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「まあ!」
クライン子爵の言葉に真っ先に反応したのは、元子爵夫人だった。
次いであたしが紅茶を吹き出しかける。
「ローガンの婚約話がなかなか進まなくて困ってたところだったのよ。あなたはこういうタイプの女性が好きだったのね!?」
「別に彼女は好みではない」
「ふふっ、照れちゃって。メイジーさんは女の私から見ても美人だもの。ローガンが惚れてもまったく不思議ではないわ」
さすがは母親だ。
あのクライン子爵と違和感なく会話が進んでいく。
「別に好みではないが、致したのなら責任は取りたい」
そういうのではないと言っていたのに、やっぱり責任を取るとか取らないとかの話!?
一度安心させてから宣言するの、何!?
「もう、この子ったら一言余計なんだから。照れてるだけだから気にしないでちょうだいね、メイジーさん。あなたはとびっきりの美人よ」
「ええと……あたしにはもったいないお言葉です。けれど、ありがとうございます」
正面から褒められたため、心からの笑顔でお礼を言った。
「それで、どうなの。致したの、致してないの!? 嫁いでくれるの!?」
元子爵夫人が前のめりになって聞いてきた。
「と言うか、こんなに美人さんなのだから、もう婚約者がいるのかしら!?」
「いえ、婚約者はいません。あたしは性格が悪いので、すぐに振られてしまうのです」
グイグイ来る元子爵夫人を引かせるために事実を伝えた。
自分で言いたいことでもないけれど、性格が悪いと言えば、結婚に反対してくれるだろう。そんな下心があってのことだ。
「まあ! そういう女性を待ってたのよ!」
しかし元子爵夫人から返ってきたのは、予想外すぎる言葉だった。
「ローガンってひねくれてるでしょう? だから優しい子はローガンのせいで思い詰めて気を病んでしまうのよ。この前婚約を破棄したご令嬢もね、優しすぎてローガンの物言いで傷付いてたようなのよ」
「そ、そうなのですか」
「きっと割れ鍋に綴じ蓋ってやつだわ。メイジーさん、うちに嫁いでちょうだい!」
そうはならんだろ!?!?
あたしは心の中でツッコんだ。
性格が悪い令嬢を息子に嫁がせたがる母親がどこにいる!?
……って、ここにいるのだけれど!!
「えっと、たぶん、元子爵夫人の予想よりもずっとずっと悪女なんですの、あたし」
「悪女、大歓迎よ! 一緒に他の貴族たちを踏みつけて、のし上がって行きましょうね!」
どうして元子爵夫人は、初対面のあたしのことをこんなに気に入っているのだろう。
それとも相手は誰でも良いから、早く孫の顔が見たいとかそういうことだろうか。
「で、どうなんだ。俺は君を抱いたのか?」
クライン子爵がまた、母親の前で聞き辛いだろうことをはっきりと聞いてきた。
本当にどうなっているのだ、この親子は!
「ええとですね……最後までは致していません。その前にお酒に酔ったクライン子爵が眠ってしまわれたので」
このまま結婚させられてしまうのではないかと恐怖を感じたあたしは、致さなかったと断言することにした。
まあ実際に致していないけれど。
加えて「ローガン様」ではなく「クライン子爵」と呼ぶことで、心理的な距離を取る。
「ふむ。最後までは致していないのか……具体的にはどこまで?」
だから母親の前でなんてことを聞くのだ、この男は!
答え辛いにもほどがある!
「あの……本当にすぐ眠ってしまわれたので……」
「なんだ、残念。もっとガツガツいきなさいよ、ローガン。睡眠欲に負けてどうするのよ」
元子爵夫人は元子爵夫人で、何を言っているのだ。
なんだこの空間。もしかしておかしいのはあたしの方なの!?
