネは肩で息をしながら、貪るように酸素を吸い込む。
だが、酸素欠乏で頬を真っ赤に染めながらも、その口元にだらしなく浮かんだ『至福と陶酔』の微かな笑みをエルウィンが見逃すはずはなかった——。
エルウィンの額に青筋がバキリと浮かび、今すぐその辺に転がっているコンクリート片を拾い上げて、この破廉恥な小娘の頭に叩き落としてやりたい衝動に駆られた!
「……つまり、相手が国家中枢の重要人物であることは確実なんだな?」
デインは茶番を切り捨て、凍てつくような眼差しで言った。相手の身元が割れれば、一族を人質にした交渉や政略的な打開策など、打てる手は格段に増える。
「カレナよ……」
窒息の危機を脱したルネは、バッグに身を預け、掠れた唇からその名を絞り出した。
「カレナだと?!」
デインの瞳孔が収縮する。學院でも指折りの天才であり、背後には名門イエラン家が控えている。そんな將來を約束された令嬢が、なぜ反亂軍などに與するのか。
デインの超高速の思考が、一つの冷酷な政治的暗雲を導き出した。
「議會の……投票權議席か。」
デインの呟きに、エルウィンもまた反亂の背後にある殘酷な論理を悟り、カレナがセリアに託した言葉の真意を理解した。
現代社會は表向き豊かさを享受しているが、權力構造の頂點には舊態依然とした特權法案が居座っている。急進的な改革を推進するには、最高議會における壓倒的な表決權が不可欠だ。だがイエラン家は保守派の徹底的な妨害に遭い、十分な議席を確保できずにいた。
過日、重要法案の否決に激昂したカレナの父親が、全國中継のカメラの前で政敵を怒鳴り散らした一件——この都市を焼き盡くす軍事蜂起は、追い詰められたイエラン家が仕掛けた乾坤一擲の武力クーデターだったのだ。そして決行前夜、カレナはその絶望的な宣戰布告を、暗にセリアへと伝えていた。
剝き出しの政治の闇を突きつけられ、シェルターは靜まり返った。
セリアは呆然と立ち盡くし、胸の奧を重い金槌で毆られたような衝擊に喘いでいた。この戰火の裏に、これほど昏い權力の深淵が橫たわっていたとは。だが、真相を知ったところで自分に何ができる? 步くことすらおぼつかない自分が、命を捨てたカレナを止められるはずがない。
「止めたいよ……でも、私には無理だよ……」
セリアは項垂れ、再び溢れ出した涙が顎を傳って滴り落ちる。なぜもっと早く気づけなかったのか。カレナの瞳の奧にあった決死の覺悟を察していれば、こんな結末は避けられたのではないか。
「いや、お前にはあいつを止めるチャンスがあるぜ。」
「……え?」
エルウィンの唐突で平然とした言葉に、その場の全員が耳を疑った。
セリアの操縱技量など、父親である彼が一番よく知っているはずだ。だが、普段の飄々とした態度をかなぐり捨て、爛々と狂氣の如き熱を宿したエルウィンの雙眸を見た瞬間、デインとルネの背筋を戰慄が驅け拔けた——この男は、かつて國家最高機密の兵裝開發を擔った怪物的エンジニアなのだ。
一同の震撼の視線を浴びながら、エルウィンは造物主たる不敵な笑みを口元に刻み、永きにわたり封印されてきた真実を告げた。
「このシェルターの最深部には、特異な機械兵裝が一機眠っている——黃道シリーズに連なりながら、軍の公式記錄から完全に抹殺された『禁斷の機體』だ。」
「馬鹿なことを言うな!」
デインが眉を吊り上げて一喝する。
「黃道十二宮の機體は現在すべて正規軍で實戰配備されている。封印された禁斷の型式など存在しない!」
「ああ、十二宮はすべて配備されているさ」
エルウィンは腕を組み、深遠な笑みを深めた。
「だが、天文学の真実の黃道が通る星座は……最初から十二だけじゃないことくらい、常識だろう?」
その言葉が落ちた瞬間、空気が凍りついた。
デインとルネの瞳が限界まで見開かれ、脳裏に雷霆が落ちる——
蛇遣い座。
古の神話における名醫アスクレピオスの化身。死者すら蘇らせる奇跡の術を極め、冥府の深淵から亡者を救い上げた男。しかし生死の絶対秩序を冒涜した代償として、主神ゼウスの雷霆に打たれて灰燼と化し、その魂のみが巨蛇を兩手で縛る星の座となった。
「アレは、生體反應裝置が極限まで暴走しやすい規格外の怪物だ」
エルウィンは笑みを消し、酷く嚴格な面持ちで語り継ぐ。
