●8
(4)
子爵邸に呼ばれたあたしは、天気が良いのでまたテラスに案内されるのかと思ったら、屋敷の中へと通された。
しかも通された部屋には、前回のようなティーセットは並んでいない。
「今日は元子爵夫人とあたしの二人だけですか?」
部屋にはクライン子爵の姿も無い。
なんだろう、この状況は。
「ローガンがいなくてがっかりしたわよね。ごめんなさいね」
「特にがっかりとかは……」
「あの子には、メイジーさんから時間に遅れると連絡があったと伝えてあるの。お茶会の前に女だけでやることがあるから」
「女だけでやること、ですか?」
元子爵夫人が手を叩くと、ぞろぞろと女性たちが部屋の中に入ってきた。
「な、なにを!?」
「採寸と試着よ。メイジーさんの身体のサイズを知りたいし、あなたに似合う色味も探っておきたいの」
「ええっ!? あたしのサイズを知ってどうするのですか!?」
「ドレスを贈るに決まってるじゃない」
戸惑うあたしをよそに、女性たちはテキパキとあたしの服を脱がせて採寸を進めていく。
抵抗しようとしたものの、多勢に無勢。あたしは簡単に服を脱がされ、メジャーを身体に巻かれていった。
「あたしにはドレスを贈ってもらう理由がありません」
「義母が娘にドレスを贈るのは普通のことでしょう?」
待て待て待て。
義母だなんて、知らない間に話が進みすぎている!
「あたしはクライン子爵とそんなつもりは」
「私、この前のお茶会で確信したの。メイジーさんはローガンと相性がピッタリだって。あの子はひねくれてるから、明るい道へグイグイ引っ張って行ってくれるような人が合うのよ」
たった一回のお茶会で何が分かるというのだ。
あのお茶会であたしはクライン子爵に対してイライラしていたというのに。
「大変申し訳ないのですけれど、クライン子爵とあたしは、結婚しないと思います。クライン子爵はあたしのことなんか好きではないでしょうし」
「好きじゃなかったら、歌を歌って欲しいなんて言わないわよ」
「あれはただ、本当に歌が聴きたかっただけではないでしょうか」
クライン子爵があたしを好きな素振りはまったくない。
最初に屋敷に呼んだのだって、あたしたちが致したのかどうかの事実確認がしたかっただけだ。
そして致したのなら責任を取るつもりだったようだけれど、実際には致していないのだから、クライン子爵も早くあたしから解放されたいはずだ。
「そもそも今日またあなたを屋敷に呼ぼうと言い出したのはローガンなのよ?」
「えっ?」
初耳だ。
確かに届いたのはクライン子爵の署名のある手紙だったけれど、てっきり元子爵夫人の書いた手紙に署名をしてほしいと頼まれて書いただけだと思っていた。
「あの子、ずいぶんとメイジーさんの歌が気に入ったようなのよ。だから結婚をしたら毎日メイジーさんの歌を聴けるとアドバイスをしておいたの」
どうやら元子爵夫人は、クライン子爵に余計なアドバイスをしてくれたようだ。
そんなに歌が好きなら、オペラにでも通えば良いのに。
あたしみたいな素人ではなく、本職の歌手たちがとびっきりの歌を聴かせてくれるのだから。
「あたしよりもオペラで歌を聴いた方がずっと良いと思いますよ」
「ローガンはきっと、上手い歌じゃなくて、惚れたあなたの歌が聴きたいのよ」
「またそういうことを……」
「歌声から惚れることだってあるわ。絶対そうよ。あの子は絶対にメイジーさんに惚れてるわ」
決めつけが激しい!
元子爵夫人は、クライン子爵の何を見てその考えに辿り着いたのだろう。
理解に苦しむ解釈だ。
「本当はメイジーさんのご両親に根回しをしておきたかったのだけれど、主人に止められちゃったのよ。外堀を埋めて無理やり結婚をさせられたのでは、二人の仲がこじれる可能性があるって。確かに前にそうやって外堀を埋めた良さげな令嬢に怖がられて逃げられたことがあったから、今回は慎重に動くことにしたの」
……一体これのどこが慎重なのだろう。
慎重に動いた結果がこれなら、突っ走った場合はさぞ前のめりになるに違いない。
恐ろしすぎる。
「さて。採寸が終わったことだし、次はどんな色の布が似合うか見てみましょう」
「あのですね、クライン子爵があたしのことを好きだというのは勘違いで」
「大丈夫。勘違いから始まる恋もあるわ」
何も大丈夫じゃない!
