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「どうしましょう、メイジー」
お茶に誘われたと思ったら、いきなり友人である男爵令嬢のカーリーが悲しそうな声を上げた。
カーリーはあまり泣き言を言うタイプではないため、どうしたのかと飲んでいた紅茶をソーサーにおいて顔を見る。
するとカーリーは悲しそうな声にぴったりの、これまた悲しそうな表情をしていた。
「困りごとがあるの?」
「実はわたくし、とある子爵と婚約の話が出ていまして……」
「あら、おめでとう。でも困りごとということは、その子爵はご老人だったりするのかしら」
貴族令嬢に生まれた以上、政略結婚は覚悟しているけれど、それでもやっぱり見ず知らずの老人に嫁ぐことは遠慮したいのが乙女心だ。
「相手は二十代後半です」
「良い年齢じゃない。それなのに困っていると言うことは、こう、なんと言うか……顔がものすごく不細工とか? 人間は顔ではないとは言うけれど、カッコイイ殿方と結婚したいと思うのが本心だわ」
「いいえ、お顔は整っていました。キラキラした感じではなく、年齢よりも渋めのお顔ではありましたが。ですが、その、性格が……」
なるほど。
信じられないほど性格の悪い貴族は、社交界で嫌と言うほど見てきた。そんな人間と結婚をして毎日顔を合わせるなんて、苦痛以外の何物でもないだろう。
「ですがわたくしはしょせん、男爵令嬢ですので、こちらからお断りは出来なくて。わたくし自身が、ものすごく器量が良ければそれもアリなのかもしれませんが、わたくしはこの通り普通ですので……」
「カーリーは可愛いじゃない。性格だってすごく良いわ」
「ありがとうございます。ですがとてもわたくしからはお断りできません。そんな度胸はありませんもの。相手の家門には特に悪いうわさもありませんし」
「あー、家門がクリーンなのが裏目に出ちゃったパターンね。それはお断りしづらいかも」
それにカーリーは優しいし思いやりにあふれているけれど、気の弱いところがある。
そんなカーリーが理由もなく自分から婚約破棄を言い出すのは難しいのだろう。
「それであたしを頼りたいのね」
「はい。メイジーは、婚約破棄をしたい令嬢の手伝いをしてくれるのですよね?」
「別れさせ屋をするかどうかは、令嬢の話を聞いてから決めているんだけれど、カーリーの頼みならもちろん引き受けるわ」
「本当ですか!?」
カーリーは喜びのあまり、テーブルから身を乗り出した。ティーカップがカチャリと音を鳴らす。
こんなに喜ぶなんて、カーリーはよほどその子爵との婚約に頭を悩ませていたのだろう。
「直近でお相手の子爵が参加するのは、どのパーティーかしら」
「今週末、公爵邸で行なわれるパーティーです。子爵は元子爵夫人にパーティーに出るよう命じられているので、参加するはずです。ですが本人は行きたくないようだったので、当日は不機嫌だと思います」
ターゲットが当日不機嫌なことが確定しているのか。
気が重いけれど、カーリーの頼みを断るわけにはいかない。
「それなら、あたしがそのパーティーで子爵を誘惑するわ。いわゆるハニートラップね。そして子爵とあたしが浮気をしているところを、カーリーが目撃する。そうすればカーリーから婚約破棄を言い出しても大きな問題にはならないはずよ」
妾を持つ貴族は多いから子爵に開き直られる可能性もあるけれど、妾や浮気の件で婚約が解消になる例はまれにある。相手に妾がいたとて、家同士の繋がりを考えて妾くらい許容しろと親から圧力をかけられる令嬢が多いけれど、カーリーは家族に大事にされている様子だからきっと大丈夫。
それにカーリーは可愛いし性格も良いため、今回の婚約を解消したところですぐに次の婚約の話が決まるはずだ。だから両親ともその子爵一人に執着することはないだろう。たぶん。
