●11
「えいっ、やあっ、とおっ」
あたしの投げた輪は、惜しいものもあったけれど、一つも棒に通らなかった。
「なかなか難しいですね。次、どうぞ」
促されたクライン子爵が輪を投げる。すると輪は棒とはまるで違うところに飛んでいってしまった。
「あははっ! こういうときって、実は輪投げが上手いみたいな流れじゃないのですか!?」
まさかあたし以上に下手だなんて。
心なしか輪投げ屋の店主も笑っているように見える。
「笑うな。初めてやったのだから、下手で当然だろう」
「だとしても、まさかこんなに下手だとは。あはははは! 笑いをこらえるのは無理です!」
「笑うなと言っているのに」
「はーい、二人とも残念賞の紐飾りだね」
輪投げ屋の店主が、クライン子爵とあたしに紐で作られたブレスレットを手渡した。
何色もの紐を編んで作ってはいるけれど、紐以外に何の飾りも付いていない、残念賞の名に恥じない安物のブレスレットだ。
「クライン子爵も祭りの思い出が手に入りましたね」
「…………」
あたしは何も言わずに紐飾りをポケットにしまおうとするクライン子爵の手を掴むと、ポケットから紐飾りを取り出させた。
「せっかくもらったのですから、付けてください。今すぐに」
「これを、俺が?」
「その場で付けるのも祭りの醍醐味です。ほら、あたしとお揃いですよ」
あたしはすでに手首に巻いた自分の紐飾りをクライン子爵に見せた。
するとクライン子爵は渋々といった様子で、自身の手首に紐飾りを巻いた。
「それにしても。クライン子爵のこれは、やっぱり無駄な筋肉じゃないですか! もっと輪投げ筋を鍛えた方が良いんじゃないですかー?」
クライン子爵の脇腹を小突きながら、ニヤニヤとしてみせる。
「輪投げ筋なんてものはない」
「知らないんですかー? 輪投げ筋って言うのは、この辺の、いやこっちだったかな? それともこっちかな!?」
そう言いながらクライン子爵の脇腹をくすぐる。
「やめろ、くすぐるな。はしたないぞ!?」
「祭りのときは何をしても無礼講なんですー」
「何をしてもということはないだろう。こら、そこは、くくっ」
あたしがクライン子爵のくすぐったい箇所を触ったらしく、クライン子爵が身体を丸めて笑い始めた。
「それですよ、その顔。祭りではそういう顔をするのが正解なのです」
クライン子爵の意外と可愛らしい笑顔を見て、あたしも笑った。
「あっ! 中央広場ではイベントをやるのですね!?」
あたしは中央広場に設置されたステージを指差しながら、はしゃいだ声を出した。
「毎年行なっている、町祭りクイーンを決める催しだ」
「クイーン!? 何をやってクイーンを決めるのですか!?」
あたしは吸い寄せられるように中央広場へと向かった。
「休憩はしなくて良いのか。先程から歩きっぱなしだが」
「イベントを前にして何を言っているのですか!」
あたしはクライン子爵の手を引いてずんずんと進んでいく。
クライン子爵はあたしに引きずられるようにして、しかし素直についてくる。
「さあ、毎年恒例の町祭りクイーンコンテストが始まるよ! 候補者には事前にエントリーをしてもらっているけど、我こそはと言う人は飛び入り参加も可能だよ!」
「クイーンになると何がもらえるのですか?」
コンテストのスタッフらしき人に尋ねると、彼は笑顔で回答をした。
「景品は花かんむりと賞賛だけだけど、みんなが狙ってるのはそれじゃない。クイーンになれば貴族に見初められる可能性がある! クイーンの働く店は商売繁盛する! 役者や歌手にだって抜擢される! そっちの効果狙いでみんなエントリーするのさ」
あたしはステージ袖に並ぶクイーン候補者を眺めた。
誰も彼も可愛らしいけれど、あまり乗り気ではないように見える人も、ちらほらいる。きっと親や働いている店の店主に勝手にエントリーされたのだろう。
もちろん、やる気満々な人の方が多いけれど。
「お嬢ちゃんも良い線いってると思うよ。あとは一芸があるかどうかだな」
「一芸が必要なのですか?」
「顔が綺麗なだけじゃこの町のクイーンには相応しくない。一芸を持ってることが大きな加点要素になるんだ」
「一芸は歌でも良いのですか?」
あたしの発言を横で聞いていたクライン子爵が目を見開いた。
「まさか参加する気なのか?」
「楽しい催しは参加しないと損ですよ」
「クイーンになるということは、それなりに大変なことで、覚悟が無いなら……」
「大丈夫ですよ。クイーンになれるとは思っていませんから。言ったでしょう、祭りは雰囲気を楽しむものなのです」
あたしはクイーンコンテスト出場に反対らしいクライン子爵の意見を無視して先程のスタッフに声を掛けると、飛び入り参加がしたい旨を伝えた。
「飛び入り大歓迎だよ。一芸は歌だね?」
「はい!」
あたしはクライン子爵の手を離すと、クイーン候補者の待機列に並んだ。
クライン子爵は何かを言いたげだったものの、あたしが素早く移動したことで、言えずじまいになったようだ。どうせクイーンコンテスト参加で時間を浪費せずに視察を進めたいとか、そんなところだろう。
クライン子爵はもう少し遊び心を持った方がいい気がする。
町祭りクイーンコンテストはつつがなく進み、ついにあたしの番になった。
あたしは平民の振りをした嘘の自己紹介をした後、歌を歌い始めた。
あたしは歌うことが好きだけれど、いつも一人で勝手に歌っているだけで、こうして大勢の前で歌うのは初めてだ。
「愛しさは花になり~~見事な花畑を作っていく~~この花畑をあなたに見せたなら~~私の恋心に気付いてくれるでしょうか~~♪」
あたしが歌い始めた瞬間、ステージ周辺の空気が変わったことが肌で分かった。
ステージ周りに集まった観客の視線が一斉にあたしに集まる。
これまでもみんなステージを見ていたけれど、それでも友人とお喋りをしながら見ていて、ここまで熱心に見てくれてはいなかったのに。
「恋の香りをまとった花は~~あなたに見てもらうこともなく~~ひっそりと咲きながら~~一人寂しく枯れていくのでしょうか~~♪」
逆にあたしを見るのではなく、目を瞑って歌に耳を傾けている人もいる。
ここまで嬉しい反応をされると、歌い甲斐があるというものだ。
「ありがとうございました!」
歌い終わってカテーシーをすると、大きな拍手が起こった。これまでのクイーン候補者の一芸でも拍手が起こっていたけれど、これほどまでに大きな拍手は初めて聞いた気がする。
ふとクライン子爵を探すと、誇らしげな顔でこちらを見ていた。
何と言うか「私が育てました」と言わんばかりの顔だ。
クライン子爵に育てられた覚えはまったく無いのだけれど。




