●9
(4)
「メイジー嬢! さっそくですけれどお聞きしたいことがありますの!」
「私も気になってたことがたくさんありますわ。ぜひお話を聞かせてください!」
久しぶりに令嬢たちの集まるお茶会に参加すると、うわさ好きの令嬢たちがあたしに興味津々な様子で次々に質問を投げてきた。
今のあたしはカーリーの隣に座っているものの、カーリーとのんびりお茶を楽しむことは出来なさそうだ。
「メイジー嬢がクライン子爵と良い感じというのは本当のことですの!?」
「……その話をどこで?」
「クライン元子爵夫人からですわ。クライン子爵とメイジー嬢の結婚が秒読みだと仰っていましたの」
「私も聞きましたわ。うわさになってますわよね!」
うわあ。あの人はまた厄介なことを。
秒読みどころか、クライン子爵にもあたしにも、結婚する気などさらさら無いと言うのに。
「それは元子爵夫人が勝手に……」
あたしが否定しようとしたところで、一人の令嬢が意地の悪さを隠しきれていない嫌な顔で高らかに笑った。
「クライン子爵ってあのクライン子爵ですわよね? 根暗でひねくれていて話しても楽しくない、あの子爵。もっと高い地位の人ならまだしも、子爵であの性格なんて、わたくしなら耐えられませんわ!」
「……あなたはクライン子爵のことをよくご存じですの?」
「ええ、知っていますわ。パーティーにはあまり顔を出しませんけれど、一度だけ話したことがありますの。だから思うのですけれど、クライン子爵と婚約破棄されたカーリー嬢が利口ですわ。カーリー嬢ならもっと上を狙えますもの。まあ、メイジー嬢にはクライン子爵がお似合いかもしれませんけれど」
この令嬢は普段からあまりあたしとは仲良くない。だからこの機会に、あたしのことをこき下ろそうとしているのだろう。
そうはさせてなるものか。
「あなたはクライン子爵のことをよく知らないからそう思うだけですわ。彼は愛した相手にはものすごく甘いんですのよ。まめに手紙やプレゼントも贈ってくださいますわ。先日は花束を頂きましたの。それに意外と筋肉があってたくましいんですのよ」
「本当ですの? カーリー嬢?」
突然話を振られたカーリーは、慌てた様子で返事をした。
「えっ!? あー、わたくしは子爵に愛されなかったので……子爵の愛する相手への態度は、よく分かりません。ええと……ですが、腹筋は割れていたと思います。偶然見てしまったのですが」
カーリーもハニートラップ時に、クライン子爵の上半身を見たから知っているのだろう。
それにしてもクライン子爵は身体を鍛えることが趣味なのだろうか。子爵に筋肉を使う場面など無いと思うのだけれど。
「ねえ、これを見てくださらない? ちょうど今付けている髪飾りもクライン子爵から贈られたものですの。趣味が良いとは思いませんこと?」
そう言ってあたしは自身の髪飾りを触ってみせた。
これは普通に自分で購入した髪飾りだけれど、今日初めて付けたため嘘がバレることはないだろう。
「あっ、わたくしも子爵からネックレスを頂いたのですが、趣味が良いと思っていました。あいにく今日は付けていませんが」
カーリーが援護射撃をしてくれた。カーリーはクライン子爵からお詫びの品を貰ったと言っていたから、そのことだろう。それとも婚約者時代にも、いろいろと貰っていたのだろうか。
「クライン子爵って、顔に似合わずセンスが良くてお優しいでしょう?」
あたしが得意気に微笑んで見せると、あたしを貶そうとしていた令嬢が眉間にしわを寄せた。
しかし、勝った!と思ったのも束の間。
その令嬢がとんでもないことを言い出した。
「ではクライン子爵とメイジー嬢が結婚秒読みという話は、本当のことなのですね? そしてメイジー嬢はクライン子爵との結婚話に喜んでいる、ということですのね?」
あ、あれ。今の受け答えだとそうなっちゃう!?
