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別れさせ屋を遂行したら、ひねくれ子爵に囲われました!?  作者: 竹間単
■第一章 対戦相手はひねくれ子爵!

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3/38

●3


 上手いこと別室へ向かったあたしは、濡らしたハンカチでクライン子爵のシャツを叩いて赤ワインの色を抜いていった。


「このくらいなら、きっと綺麗に色が抜けますわ」


「手際が良いな。他人のシャツにワインをかけ慣れているのか?」


「まさか。シャツにシミを残さないように必死なだけですわ」


 あたしがシャツを拭いていると、すぐにワインを持ったカーリーが部屋へとやってきた。


「失礼します。先程、ワインをかけられている子爵を目撃しましたので、子爵の入る部屋を確認した後、二人分のワインを持って再び部屋にやってきました。何故ならシミを抜くのは時間がかかりますので、その間に飲む新たなワインが必要かと思った次第です」


 うん、ものすごい説明ゼリフ。

 さては、カーリーは嘘が吐けないタイプだな?


「そんな気を回す必要はない」


「ローガン様。彼女がせっかく持ってきてくださったのですから、そのような言い方をしなくても……」


 カーリーはどうしようかとオロオロしていたけれど、ここで引き下がって帰るわけにもいかないので、テーブルにワインを置くことにしたようだ。


「ええと、こうして持ってきてしまったので、ワインを飲んでくださると嬉しいです。こちらが子爵の分で、こちらがメイ……そちらの女性の分です」


「ご親切にありがとうございます」


 友人だと知られると共謀を疑われると思ったあたしたちは、お互いに知らない相手のように振る舞った。

 なおカーリーはあたしの名前を言いかけたけれど、大した問題ではないだろう。

 どうせクライン子爵はあたしの名前を覚えてなどいないだろうから。


「ではわたくしはパーティーに戻りますね。子爵が会場にいられない分まで、わたくしが交友を深めておきます。その、男性とではなく、令嬢との交友にはなりますが……」


「勝手にしろ」


「すみません。わたくしごときが子爵の分までなんて、おこがましいですよね」


 しゅんとしてしまったカーリーが不憫になったので、あたしはクライン子爵をやや咎める言葉を口にすることにした。


「大きなお世話かもしれませんけれど、もう少し言い方というものがあるのではないでしょうか」


「彼女が自分の行動をいちいち俺に説明する必要はない。俺に構わず自由に生きたらいい。彼女の人生は彼女のものだ。俺はおかしなことを言っているか?」


 おかしなことは言っていない。言ってはいないが……その考えが「勝手にしろ」の一言で伝わるわけがない!

 ここまでの口下手は初めて見た。


「そういったお考えなら、今のような言い方をすればいいと思いますわ」


「詳しく話すと時間がかかる。その時間があれば、互いにもっと有意義な時間を過ごせる」


 駄目だこりゃ。

 これは婚約破棄を選んで正解よ、カーリー。カーリーならもっと他に良い縁談があるはずだから。


「どうやらローガン様はあなたに時間を無駄にして欲しくないようだから、もうパーティー会場に戻ってくださいな。あとはあたし一人で大丈夫ですから」


「分かりました。よろしくお願い致します」


 カーリーはそう言って頭を下げると、部屋から出て行った。

 部屋に残されたのは、クライン子爵とあたし、それとワイングラスが二つ。


「……はあ」


 どうにもクライン子爵は会話をしているとイラつく相手だ。

 とっととワインを飲んで眠ってもらおう。




「ワインは飲まれないのですか? せっかく持ってきてくれたのですから、飲んだ方が良いのではないでしょうか」


「今は飲みたくない」


「今は飲みたくない、ですか……それでは飲みたくなったらで……」


「そのつもりだ」


 早く眠ってもらおうと思ったのに、クライン子爵がなかなかワインを飲まないため、会話をして場を繋ぐ必要が出てきてしまった。

 たくさん喋って喉が渇いたら、ワインを飲んでくれるだろう。

 そう願うしかない。


「あの女性はローガン様の恋人ですか?」


「恋人ではなく婚約者だ。親が決めた」


「実はあたし、あの方を別のパーティーでもお見かけしたことがあるのですけれど、あの方は確か男爵令嬢ですよね? クライン子爵ならもっと高い地位の女性を狙えるのではないですか? クライン子爵はお顔が整っていますから」


