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週末のパーティーは、たくさんの貴族が参加する大きな催しだった。
カーリーを見失わないようにぴったりと横に並びながら招待客を眺める。
「メイジー、あの方が婚約者のクライン子爵です」
パーティー会場でカーリーが指し示したのは、見覚えのない男性だった。
そこそこの数のパーティーに出席しているあたしが見たことのない男性というのは、かなり珍しい。
それに、ふむ。前にカーリーが言っていたように、クライン子爵の顔は悪くない。しかしなんだろう。「険しい」という表現が似合う気難しそうな顔だ。
「子爵はパーティーがお嫌いなのです」
「人脈を広げる良い機会なのに。野心の無いタイプなのかしら」
「野心どうこうと言うより、子爵は人間がお嫌いなのだと思います」
人間が嫌いだなんて、今回のターゲットは少々手強いかもしれない。別口からクライン子爵はひねくれ者だという話も聞いていると言うのに、人間嫌いまで追加されるとは。
誘惑しようと思って胸元の開いたセクシーなドレスを着てきたけれど、果たして効果はあるのだろうか。
「今日のあたしって、カーリーから見て魅力的かしら? お世辞はいらないから素直な感想が欲しいわ」
魅力的ではないと言われても今さらどうしようもないのだけれど、不安感からこんなことを聞いてしまった。
するとカーリーはキラキラした目であたしのことを褒め始めた。
「手入れのされた艶々の赤みがかった茶髪に、意志の強いアメジストのような目。長いまつ毛に通った鼻筋。さらにメリハリのある彫刻のような美しいボディライン。それらを彩る華やかなドレスと宝石たち。どこを取っても芸術的です!」
「ありがとう。自分から聞いたことだけれど、そこまで褒められると恥ずかしいわ……カーリーもどこからどう見ても可愛らしい令嬢だから、安心してちょうだい。まるでお花畑を舞う妖精みたいよ。もしもあたしが男なら、即お持ち帰りしちゃうわ」
あたしは自身のバッグを漁ると、あたしの絶賛に照れているカーリーの手に、粉の入った小瓶を握らせた。
「カーリー。先に例の物を渡しておくわね」
「これは……分かりました」
カーリーはあたしから渡された小瓶を、そっと自身のバッグにしまった。
「あたしがワインをかけて子爵を別室に連れて行ったら、新しいワインを二人分持ってきて。あたしには何も入っていないワインを、子爵には睡眠薬の入ったワインを、ね」
「が、頑張ります」
緊張した面持ちのカーリーに笑いかける。
「もちろん、子爵を誘惑できるようあたしも頑張るわ。きちんと誘惑できたら睡眠薬の出番は無いから安心してちょうだい」
カーリーから視線をクライン子爵に向けると、クライン子爵と会話をしていた男性が困惑顔で去って行くところだった。
あの男性は、確かラッセル伯爵。
何度か会話をしたことがあるけれど、コミュニケーション能力が高くて話し上手な人だった。そのラッセル伯爵がすぐに去って行くなんて、クライン子爵はどれほど人間嫌いなのだろう。
そんな人物をあたしに誘惑できるのだろうか。
……って、何もする前から弱気になってどうする!?
案外ああいうタイプはむっつりで、好みの令嬢が話しかけるとデレデレしたりするんだから!
「行ってくるわね」
「頑張ってください、メイジー」
さあ、あたしの虜にしてやろうじゃない! あたしの魅力の前に跪きなさい!!
あたしは自身に気合いを入れると、クライン子爵に近付いた。片手に念のための赤ワインを持ちながら。
「お初にお目にかかります。エバンズ家のメイジーと申します。お隣、よろしいでしょうか?」
「……会場は広い。わざわざ俺の隣に立たなくても、君の立つスペースは他にたくさんある」
目障りだから俺に近付くな、ということか。
さっそく牽制をしてくるとは、人間嫌いのひねくれ者という評価は伊達ではないようだ。
しかしこのメイジー・エバンズ、そんなことで引き下がるものか!
