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約束をした上にドレスとアクセサリーまで貰っている以上、お見合いが失敗して落ち込んでいるからと言ってパーティー参加をキャンセル出来るわけもなく。
あたしは今日、クライン子爵とともに侯爵邸のパーティーに参加をしている。
もともと決まっていた予定だからそれは良い。それは良いのだけれど……。
「あの、クライン子爵」
「なんだ」
「いつまであたしの隣にいるつもりでしょうか」
パーティー会場に到着しても、クライン子爵はあたしを解放してはくれなかった。
男女でパートナーとして参加をしたとしても、会場に着いたらそれぞれが挨拶回りをするために別場所へ行くことが普通だ。それなのにクライン子爵はパーティー会場に到着してからずっと、あたしの隣に居座っている。
「クライン子爵。他の貴族の方々に挨拶をしに行かなくて良いのですか」
「構わない。誰も根暗で陰鬱なひねくれ者の俺と話したいとは思っていないだろうからな」
あっ、そうだった。
クライン子爵に慣れてしまったせいか、あたしは根暗で陰鬱なひねくれ者だとは思っていないけれど、世間から見たクライン子爵はそういった印象なのだ。
確かにクライン子爵はお喋りな方ではないけれど、あたしや元子爵夫人相手には普通に喋るから、もしかするとひねくれ者というわけではなく何らかの『壁』を越えるまでが不愛想なのかもしれない。そして『壁』を越えた相手には不愛想な態度ではなくなる。
つまりクライン子爵の定めた『壁』を越えていない人が下した評価がひねくれ者だったということだ。
だからきっとクライン子爵に近しい人が彼を評価する際には、ひねくれ者ではなく……。
「いやいやいや。どうして自分を近しい者扱いしているの、あたしは!」
ぶんぶんと頭を振って、自身の考えを振り払う。
あたしはこれ以上クライン子爵と近しい関係になるつもりはない。
あたしは人をイラつかせない優しい男性と結婚をする予定なのだから! お見合いには玉砕し続けているけれど!
「どうかしたのか」
「どうかしてはいました。気をしっかり持たないと」
あたしは遠巻きにあたしたちを見つめている令嬢たちを指し示すと、クライン子爵に視線をやった。
「見てください。あなたに興味のある令嬢がたくさんいるみたいですよ? と言いますか、他の令嬢からの視線が痛いので離れてはもらえませんかね?」
「嫌だと言ったら?」
「あたしはクライン子爵にずっと隣にいられることが嫌です」
「俺は君と離れることが嫌だ」
「嫌だと言われても困ります」
「俺も嫌だと言われても困る」
「…………」
「…………」
なんだこの平行線の会話は。
このままではいつまでも決着が付く気がしない。
こういうときは……逃げるが勝ちだ!!
「あっ! 窓の外にセイレーンが!」
「セイレーンが窓の外にいるだと!?」
あたしが窓を指差すと、クライン子爵が窓に視線を向けた。
もちろんセイレーンなんていない。逃げるための時間稼ぎだ。
しかし逃げようとした瞬間、あたしの腕はクライン子爵に掴まれてしまった。
「なっ!?」
「そんな手に引っ掛かるわけがないだろう。俺のことを馬鹿にしているのか?」
引っ掛かると思ったのに! 悔しい!
しかもただ引っ掛からないのではなく、引っ掛かっていないくせに窓の外を見る演技までするなんて。意地が悪いにもほどがある。
「引っ掛かったフリをしてぬか喜びをさせるなんて酷いです。そんなのは卑怯ですよ!?」
「卑怯なのはどっちだ」
「卑怯で結構! あたしはお花を摘みに行ってきます!」
開き直ったあたしは、つかつかと会場内を歩き、廊下へと向かった。
これでしばらくはクライン子爵と離れられると思ったのに……なんとクライン子爵はあたしについて来てしまった。お手洗いに行くと宣言したにもかかわらず、だ。
「ついて来ないでくださいよ。お花摘みですよ!?」
「どうせそれも嘘だろう」
あたしの嘘はバレていたようだ。それはそうか。直前までクライン子爵から逃れようと画策していたのだから。
とはいえ。
「コミュニケーションは信じることから始まるんですよ」
「俺たちは嘘から始まった関係だろう」
確かに……。
そして嘘を吐くのはいつもあたし。
あらためて考えると、クライン子爵はよくもまあこんな嘘吐き女と一緒にいようとするものだ。
「クライン子爵は嘘吐きが嫌いではないんですか!? それともクライン子爵自身も嘘吐きだから許容できるとか!?」
「必要に駆られれば嘘も吐くが、俺は基本的には嘘を吐くよりも何も言わない選択肢を選ぶ」
「ああ、何も言わなければ嘘になりませんものね!? でも、それならどうして嘘を許容できるんですか!? お互いさまと言うわけでもないのに!」
「君が吐くのは許容できる程度の可愛い嘘だから。まあ、最初の嘘だけは可愛くなかったが……いや、一周回って可愛いかもしれない?」
なんだそれ。大人の余裕のつもりなのだろうか。くそう。
「…………うーーっ!」
言うべき言葉が見つからなくなったあたしは、悔しさの表現として唸ってみせた。
いきなり唸り始めたあたしを見て、クライン子爵は不思議そうな顔をしている。
「人間の言葉を使うのをやめたのか?」
「だって何を言っても言い返されるんですもん!」
「君が言い返されるようなことを言うからだろう」
「もうっ。早く会場に戻ってくださいよ!」
あたしが不敬にもクライン子爵を追い払うような仕草をしても、彼はこの場を離れようとはしなかった。
「そんなことを言って、また別室に行くつもりではないだろうな。その嘘は可愛くないぞ」
「クライン子爵がぴったり隣にいたんですから、そんな相手を見つけられるわけがないでしょう!?」
「どうだろうな。君は信用ならないからな」
「分かりましたよ! あたしは外の空気が吸いたくなったので、誰もいない庭園にでも行きます。それなら満足でしょう!?」
あたしはフンと鼻を鳴らして、令嬢にあるまじき大股歩きで庭園へと向かった。