「問題はカーリーが婚約解消を言い出せるかだけれど……言えそうかしら?」
「平気です。さすがに浮気現場をこの目で見たら、気弱なわたくしでも婚約破棄を言い出せると思います」
分かっているとは思うけれど、一応釘を刺しておく。
「浮気と言っても、浮気をするフリだからね。あたしが本当にその子爵とどうこうなるつもりはないから、そこのところよろしくね」
「二人がどうこうなる前の、早い段階で浮気を目撃すればいいのですよね?」
「そう。子爵がその気になっていた場合は、早めに目撃しに来てね」
カーリーは頷きつつも、少し不安そうな顔をしている。
「どうかした?」
「ええと……メイジーはすごく魅力的だとは思うのですが、もしも子爵が誘惑されなかった場合はどうすればいいのでしょうか。子爵は誘惑されている姿が想像できないような真面目なタイプですので……」
カーリーは、あたしが傷付かないように気を遣いながら質問をした。
「その場合は子爵のシャツにワインをかけて別室へ連れて行って、そこで睡眠薬入りのワインを飲ませるわ」
「睡眠薬を飲ませてどうするのです?」
恐る恐る尋ねたカーリーに、口の端を上げながら答える。
「子爵をベッドに寝かせて服を脱がせて、あたしも薄着になって隣に寝転ぶわ。その状況なら、あたしに何かをした記憶が無くても言い逃れは出来ないでしょう?」
「メイジーって……悪女ですね」
「悩める令嬢の味方と言ってちょうだい」
さあ、久しぶりの仕事だ。
腕が鳴る!
* * *
あたし、メイジー・エバンズは、男爵家の次女として生まれた。
あたしたちは大きな問題も無く平和に過ごしていたものの、エバンズ家の長女であり器量の良いお姉様は、とある侯爵に見初められて早くに嫁いでいった。
しかし嫁いだお姉様を待っていたのは、苦難の日々だった。
侯爵はすでに二人の妻がいるにもかかわらず、女好きで浮気が絶えず、もちろん妾もおり、さらにはお酒を飲むと暴力を振るう人だったのだ。
後から聞いた話だけれど、お姉様は結婚前に侯爵の人となりを令嬢たちのうわさで聞いていて、本当は侯爵とは結婚したくなかったそうだ。
しかしただの男爵令嬢であるお姉様が侯爵相手にそんなことを言えるはずもなく、結婚の末に辛い日々を過ごすことになってしまった。
あたしは、お姉様のように不幸な結婚をする令嬢を減らしたい。
その想いで「別れさせ屋」をやっている。
別れさせ屋と言っても、もちろん公に仕事として行なっているわけではない。悩める令嬢とだけ、こっそりやりとりをしている。お茶会で悩んでいる令嬢を見つけては、内密に話を持ちかけるのだ。
幸いあたしは外見が良いので、今のところはすべての依頼を成功させている。自分の才能が怖いくらいだ。
「メイジー、今夜のパーティーで良い男を射止めて来るんだぞ」
屋敷に帰ると、お父様がお馴染みのセリフを述べた。
「お父様。そのセリフは聞き飽きましたわ」
「聞き飽きるほどパーティーへ行っても、お前が誰も射止められないからだろう。お前は姉と同じように美しい外見なのに何故だ。まさかパーティーで本性を露わにしているのではないだろうな!?」
お父様が失礼なことを言ってきた。
これではまるで、あたしの性格が悪いみたいだ。
「メイジー、パーティーの間くらいは本性を隠せないかしら。それとも内面の醜さが顔ににじみ出てしまっているのかしら。次からはもう少しお化粧を濃くした方が良いかもしれないわね」
お母様まで、なんてことを言うのだ。
確かにあたしはちょっとだけ気が強いけれど、決して性格が悪いわけではない。悪いわけではない、はずだ。
…………。
カーリーと比べると、ちょっとだけは悪いかもしれないけれど。