「こんなに広い会場なのに、あなたの隣に立ちたいと思ったのです。この気持ちは何なのでしょう?」
「君の気持ちを、俺が知っているわけがないだろう」
……その通りだけれど、今のは普通ならもっと甘い空気になるセリフのはずなんだけれどなあ!?
この広い会場であなたの隣に立ちたい、なんて言われたらグラッとくるはずなんだけどなあ!?
仕方がない。追撃をかますか。
「実はあたしにはあなたの周りだけ、他と違って色付いて見えたのです」
「俺は幽霊に憑かれているとでも言いたいのか。俺の周りはどんよりと灰色に見えると?」
「そ、そういう意味ではありませんわ。あなたが魅力的だと伝えたかったのです」
「根暗で陰気で顔も怖く、幽霊に憑かれているような俺が魅力的だと? 君は美的感覚が狂っているのではないか?」
幽霊に憑かれているように見えたわけじゃないって言っているのに、なんだその返しは。
たった数ターンの会話で相手をイラつかせるなんて、クライン子爵はある意味で天才かもしれない。人をイラつかせる天才。
そんな才能、いらなすぎる。
「あの、あなたのお名前をお伺いしても?」
あたしは本音を隠して、クライン子爵に微笑みかけた。
「聞いたところで呼ぶ機会など無いと思うぞ」
「それでも魅力的な男性のお名前を知りたいと思うのが、乙女心ですわ」
「ローガン・クライン」
名前を聞いてすぐに、ぱあっと花が咲いたような笑み――少なくとも自分ではそのつもりだ――を見せる。
そして熱っぽい視線を向けながら、彼の名前を口にする。
「ローガン様」
「なんだ?」
「ふふっ。たった今、名前を呼ぶ機会がありましたわ」
「そうか」
決まった!と思ったのに、あまりにも反応が薄い。
けれど、これくらいで挫けるあたしではない!
「ローガン様もあたしの名前を呼んでくださらないでしょうか?」
「俺は君の名前を知らない」
名乗りましたけれど!?!?
どれだけあたしに興味が無かったら、数分前に名乗られた名前を忘れるのだろう。名前どころか名乗られたことすら忘れているし。
この男、失礼過ぎる!
「あたしの名前はメイジー・エバンズですわ、ローガン様。エバンズ男爵家の次女ですの」
「聞いてもいない情報をペラペラと喋るのは、君の癖なのか?」
「初対面の相手と話す際には、自分の身分を明らかにしませんと」
「別にそんなルールは無い。だから二度と軽率に名乗るな」
…………。
ごめん、カーリー。これはちょっと厳しいかもしれない。
どうやって誘惑をすればこの男が乗ってくれるのか、皆目見当も付かない。
そして、きっとカーリーは彼のこういう態度が苦手なのだと理解した。優しいカーリーは彼の機嫌を伺って、気疲れをしてしまうのだろう。
あたしは、少し離れた位置からあたしたちのことを見つめているカーリーに目配せをした。
プランB、クライン子爵にワインをかけて睡眠薬で眠らせる、に変更だ。
「では、あたしはこれで。クライン子爵、お話ししてくださりありがとうございました……きゃっ!」
あたしはその場をあとにしようと歩き出し、すぐに自身のドレスの裾を踏んで転んだ……フリをした。その流れでクライン子爵のシャツにワインをかけるために。
計画通り、ワインは見事にクライン子爵のシャツに大きな模様を作った。
あたしってば、コントロールが良いのかもしれない。
「申し訳ございません! すぐに落とさないとシミになってしまいますわ!」
「だろうな」
「すみません。服を洗いたいのですけれど、どこかの部屋へ案内していただけませんか?」
あたしは手を上げて使用人を呼び寄せた。何度もパーティーで別室へは行っているので、手慣れたものだ。
その際には睡眠薬を盛るプランBではなく、あたしの魅力で誘惑して、だけれど。
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