どうしよう。
前回のお茶会で気付いてはいたけれど、この人、押しが強い上に、他人の話を聞かないタイプだ。
* * *
そのあと元子爵夫人の気が済むまで、あたしは身体に様々な布をあわせられた。
散々振り回されてぐったりしたところで、ティーセットの並んだ部屋に案内され、今度はクライン子爵がやってきた。
そしてこの一言だ。
「歌え」
この親にしてこの子ありだな!?
本当に何なんだこの親子は。他人の都合なんかお構いなしだ。
「クライン子爵、歌が聴きたいのならオペラへ行くことをオススメします。あたしなんかよりもずっと歌の上手い人たちが歌いますから」
「オペラなら行った。しかしピンとはこなかった」
歌にピンとくるって何。
あたしの歌にはピンときたってこと?
抽象的すぎて、まったくもって褒められている気がしないけれど!?
「……で、俺には歌を聴かせたくないと?」
「そうは言っていません。ただあたしよりももっと適任がいるのではないかと思っただけです」
「では歌わないのか」
「そうも言っていません。せっかくここまで来たのですから、ご所望とあらば歌いますよ!」
あたしは半ばヤケになりながら言った。
そして会うなり言い合いのようなやりとりをするあたしたちを、元子爵夫人がニコニコしながら眺めている。
「うんうん。やっぱり私の見込んだ通りね。早く孫の顔が見たいわ」
またこの人は。
もうとっととクライン子爵の要望を叶えて帰らせてもらおう。
「砂浜を眺める人魚の姫は~~今日も人間になる夢を見る~~しゃりしゃり砂を踏みしめて~~砂浜で踊る夢を見る~~自分の尾の魅力を~~人魚の姫は気付いていない~~朝陽を反射する鱗は~~人間たちの憧れなのに~~何も知らない人魚の姫は~~今日も人に憧れる~~♪」
あたしは元子爵夫人の言葉を無視して歌を歌うことにした。
義母の言葉を無視するような令嬢は、息子の婚約相手として願い下げだろう。
元子爵夫人のあまりの勢いに流されてしまっていたけれど、今日あたしはクライン子爵と元子爵夫人に嫌われに来たのだ。
罰せられない程度に失礼なことをして、きちんと嫌われなければ。
「歌だけは一級品だな」
歌い終わったあたしに、クライン子爵が嫌味とも取れる賛辞を送った。
わざわざ歌だけなんて言わずに、普通に褒めればいいのに。
「はあ。これで満足ですか?」
嫌味な賛辞を受け取ったあたしは、挑発するようにクライン子爵に言い放った。
「満足ではないと言ったら、もう一曲歌ってくれるのか?」
「歌いません。あたしは歌を安売りしないことにしたのです」
「散々歌っていたくせに」
「あなたに歌わされたのですけれど!?」
どうしてこの人は、口を開けば他人をイラつかせることばかりを言うのだろう。
カーリーはこれまでクライン子爵とどのような会話をしていたのだろうか。
「もう帰っていい」
次は何を言われるのかと身構えていると、クライン子爵がぶっきらぼうにそんなことを言った。
いくら早く帰りたいと考えていたあたしでも、この物言いにはカチンとくる。
「用が済んだらとっとと帰れということですか!?」
そりゃああたしだってとっとと帰りたいけれど、せっかくここまで足を運んだのに、用が済んだらハイおしまいというのはあまりにも酷い扱いだ。
「あたしはここまで長時間、馬車に揺られながら来たのですよ!? それなのに自分の気が済んだら早く帰れだなんて、王様気取りも大概にしてください!」
偉そうにしているけれど、クライン子爵は、しょせんはただの子爵だ。
男爵家のあたしが言うことではないけれど、横暴な振る舞いにも限度がある。
「俺がいつ王様気取りになった?」
「今です。それにこれまでも! あたしが自分よりも下の身分だからって、馬鹿にするのはやめてください!」
別にそこまでのことはされていないけれど、立ち上がって大声で怒ってみた。
ヒステリックな女だと思ってもらえれば上々だ。
そして二度とあたしに関わらないでくれると最高だ。
「馬鹿にしたつもりは……だが、そう感じたのなら謝罪する。すまなかった」
「否定するつもりですか……って、あれ」
予想に反してクライン子爵が素直に謝ってきた。
あたしは振り上げた拳をどうすればいいのか分からなくなり、ちょこんと席に座った。
「えっと、その、馬車での移動が辛くてクライン子爵に当たってしまいました。あたしの方こそすみませんでした」
素直に謝られると、これ以上怒れなくなってしまう。
あたしもカーリーのことが言えないくらいの小心者だったのだろうか。
「あらあらあら。素直なローガンなんて久しぶりに見たわ。結婚式はいつにしましょうか!?」
気まずい空気の中で、元子爵夫人の楽しそうな声が響き渡った。