自分がこき下ろされないようにクライン子爵の悪いイメージを否定したのだけれど、これではまるで、あたしがクライン子爵にベタ惚れのようだ。
それは困る。
「勘違いしないで頂きたいのですけれど、あちらが勝手に盛り上がっているだけで、あたしにその気はありませんのよ」
「クライン子爵のかた想いということですの?」
「ま、まあ、そういうことですわ。あたしに会いたくてすぐ屋敷に呼ぶから困っていますのよ。おほほほ」
盛り上がっているのはクライン元子爵夫人だけで、クライン子爵もあたしと結婚をするつもりはなさそうだけれど、ここは犠牲になってもらおう。
どうせクライン子爵は社交界にあまり顔を出さない。ちょっとくらいあたしにかた想い中といううわさが広まっても、令嬢たちのうわさが彼の耳に入ることはないだろう。
「メイジーってクライン子爵と良い感じなのですか?」
中央のテーブルから離れて庭園の花を愛でていると、隣にいたカーリーがこそっと聞いてきた。
「違うわよ。さっきのはあの令嬢があたしのことを貶そうとしてきたから、言い返しただけ。言われっぱなしはムカつくじゃない」
「そうなのですか? ではメイジーと子爵との婚約話は出ていないのですね?」
「婚約話は元子爵夫人が勝手にしているだけよ。本当は、歌を歌って聴かせるだけの関係なの」
カーリーはどう解釈したら良いのか迷っているような、困惑した表情を浮かべた。
「メイジーは子爵と婚約間近ではないものの、仲良くはしているということですかね?」
「仲良くはないわ。会ったら喧嘩ばっかりよ」
「子爵と喧嘩をしているのですか!?」
カーリーは信じられない言葉を聞いたとばかりに、自身の口を手で覆った。
「メイジーは怖いもの知らずですね。子爵から制裁を受けたりはしていませんか?」
「していないわね」
あたしはかなり生意気な態度を取っていたのに、クライン子爵から何かをされた覚えはない。
「クライン子爵って意外と心が広いのかしら」
「心が広くないと許せないような言動をしているのですか!? メイジー、それは少し考えた方が……」
あたしたちがお喋りをしていると、後ろから遠慮がちに肩を叩かれた。
「うん?」
「お話し中、失礼します。実はカーリー嬢からメイジー嬢が別れさせ屋をしていると聞いて、わたくしも頼みたいことがございまして」
「依頼かしら」
「実は……はい」
小声で依頼をしてきたのは、マイヤーズ伯爵令嬢だ。
「先日ラッセル伯爵と婚約をしたのですが、彼の女癖が悪すぎるのです。妾を何人作る気なのか聞くことが怖いほど、節操なく女性に手を出していて……」
「だから婚約破棄をしたいということね?」
「婚約破棄……をするかどうかは彼の態度次第ですわ。彼が開き直るようでしたら婚約破棄いたします。ですがもしも平謝りをしてきたら、こちらが優位に立った状態で婚約をしようと思いますの」
なかなかしたたかな令嬢だ。嫌いじゃない。
「その依頼、楽しそうだから受けようかしら」
「本当ですの!? ありがとうございます!」
マイヤーズ伯爵令嬢は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ラッセル伯爵が次に出るパーティーはどれですか? そこであたしと浮気をさせるのはいかがでしょう?」
あたしもマイヤーズ伯爵令嬢に負けず劣らずの笑顔を浮かべた。
* * *
家に帰ると、クライン子爵からのプレゼントがあたしを待っていた。
箱を開けてみると中に入っていたのは……。
「平民の服?」
箱の中からは素朴なワンピースが出現した。
首を傾げつつ別の箱を開けると、そっちの箱の中にはこれまた素朴な靴が入っていた。
意味が分からなかったけれど、添えられていた手紙を読むと、この服と靴が贈られた理由が判明した。
「町祭りの視察をしたいから、平民に紛れて一緒に祭りに行ってほしい……ね」
いきなり平民に紛れろと言われても、あたしが平民の服を持っていないかもしれないと考えての贈り物なのだろう。
気を遣ったつもりなのだろうけれど、大事な確認が抜けている。
あたしはまだ、町祭りに参加するとは言っていない。
「この先走り具合、きっと服を贈ってきたのは元子爵夫人ね」
元子爵夫人はあたしの身体のサイズを知っている。まず間違いないだろう。
しかし、またしても手紙にはクライン子爵の署名がある。
「元子爵夫人の先走り具合をクライン子爵は容認している、か」
本当に何なのだ、あの親子は。
厄介な親子に関わってしまったものだ。
「メイジー、クライン子爵はなんて? あら、町祭りのお誘いじゃない!」
お母様が嬉しそうな声を上げ、お父様と笑い合っている。
両親はもうすっかりあたしがクライン子爵と交際していると信じ込んでいるようだ。
まだ会ったことはないけれど、クライン元子爵が元子爵夫人の先走りをたしなめてくれていなかったら、今頃は家に町祭りの誘いではなく婚約の申し込みが届いていた気がする。
ありがとう、まだ見ぬクライン元子爵。
「メイジーにもついに春が来たのね!」
「前にも言いましたけれど、あたしはクライン子爵と付き合うつもりはありません。あっちだってそうだと思います」
「いいえ。気の無い相手を町祭りに誘ったりなんてしないわ」
「町祭りは子爵としての仕事の一環で……」
「視察はお前がいなくても出来る。それなのにわざわざお前を誘うということは、視察を名目にお前と町祭りを回りたいということだろう!?」
お父様とお母様はそう信じて疑っていないようだけれど、あたしは違うと思う。きっと子爵一人で歩くと目立つから、一緒に歩く相手が欲しかっただけなのだ。
そしてひねくれ者の子爵には、一緒に町祭りを回ってくれるような知り合いはいない。だから運悪く最近屋敷を訪問したあたしに白羽の矢が立ったのだろう。
きっと、それだけのことだ。
「もちろん返事はオーケーよね!?」
「ちょっと面倒くさいです」
あたしの本音を聞いたお父様が、一瞬で険しい顔になった。
「了承以外の返事は許さないぞ。そもそも男爵家の娘であるお前に、子爵からの誘いを断ることは出来ない」
「当日熱が出るのはどうでしょうか」
却下されるだろうとは思いつつ、一応確認をする。
「お前は身体が丈夫なことが取り柄だろう。前に熱を出したのがいつのことだか思い出せないほどだぞ」
「確か五年前よ。あのときは大騒ぎだったわねえ」
二人の言う通り、あたしは普段熱を出さないため発熱に慣れておらず、そのとき大騒ぎをした記憶がある。勢い余って遺言まで残したような気がする。
とんだ黒歴史だ。
「とにかく。お前は子爵と町祭りに行くんだ。これは決定事項だからな!」
「分かりました……」
仕方がない。祭りと言うからには楽しい催しのはずだ。
横にクライン子爵がいようとも、せいぜい町祭りを楽しんでやる!