「かつて搭乘した歴代のトップエースたちは、動力爐をフル點火させることすら叶わず、脳の前庭神經系を暴走電流で焼き切られて再起不能になった。故に軍はアレを禁忌と定め、歴史の闇へと永遠に封印したのさ。」
エルウィンは引きずる腳をものともせず、呆然と立ち盡くすセリアの前へと步み寄ると、油と硝煙に塗れた無骨な掌で、少女の柔らかな銀髪を慈しむように撫でた。
「お前がイレーナの記憶から忘れ去られたように……蛇遣い座もまた、黃道十二宮とこの世界から忘れ去られた。これは偶然じゃない。最初から定められていた宿命なのかもしれないな。」
エルウィンの瞳には、搖らぎなき絶対の信頼が燃え盛っていた。
「修羅場へ踏み込む覺悟はあるか、セリア? あのコクピットに座るということは、意識を食らい盡くさんとする飢えた凶獸と魂を繋ぐということだぞ。」
エメラルドグリーンの薄明かりの中、セリアはゆっくりと顔を上げた。
父の燃えるような眼差し。そして傍らで血に塗れ、自分を守るために自らの裝甲すら引き剝がして戰ったルネの姿。胸を支配していた怯懦と無力感は、いまや激しい炎となって燃え盡きていた。
もう地下で泣きじゃくり、見捨てられるのを待つだけの弱者には戻らない。
セリアは涙を亂暴に拭い去ると、その銀灰色の雙眸に、冬の星の如く研ぎ澄まされた光を宿した。
「——私、忘れられたくない。あのオフィウクスのように!」
「よしッ!」
セリアの決然たる言葉を受け、エルウィンの雙眸に狂喜の閃光が走った。彼は足の激痛をねじ伏せ、床を蹴って非常用制御コンソールへと跳びつく。
タタタタタンッ!
老獪な指先が光電キーボードの上で殘像を描き、國家最高開發官のみに許された特級セキュリティコードを電光石火で叩き込む。
ゴゴゴゴゴゴゴ————ッ!!
沈默していた地下シェルターが、地鳴りのような重低音を上げて激しく震動し始めた!
超重量級油壓シリンダーが軋みを上げ、周囲の防爆コンクリート壁が機械仕掛けのパズルの如く幾重にも反轉・沈降していく。デインとルネが息を呑む中、ありふれた民用シェルターは十數秒の間にその構造を完全に書き換え、底知れぬ重層地下格納庫へと變貌を遂げた!
プシュー————ッ!!
高壓エアバルブが甲高い排氣音を響かせ、格納庫の最奧を閉ざしていた三重裝甲ハッチが左右へとスライドする。濛々たる極低溫の冷却白煙が、滝の如く床へと溢れ出した。
その白煙と真紅の警備光帶の奧底に——永き眠りを貪っていた鋼鐵の巨神が、靜かにその姿を現した。
漆黑の闇を纏った機械兵裝。
機體は沈思黙考するが如く、金屬製ドックの陰影の中に嚴かに片膝をついていた。上半身は息を呑むほどに華奢で流麗なシルエットを描き、下半身の左右にはバロック樣式の豪奢なドレスを思わせる重厚な大型複合スカートアーマーが広がっている。
そして頭部兩側には、フクロウの羽簇を模した精密かつ銳利な放熱フィンが誇らしげに天を突いていた。
もし機械に性別が宿るのだとすれば、この「蛇遣い座」と名付けられた機體は、戰火の廢墟に佇む高貴にして妖艷なる黑衣の貴婦人そのものだった。
だが、その貴婦人は決して溫室の花などではない。
漆黑の電波吸收塗装の上には無數の焦げ付いた彈痕と、雷霆に焼き切られたような無殘な裂傷が刻まれ、右腕に至っては肩の付け根から暴力的に引きちぎられていた。
斷面からは炭化した超導ケーブルと油壓パイプが無殘に剝き出しとなり、殘留した微弱な放電がパチパチと悲鳴を上げている。
滿身創痍の缺損を晒しながらも、そのフレームの奧底から放たれる壓倒的な威壓感と犯しがたい氣品は、その場の全員の呼吸を凍りつかせるに十分だった。
「セリア」
エルウィンが振り返る。巻き起こる烈風に血塗れの白衣を激しく煽らせながら、その聲は重々しく響いた。
「受け入れる覺悟はできたか——あの封印されし禁忌の巨軀、『オフィウクス(Ophiuchus)』を!」
父が唱えた神聖なる名を受け、セリアの瞳から迷いは完全に消え去った。
彼女はオイルと冷たい金屬の匂いを胸いっぱいに吸い込み、確かな足取りで、自分と同じように世界から置き去りにされ、それでも氣高く孤獨を守り續けた漆黑の機體へと步み寄る。
「準備は、できたわ。」
少女の華奢な影が漆黑の裝甲へと重なったその剎那、永き眠りについていた運命の歯車が、狂亂の轟音を立てて再び噛み合い始めた。




