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「うわあ! 大盛況ですね!」
町祭り当日、町の活気を浴びたおかげで、クライン子爵が横にいる不愉快さはかなり軽減された。
色とりどりの花々が目を楽しませ、様々な食べ物の香りが鼻腔をくすぐり、楽しげな笑い声が聞こえてくる。
やはり祭りは良い文化だ。
「祭りが好きなのか?」
「祭りが嫌いな人間なんていませんよ! だってこんなにみんなが笑顔なんですよ!?」
「俺は嫌いだ」
こ、こいつーーー!?
人がせっかく楽しい気分になっているのに、たった一言でぶち壊すとは。
人をイラつかせる才能があり過ぎる!
「クライン子爵は仕事で来ているのですものね。祭りを楽しんでばかりはいられませんよね」
「まあな」
クライン子爵は自分だとバレないようにするためか、あたしと同じく平民の服を着用している。ついでに帽子を被って眼鏡までかけている。
あたしと違ってクライン子爵は町で顔が割れているからだろう。
「でも、今日はどうしてあたしを誘ったのですか。普通に一人で視察をすれば良かったじゃないですか」
「俺が立ち寄ると、どの店員も緊張をするからだ。俺は普段の店の姿が見たいのだが」
やっぱりクライン子爵一人では正体がバレるのか。
クライン子爵は、陰気なオーラと言うか、何と言うか、変装では隠しきれないものを纏っているからだろう。
それにきっとクライン子爵のことを知らなくても、ひと目で只者ではないことは分かるから、店員に緊張が走るのだ。
「あたしと一緒にいるだけで、クライン子爵だと気付かれなくなりますかね?」
「男一人で歩いているよりは、男女で歩いている方が、祭りに溶け込めるはずだ」
どうだろう。
眉間にしわの刻まれたクライン子爵が、隣にあたしがいる程度で祭りに溶け込めるとは思えない。
「祭りに溶け込みたいなら、まずは祭りを楽しまなくちゃですよ。ここにいる人たちはみんな祭りを楽しんでいるのですから。真顔の人は目立ちますよ」
「祭りを楽しむ、か。どうやって?」
「どうやってって、普通に楽しめば良いだけですよ?」
クライン子爵はあたしの言葉の意味が分からないと言いたげだった。
それなら実戦で祭りの楽しみ方を教えてあげよう。
「たとえば、こうです。おじちゃん、串焼き二つ!」
「あいよー」
あたしは屋台の一つに近付くと、二本の串焼きを手に取った。
「串焼きは食べられますか? 食べられないなら二本ともあたしが頂きますけれど」
「ずいぶんと慣れているな」
あたしの様子を見たクライン子爵は目を丸くしている。
「そうですね。少なくともクライン子爵よりは祭りに慣れていると思います」
「どうしてそんなに馴染んでいるんだ。君だって貴族令嬢だろう?」
「あたしは町の祭りにも普通に参加しますよ。だって楽しいので」
お喋りをするあたしたちに、屋台のおじさんが声を掛けた。
「おーい、お嬢ちゃん。お代を忘れちゃいけないよ」
「お代は彼が払います。ですよね?」
「ああ、もちろんだ」
試しに言ってみると、クライン子爵が財布を取り出した。
もしかすると視察に付き合う報酬として、今日はすべてクライン子爵の奢りなのかもしれない。ラッキー。
クライン子爵がお金を払っている間に、あたしは次の屋台の目星を付ける。
「では、どこかに座って……」
「何を言っているのですか。祭りと言えば食べ歩きですよ!」
「食べながら歩くのは、行儀が悪いのではないか?」
「祭りでは食べ歩きをしても行儀が悪いとはされないのですよ!」
実際のところはよく知らないけれど。
でも祭りで食べ歩きを咎められたことは一度も無い。
「知らなかった」
「これまでも祭りの視察に来ているのに、知らなかったのですか?」
「この町の人たちは行儀が悪いのだと思っていた」
「これは祭りで知るべきことがまだまだありそうですね」
あたしはにっこりと笑うと、串焼きにかぶりついた。
「このネックレス、綺麗だわ」
「お嬢ちゃん、お目が高いね。それはうちの売れ筋ナンバーワンの商品だよ」
串焼きを食べ終わったあたしたちは、別の出店へとやってきていた。
