●31
「あの。店を見て回るのは良いのですけれど、その度にあたしに何かを買い与えるのはやめてもらえませんか」
「何故だ」
「いや何故って、あたしがクライン子爵に貢がせている悪女みたいだからですよ!?」
悪女みたい、か。
浮気をでっちあげる行為は悪女そのものだが、今回の買い物に関しては特に悪女と言うこともないだろう。
「本人が好き好んで貢いでいるのだから別に良いと思うぞ」
「良くないですよ! 町の名誉を回復している間に、町でのあたしの評判が地に堕ちますよ!?」
「そんなことはないだろう」
「あるんです! 恋人でもない男性にドレスやらアクセサリーやらを買わせて回るのは、悪女のやることなんです! 特にジュエリーショップでの散財具合は心配になるほどでしたよ!?」
恋人でもない男性に物品を買わせて回るのは良くない、か。
俺はあまり世間の色恋に詳しくはないが、目当ての令嬢にプレゼント攻撃をする貴族はそこそこいるのではないかと思う。その貴族たちが令嬢と一緒に町を歩きつつプレゼントを購入しているのかどうかは知らないが。
と言うか……恋人でもない男性、か。
エバンズ男爵令嬢が、その点が気になると言うのなら。
「恋人になればいいのか?」
「そういう話をしているのではありません! 貢がないでくださいって話です!」
俺の言葉を聞いたエバンズ男爵令嬢は、ぷんぷんと憤慨している。可愛らしい。
「まあ落ち着け。町の誰も、君のことを悪女だという目では見ていない」
「じゃあどんな目で見ているって言うんですか!」
「俺の婚約者だと思って見ているだろうな」
「こんっ!?」
エバンズ男爵令嬢の動きが止まった。
「急にキツネの真似か」
「違いますよ!?」
再び動き出した彼女は、またぷんぷんとしながら俺に食ってかかった。
「あたしは今、あなたの婚約者だと思われるのは困るんです! 何故ならあたしは絶賛お見合い中なんですから。いつにも増して醜聞は避けないといけないんです!」
「絶賛お見合い中ねえ。戦績は?」
「うぐっ」
エバンズ男爵令嬢がまた固まった。今日の彼女は、固まったり動いたり忙しそうだ。
「今のところはまだ良いお返事をもらってはいませんけれど……こういうのは縁ですから。まだ良い縁と出会えていないだけです!」
「そうか。せいぜい頑張るといい」
「あーっ! クライン子爵、あたしに結婚は無理だと思っていますね!? 見ていてくださいよ。すぐに婚約者を捕まえてみせますから!」
「はいはい」
俺が適当な相槌を返すと、エバンズ男爵令嬢がその場でくるりと回ってみせた。
「あたしってクライン子爵が思っているよりもモテるんですからね!? 美人なんですからね!?」
「その割に見合いは玉砕しまくっているようだが」
「それは……痛いところを的確に突かないでくださいよ!?」
痛いところを突かれたという表現なのだろう。エバンズ男爵令嬢が自身の心臓のあたりを押さえた。
そんな彼女を愉快に思いつつ、俺は今日彼女に話そうと思っていた話題を切り出すことにした。
「話は変わるが、俺は来週末に行なわれる侯爵邸でのパーティーの招待状を受け取っている」
「本当に変わりましたね!?」
「話は変わると言っただろう」
「いや、言いましたけれども!」
「そこで、君にもそのパーティーに参加してほしい。俺のパートナーとして」
本当は侯爵邸でのパーティーになど行く気はなかったが、これはエバンズ男爵令嬢と自分の仲をでっちあげる良い機会だと思い、参加することにしたのだ。
「……クライン子爵は、あたしの話を聞いていましたか? あたしは婚約者を探している最中なんですよ。あなたのパートナーとしてパーティーに出席なんてしたら、何を言われることか」
「婚約者がいるなら不義理かもしれないが、君は今フリーだろう? お見合いで玉砕し続けているのだから」
「玉砕玉砕言わないでくださいよ!? その通りですけれど! でもパーティーへは行けません。お見合いをしているのにクライン子爵のパートナーとして出席なんてしたら『何人もの男を侍らそうとしている淫乱女』みたいな陰口を叩かれかねません」
「陰口を叩きたい人間は、何をしても陰口を叩くだろう」
「そうだとしても、なるべく陰口を言われないように振る舞いたいじゃないですか」
「浮気のでっちあげをしている君は、すでに十分陰口を叩かれていると思うが?」
「うっ……でも、少なくとも、あの行為で同性からは何も言われていません。同性に陰口を言われるような弱みを見せると酷いんですよ。悪口の標的になってしまったら、お茶会が処刑場へと変わるんですから」
エバンズ男爵令嬢が他の令嬢からの陰口を恐れているなんて。少し意外かもしれない。
てっきり彼女は何にも物怖じしない性格なのだと思っていた。俺はまだまだ彼女について知らないことが多いようだ。
「とにかくそういうわけですから。今後のお見合いに響く可能性もありますので、パーティーへの同行は謹んでお断り……」
「ドレスや宝石を貢がせたのに?」
「それはっ! あたしはいらないと言ったのに、あなたが勝手に貢ぎましたよね!?」
「経緯がどうあれ、俺はドレスと宝石を購入し、君の屋敷へ送った。周囲はこの事実をどう解釈するだろうな」
「ぐぬっ」
「パーティーに同行するなら、そのためのドレスと宝石を俺に購入させたことになる。パートナーになってもらう以上、当然の貢ぎ物だ。しかしパーティーに参加もしないのにドレスや宝石を貢がせて回ったと言うのは……どう思う、エバンズ男爵令嬢?」
俺に問われた彼女は、引きつった顔で俺のことを見た。
「まさかあのドレスとアクセサリーは、パーティーに同行させるための布石だったんですか?」
「さて、どうだろうな」
「やり方が汚いですよ!?」
「お褒めいただきどうも」
「……ああもうっ! 参加すればいいんでしょう、参加すれば!」
エバンズ男爵令嬢が地団駄を踏みながらそう言った。




