表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「王妃の座を降りろ」と義母に言われましたが、お断りします 〜婚約破棄された悪役令嬢ですが、夫は母より私を選びました〜  作者: リリア・ノワール


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/33

第24話 初めて、手を出した

 「妙な言葉が、回っております」


 エマが、朝の水を置きながら言った。


 「侯爵夫人の、ことです」


 「……どのような」


 エマは、少し迷った。

 迷ってから、そのまま言った。


 「あの方は、もうご存じないのでは、と」


 レティシアは、書類から目を上げた。


 「どなたが、おっしゃったのでしょう」


 「分かりません」


 エマは、盆を胸に抱えた。


 「どなたも、おっしゃっておりません。……ただ、回っております」


 ――同じだわ。


 誰も決めていない。誰も命じていない。


 それでも、席が動く。


 この人が、ずっとそうしてきたやり方だった。


 やっているのは、誰でもない。

 やっているのは、社交界ぜんぶだ。


 *


 午前に、一人の婦人が来た。


 約束は、あった。


 「品のこと、伺ってもよろしいでしょうか」


 「はい」


 「……どこまで集めれば、よろしいのでしょう」


 同じ問いだった。


 三家が訊いたのと、同じ問いだ。


 「集めた分だけです」


 「はい」


 婦人は、それきり黙った。

 黙ったまま、帰らなかった。


 「以前でしたら」


 やがて、婦人は言った。


 「……エッシェン侯爵夫人に、伺っておりました」


 レティシアは、羽根ペンを置いた。


 「あの方は、いつも先にご存じでしたの」


 「はい」


 「今年は、何もおっしゃいません」


 婦人は、扇を膝に置いた。


 「ですから、こちらへ参りました」


 ――順番が、変わっている。


 レティシアは、そう思った。


 思っただけだった。


 訊かれたことに、答えただけだ。


 *


 昼過ぎに、来客があった。


 「エッシェン侯爵夫人が、お見えです」


 約束は、なかった。


 「……お通しして」


 ベアトリスは、一人で入ってきた。

 供も、連れていない。


 「まあ、王妃さま」


 声の温度は、同じだった。


 同じであることに、力が要っている。

 それが、分かる声だった。


 「お忙しいところを」


 「いいえ」


 夫人は、椅子に座らなかった。

 立ったまま、扇を開いた。


 「品を集める役のこと」


 「……はい」


 「あちらのお家が、相応しゅうございましょう」


 夫人は、家の名を言った。


 はっきりと、言った。


 レティシアは、その名を聞いた。


 三日で、いちばん少なかった家だった。


 「……まだ、決まっておりません」


 扇が、止まった。


 「まあ」


 「三日、皆さまに動いていただきました。数えている途中です」


 「……存じ上げませんでしたわ」


 夫人は、笑った。

 笑ったまま、扇を閉じなかった。


 「王妃さま」


 温度が、少しだけ上がった。


 「あちらのお家は、代々、この役でしたのよ」


 「……そうですか」


 「ご存じない、とおっしゃるのね」


 「はい」


 レティシアは、帳面に指を置いた。


 「どの頁にも、書かれておりません」


 夫人は、答えなかった。


 答えるところが、なかったのだ。


 書かなかった人が、いた。

 書かなかったから、代々が残らなかった。


 残っていないことに、いま初めて、誰かが困っている。


 「では、いつお決めになりますの」


 初めてだった。


 この人が、レティシアに何かを訊いたのは。


 「集め終わった後です」


 「……それは、いつでしょう」


 「終わってみないと、分かりません」


 夫人の扇が、動かなかった。

 開いたまま、止まっていた。


 ベアトリスは、それきり何も言わなかった。


 一礼して、出ていった。


 入ってきたときと、同じ足どりだった。


 少しだけ、速かった。


 *


 「あの方が、この宮へおいでになったのは、初めてです」


 ロイドは、来客の綴じを閉じた。


 「一度も、ございません」


 「……そうですか」


 「合理的では、ありません」


 彼は、机の端に指を置いた。


 「あの方は、呼ばれて動く方ではありません。呼ばずに、動かす方です」


 「はい」


 「自分から来れば、来たことが残ります」


 ロイドは、綴じを積み直した。


 「言いに来た、ということが残ります」


 「残ると、どうなりますか」


 「求めた、ということになります」


 彼は、綴じの角を揃えた。


 「求めた者は、断られる場所に立ちます。あの方は、そこに立ったことがありません」


 「……私は、断りませんでした」


 「はい」


 ロイドは、綴じを胸に抱えた。


 「断られるより、悪うございます」


 「……なぜでしょう」


 「断られれば、負けたことになります。負けた者には、次があります」


 彼は、扉に手をかけた。


 「まだ決まっていない、と申し上げた。あれは、勝ち負けの外です」


 レティシアは、羽根ペンを置いた。


 ――損をしない場所にしか、立たない人だ。


 そう読んだのは、いつだったか。


 読んで、どこにも使えていなかった。


 あの人は今日、損をする場所に立った。


 立たせたのは、誰だろう。


 レティシアは、しばらく考えた。


 答えは、出なかった。


 私は、何もしていない。


 役を、実務で振っただけだ。

 振り方の記録が無かったから、そうするしかなかった。


 それだけのことが、あの人には、立っていられない場所になる。


 *


 夜、机に紙が積んであった。


 毛織の反物。塩漬けの樽。子ども用の靴。


 下働きの娘の字が、いちばん上にあった。

 書き足す行は、まだ増えていた。


 レティシアは、いちばん上の一枚を取った。


 数えることが、残っている。


 机の端に、茶が置いてあった。


 頼んでいない。


 冷めていた。

 置かれてから、だいぶ経っている。


 「エマ」


 「はい」


 「これは」


 「……頼まれましたので」


 エマは、それだけ言って下がった。


 誰に、とは言わなかった。


 訊けば言うだろう。

 訊かなければ、言わない人だった。


 レティシアは、それを持った。


 冷めたものを、飲んだ。


 窓の外に、離宮の方角が見えた。


 灯は、点いていなかった。


 あの人が手を引いてから、一度も点いていない。


 胸の奥に、何も残らなかった。

「求めた者は、断られる場所に立つ」。損をしない場所にしか立たない人を、どうやって勝ち負けの外へ出すか。ロイドの言葉を、ぜひ。

次は「外れた人」。誰も罰していないのに、席が一つだけ後ろへ動きます。この物語のざまぁは、その一つぶんです。

静かに溜飲が下がった方は、ブックマークを一つ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