店にはガラス玉で作ったアクセサリーが並んでいる。
「君は普段、もっと質の良いアクセサリーを身につけているだろう?」
「祭りでそういうことは言いっこなしです。こういうものは祭りの思い出として買うのですから」
あたしは一本のネックレスを手に取ると、クライン子爵を見つめた。
視察に付き合ってあげているのだからこれも奢れ、という顔をしながら。
「欲しいのか?」
「欲しいです」
クライン子爵はすぐに財布を取り出すと、ネックレスの代金を払った。
嫌味を言われるような気がしていたけれど、杞憂だったようだ。
「ありがとうございます!」
あたしはすぐに受け取ったネックレスを首にかけてみた。
ただのガラス玉ではあるけれど、太陽にかざすとキラリと光って美しい。
「似合っていますか?」
「ガラス玉が似合うと言われて嬉しいのか?」
「だから、こういうときは似合うって言うんですってば。祭りは雰囲気が何よりも大事なのですよ!?」
「……雰囲気か。覚えておく」
またこの人は眉間にしわを寄せて。
こうなったら、今日一日であたしが祭りの楽しみ方を伝授してあげよう。丸一日楽しめば、少しは眉間のしわも薄くなるだろう。
あたしは難しい顔をしているクライン子爵の手を掴むと、別の店へと引っ張っていった。
「何を」
「祭りは人が多いので、はぐれないように手を繋ぐのですよ」
「知らなかった」
クライン子爵は知らないことだらけのようだ。
これまで、きちんと祭りの視察が出来ていたのか心配になるほどだ。
「今まで祭りで何を見てきたのですか?」
「違法な物が売られていないかとか、人さらいがいないかとか……」
「悪い人がいないかを確認することは大切ですけれど、自分の町のみんなが何を楽しんでいるかを知ることも、きっと大切なはずですよ。あたしは子爵の仕事をよく知りませんけれど!」
あたしに生意気なことを言われても、クライン子爵はただ頷くばかりだった。
もしかすると、何度も視察に来ているのに祭りのことをちっとも知らなかった自分を恥じているのだろうか。
「ほら、クライン子爵。スマイルですよ、スマイル。祭りでは笑顔でいないと」
「笑顔にはあまり慣れていない」
「笑顔に慣れていないって何ですか。無駄に身体を鍛えているのですから、ついでに顔の筋肉も鍛えてくださいよ」
「無駄にって……」
あたしは次の出店の前に、何か言いたげなクライン子爵を引っ張っていった。
「ここは新鮮なフルーツジュースの店ですって。クライン子爵は何の果物が好きですか?」
「リンゴだな」
「そうなのですね。実はあたし、お菓子作りが得意で、アップルパイもよく作るのですよ」
「へえ」
……それだけかい!
普通「他にどんなお菓子を作るの」とか「今度俺にも作って」とか言って、話を広げるだろうに。どれだけ口下手だと、こういう返しになるのだか。
まあいいや。
今日はせっかくの祭りなのだから、クライン子爵の口下手具合には目を瞑ろう。
「あーっ! あっちには輪投げがありますよ! やりましょうよ、輪投げ!」
「輪投げは子どもの遊びではないのか?」
「祭りでは大人もやるんです!」
輪投げの出店へ行くと、景品の棚には大きなクマのぬいぐるみが置かれていた。
「あのクマ、欲しいです!」
「あんなものをもらってどうするんだ」
「だから、祭りで買う物は、祭りの思い出なんですってば。思い出は大きい方が良いでしょう?」
「そう、なのか? しかし輪投げで景品がぬいぐるみということは、やはり子どもをターゲットにした店なのではないだろうか」
あたしは、困惑しているクライン子爵を勢いで黙らせることにした。
「お兄さん、輪投げ二回分!」
「まいどありー」
そして小声でクライン子爵に囁く。
「クライン子爵、お代をよろしくお願いします」
「あ、ああ」
あたしの勢いに負けたクライン子爵はまたしても財布を取り出した。
今日判明したけれど、クライン子爵の財布の紐はゆるっゆるだ。
祭りで使うお金くらいあたしも持ってはいるけれど、奢ってもらえるなら奢ってもらおう。
あたしの今日の働きの賃金と考えたら、このくらい高くはないはずだ。




