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「クライン子爵、エバンズ男爵令嬢を狙うのはやめちゃったんですかー?」
あのパーティーから数日が経った頃、ゴシップ好きの部下、ブライアンが俺に質問をしてきた。
はて。ブライアンに、俺がエバンズ男爵令嬢とのでっちあげ既成事実を作ろうと考えている話をしただろうか。まだ何も伝えてはいないはずなのだが……。
「どうしてお前から、俺がエバンズ男爵令嬢を狙っているなんて話が出てくるんだ」
ブライアンにこの類の話をした記憶が無かったので本人に直接尋ねると、ブライアンが不思議そうに首を傾げた。
「だって一緒にパーティーに出席してましたよね? それに二人で町祭りに行ってたことも知ってますよ。彼女を子爵邸に呼んだこともあるみたいですし。これで狙ってないって言うのは無理があると思いますよー?」
これらの情報を得たブライアンは、俺がエバンズ男爵令嬢を狙っていると考えたわけか。
そうだとしたら、エバンズ男爵令嬢を連れ回すことで周囲に彼女を俺の交際相手だと思わせる作戦は上手くいきそうだ。
ただしブライアンは彼女が俺の交際相手とまでは思ってくれていないようだから、連れ回した先でもっと彼女と親密そうにする必要はあるかもしれないが。
「ちなみに、その話は広くうわさになっているのか?」
「どうでしょうねー? 僕は他の人よりもゴシップネタを仕入れるのが早いので、他の人は僕の数歩後ろを歩いてるんじゃないですかねー?」
「お前以外はまだ、でっちあげ既成事実に辿り着いてもいないのか」
「でっちあげ既成事実?」
「こっちの話だ」
これまでは周囲に見せつけるつもりでエバンズ男爵令嬢と接していたわけではないから、知られていなくても仕方がないのかもしれない。
これからはパーティーでは常に彼女の隣を陣取り、町を歩くときは変装をせずに堂々と二人で買い物をして町民に目撃してもらうべきだろう。
「……で、どうして俺が彼女を狙うことをやめたという話になっている?」
ふと先程のブライアンのセリフを思い出し、質問をする。
先程ブライアンは「エバンズ男爵令嬢を狙うのはやめちゃったんですか?」と述べた。
ブライアンが見たと言っていたものの中に、俺がエバンズ男爵令嬢を諦めたと思うような情報が無いにもかかわらず、だ。
俺の質問を聞いたブライアンは、また首を傾げつつ、こう述べた。
「だってエバンズ男爵令嬢が伴侶探しをしてるようなので。クライン子爵と良い感じなら、そんなことはしないでしょう?」
「伴侶探し!?」
勢いよく椅子から立ち上がった俺の姿を見て、ブライアンは目をぱちくりとさせた。まさか俺がこの情報を知らないとは思わなかった、という顔だ。
「クライン子爵はてっきりご存じなのだと思ってました。エバンズ男爵令嬢のご両親が、方々で娘の見合い相手を探してるらしいですよー」
「知らなかった……」
今度はがくりと椅子に座る。
まさかこの数日の間にそんなことになっていたなんて。
……いや、どうだろう。俺が知らなかっただけで、エバンズ男爵令嬢はずっと前から見合いをしていたのだろうか。俺以外の男と。
「エバンズ男爵令嬢は気の強い性格だって話ですけど、面食いが相手なら結婚できる気がするんですよねー。だって綺麗ですもん、彼女。まあ僕は朗らかで優しい人がタイプなので、ごめんなさいですけどー」
「見合い相手が面食いの男なら、結婚できる?」
俺がそう呟くと、ブライアンが元気良く頷いた。
「出来るでしょうね。今まではパーティーで婚約者を探して玉砕してたらしいですけど、お見合いとパーティーは別物ですからねー」
「見合いとパーティーが別物だとして。これまで玉砕していたなら、これからもそうなのではないか?」
俺の希望を込めた言葉に、ブライアンは首を横に振った。
「そもそもお見合いは、エバンズ男爵令嬢との結婚を考えても良いと思ってる家門や個人とするものですからねー。ただその場に居合わせただけのパーティー参加者とは違いますよ」
「見合いなら、すぐに相手が見つかる……」
「すぐかどうかは分かりませんけど、見つかるとは思いますよー。彼女の家の爵位を考えると、そんなにすごい相手ではないかもしれませんけどね。とはいえ売れ残ることはないでしょうねー」
エバンズ男爵令嬢が見合いをしている。そして近い将来、彼女は見合いで婚約者を得ることになる。
婚約者が決まってしまったら、俺が婚約者であるかのように振る舞うことは出来ない。当然、本物の婚約者になることも出来ない。
「うーーーむ…………」
無意識に俯きながら唸っていた俺は、良いことを思いついて、がばっと顔を上げた。
「うわっ、ビックリした」
俺の急な動きに驚いたらしいブライアンが目を見開いた。
「どうかしたんですか?」
「なあ、ブライアン。これは仕事ではないのだが」
当たり前だが、エバンズ男爵令嬢とのことは業務外のプライベートな話だ。だからブライアンに頼むのは気が引けるが……いや実際はそれほど気が引けないかもしれない。上司の役目とはいえ業務上でブライアンの尻拭いを何度もしているから、そのお返しとしてブライアンは俺のために動いてくれても良いはずだ。
とにかく、俺はブライアンに頼みたいことがあるのだ。
「エバンズ男爵令嬢がいつどこで誰と見合いをする予定なのか、調べることは可能か?」
「そんな個人情報は、いくら僕でも調べられません」
「そう、だよな」
恩返しをする気があろうとなかろうと、不可能を可能にすることは出来ない。
さすがにこれは諦めるしかないか。
俺がそう思って話を打ち切ろうとすると、ブライアンが何やら物欲しそうな顔で俺を見つめていることに気付いた。
「どうかしたのか?」
「クライン子爵。調べられないと言うのは、不可能という意味ではありませんよ。ほら、勝手に人様のお見合い情報を調べるのは倫理観に反すると言いますかー」
「……何が言いたい」
「もしも高級ワインが手に入るのなら、僕の倫理観を心の奥底に押しやることも可能です。一件の見逃しも無く、すべての見合い情報を得ることが出来るでしょうねー」
「報酬をくれ、と言うことか。そして報酬をくれるなら倫理観を捻じ曲げる、と。とんだ倫理観だな」
「高級ワインを貰ったら、僕の倫理観よりも、クライン子爵の役に立ちたいという想いが強くなるという話ですよー。倫理観すら超える忠誠心、みたいな? ああ。高級ワインさえあれば、クライン子爵の役に立てるんですけどねー」
ワインを貰わなくても役に立ちたいと思ってくれよ、と感じたが、今の話を無かったことにされても困るので、俺は了承の意を示すことにした。