「そうか。ほぼ何もしていないのか」
「はい。クライン子爵はその前に眠ってしまわれました」
よし。ものすごく気まずい会話が展開されているものの、この雰囲気なら特に制裁はされなさそうだ。
あとは責任を取る取らないの話を乗り切れば、何事もなく家に帰ることが出来る。
「でもその直前までは行ったのよね? ということは、あなたもローガンにまんざらではないと言うことよね?」
「それはその、パーティーの雰囲気に飲まれたと言いますか……」
「いくら雰囲気に飲まれたとしても、嫌いな相手だったら、そうはならないわ。やっぱりあなたはうちに嫁いだ方が良いわよ。嫁にこんなに好意的な姑はそうそういないわよ!?」
そうかもしれないけれど、元子爵夫人が好意的すぎて、むしろ怖い。
一体どれだけ息子が婚約破棄をされれば、こんな風になるのだろう。
「責任を取る必要がないのなら、嫁ぐ必要もない」
「何を言ってるのよ、ローガン! こんな千載一遇のチャンスを逃すなんてあり得ないわ。野生の小鳥が自ら鳥かごに入ってきた状態なのよ!? 綺麗な蝶が自ら蜘蛛の巣に飛び込んできた状態なのよ!? カモがネギを背負って……ごほんごほんっ。とにかく素晴らしい状態なの!」
元子爵夫人には、あたしがそんな風に見えていたのか。それは逃さないように前のめりになるかもしれない。
あたしは妙に納得をしてしまった。
「……歌を」
「え?」
クライン子爵がぼそりと言ったけれど、これだけでは意味が分からない。
この男は言葉が足りないのがデフォルトだから困る。
「嫁ぐ必要はないが、歌を聴かせてほしい」
「歌、ですか?」
そのくらいならお安いご用だけれど、クライン子爵は顔に似合わず歌が好きなのだろうか。
「……俺に聴かせる歌はないと言いたいのか」
あたしがきょとんとしていると、クライン子爵が低い声を出した。
慌てて首と両手を横に振る。
「そんなことは言っていませんわ」
「すぐに歌わなかっただろう」
「急に歌えと言われて、ノータイムで歌い出す人の方がまれだと思いますけれど!?」
話の流れで歌うことになったのならまだしも、あまりにもいきなりだった。すぐに反応できないのも無理はないと思う。
「なら歌うのだな? 歌の内容はまかせる」
「はあ。では最近町で流行っている歌を」
あたしはその場で立ち上がると、アップテンポな歌を歌い始めた。
「朝焼けの町で、歌い踊る。人気のネックレスを、光らせながら。宝石じゃなく、ガラス玉の。それでも朝焼けで、輝く宝物。巷にあふれる、それでも、私だけの宝物。みんなと同じ、それでも、私にとっては特別。あなたにとって、私もそうありたい♪」
一曲歌い終えてお辞儀をすると、元子爵夫人が大きな拍手を送ってくれた。
「メイジーさんは歌がとってもお上手なのね! こんなに綺麗な歌声なら、歌手としてもやっていけそうだわ!」
「恐縮です」
「ローガンはこの美声にやられたのね!?」
「……別に」
結婚を迫られても困るけれど、その反応はその反応で面白くない。
「人に歌わせておいて、別にって何ですか。もっと他に言うことがあるのではありませんか?」
「俺は流行りの歌はよく知らん」
「歌の内容はまかせると言ったのはあなたですよ!? まかせると言っておいて、好みではないと文句を垂れるのはナシでしょう!?」
「この前歌っていたような、ゆったりとした曲を歌うと思った」
あたしに詰め寄られたクライン子爵は、拗ねたようにそっぽを向きながら答えた。
子どもか!?
「そういうのが聴きたいならそう言ってくださいよ!? そういう曲を歌えば良いのですね!?」
あたしはもう一度、今度はクライン子爵ご希望の、ゆったりとした曲を歌った。
歌い終わるとまた元子爵夫人が大きな拍手を送ってくれた。
「素晴らしい歌ね! それにあなたたちって相性抜群だと思うわ。ローガンに気後れせずに意見できる令嬢はそういないもの。ほら、この子って顔が怖いから」
「ええと……そう、ですね?」
このあと、あたしは無事に制裁も婚約もなく家に帰ることが出来た。
それにしても、ものすごく疲れた一日だった。
元子爵夫人は押しが強いものの基本的には良い人だったけれど、もう二度とクライン子爵とは関わりたくない。