 あたしに褒められてもクライン子爵は眉一つ動かさなかった。見え透いたお世辞だと思っているのだろう。

 確かにクライン子爵は不細工ではないものの、常に眉間にしわが寄っているため、ハンサムと言うよりも険しく怖い顔という印象が強い。

 だから今のはお世辞で間違いはないけれど。


「これまでに何件も婚約の話は出ていた。しかしどの話も顔合わせを終えた途端に、相手から断りの連絡が入ってしまった」


 クライン子爵は不本意そうな顔をしているけれど、当然だ。彼は一緒に生活するとなると問題のありそうな男なのだ。

 初対面のあたしがそう思うのだから、同じように感じた令嬢は多いのだろう。だから断ることの出来る立場の女性なら、この男との婚約は断りたいはずだ。

 この男が公爵家なら誰も断ることが出来ないけれど、彼は子爵家ゆえに断られてきたのだろう。

 そしてついに、婚約を断ることの出来ないだろう彼よりも下の地位である男爵家のカーリーに話が回ってきたのだ。


「先程の令嬢からは断りの連絡が無かった。だから婚約の話を進めている」


 カーリーは立場的に断ることが出来ないだけで、あなたとの婚約を断りたがっているけれどね!

 あたしはその真実を知っているものの、もちろん口には出さない。


「ローガン様は彼女のことをどう思っているのですか? 愛はあるのですか?」


「そんなものは特に無い。男爵令嬢との婚約はこちらにはあまり旨みが無いが、両親の希望だ。早く孫の顔が見たいらしい。相手はさておき、結婚をすること自体は仕事でプラスになるから、俺も了承した」


 クライン子爵の両親は、度重なる婚約のお断りによって、彼が自分より上の地位の令嬢と結婚が出来ないことを理解したのかもしれない。

 それが分かったからこそ、のし上がるための結婚ではなく、彼との結婚を断らずに跡取りを産んでくれる令嬢に狙いを変えた可能性がある。


「結婚には愛があった方が良いですよ。たとえそれが恋愛ではなかったとしても。友愛でも家族愛でも、一緒に過ごす相手には愛を持って接すると上手くいきます」


「余計な忠告をどうも」


 余計な忠告、か。

 この男の性格はこの際もうどうでもいいけれど、早くワインを飲んでくれないだろうか。

 そして早く寝て欲しい。


「婚約者が持ってきてくれたワインを飲むこともまた、愛です。せっかく運んだワインをローガン様が飲んでくださらなかったと知ったら、彼女はきっと悲しみますわ」


「そんなことくらいで悲しむなど、どうかしている」


「女性は花のように脆く壊れやすいものです。どうか彼女の心を踏み潰さないであげてくださいな」


 あたしの言葉を聞いたクライン子爵は、渋々といった様子でカーリーの持ってきたワインを喉に流し込んだ。

 あたしはクライン子爵のシャツの汚れを拭き取りながら、彼の喉仏が動いたことを確認する。


「それより、まだ落ちないのか? 君はシミ抜きが下手なのではないか」


「今、時間をかけてキレイに色を落としておくと、あとで洗濯が楽らしいですよ」


「あとの洗濯は君が気にすることでは……な、い……」


 こうして誰かに使用するのは初めてだけれど、以前試しに自身で飲んだため知っている。

 あの睡眠薬は、即効性が高い。

 クライン子爵は頭に手を当てて今にも意識を飛ばしそうになっている。


「あら、ローガン様。お酒が回ってしまったようですね。あちらのベッドで少しお休みになった方が良いですわ」


「俺は、酒に、強いはず、だが……どうして……」


「彼女が間違えて度数の高いワインを持ってきてしまったのかもしれませんわ。お酒に関してあまり知識の無い令嬢もおりますから」


 クライン子爵を支えながら、ベッドへと案内する。

 強烈な眠気のためか、今のクライン子爵の頭の中からは抵抗するという考えが消えてしまっているらしい。


「さあ、お休みください。ここはそういう使い方もされる部屋ですから。ローガン様が寝ていたところで、誰も咎めはしませんわ」


 実際は盛り上がった男女が使用するためのベッドだけれど、ただ寝るためだけに使ったところで怒る人などいるわけがない。

 あたしがクライン子爵とのでっちあげ既成事実を作るのだから、ただ寝ていただけなんて思われないだろうし。


「シワがつくので楽な服装になりましょうね。ローガン様が寝ている間にシャツのシミを抜いておきますから」


「…………」


 クライン子爵はすでに眠っているようだった。もうあたしにされるがままだ。

 これ幸いとクライン子爵の服を剥ぎ取ると、彼がいつ起きても良いように自身もドレスを脱いだ。

 正直なところ、誘惑するつもりだったからドレスを脱ぐことは想定していなかった。帰りは誰にドレスを着るのを手伝ってもらおうか。



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