●28
「俺が何も言わなくても、ラッセル伯爵が君のことを他の貴族たちに伝えるだろう。君に騙されたせいで婚約破棄をされた、とな」
「彼は何も言いませんよ。貴族女性との失敗談なんて、他の貴族に伝えても何の得にもなりませんから。むしろ弱みになりかねません。そういうの、男性は嫌うでしょう?」
「……まあな」
実際のところ、エバンズ男爵令嬢の言う通り、ラッセル伯爵の口から今回の件が漏れる可能性は低いのかもしれない。ラッセル伯爵がエバンズ男爵令嬢や俺、それに婚約者の令嬢に過度の恨みを抱いていなければ。
そうか。だからこそエバンズ男爵令嬢はこのようなことをこれまで続けることが出来ていたのか。困ったものだ。
「……助けてくれたことには感謝をしていますけれど、クライン子爵にあたしの行動を制限する権利は無いと思います」
「なんだと」
「あなたとあたしは、しょせん他人じゃないですか」
またもやエバンズ男爵令嬢が突き放した言い方をした。
その通り、エバンズ男爵令嬢と俺は、他人だ。
そしてエバンズ男爵令嬢は、他人の言うことを聞くような性格ではない。
平民の姿で町祭りクイーンになったとき、町には近付くなと忠告をしたのに、聞きはしなかった。きっと今回も、俺の忠告など聞くつもりはないのだろう。俺の忠告を聞かずに、これからも同じような危険な真似を続けるつもりなのだ。
「……よく分かった」
今の状態では、俺はエバンズ男爵令嬢の危ない行為を止めることが出来ない。
そのことが、よく分かった。
「今夜はもう帰るぞ」
「お好きにどうぞ」
「どうぞじゃない。君も一緒に帰るんだ」
「だから、クライン子爵にあたしの行動を制限する権利はありませんってば」
確かにそうだ。だがそれなら、俺だって勝手に行動させてもらう。
「では、俺は君が帰るまで、君のことを見張っていることにする」
「見張る!? やめてくださいよ!」
「俺に君の行動を制限する権利が無いように、君にも俺の行動を制限する権利は無いはずだが?」
しばらく俺と見つめ合ったエバンズ男爵令嬢は、俺が本気で彼女のことを見張るつもりだと察したのだろう。渋々ながら、俺の提案を承諾した。
「あたし、今夜はもう屋敷に帰ることにします」
「賢明な判断だ」
* * *
馬車の中で、俺たちに会話は無かった。
エバンズ男爵令嬢がどういうつもりで無言だったのかは分からないが、少なくとも俺は会話をする暇が無いくらい頭の中で様々な考えを巡らせていたからだ。ゆえに無言にならざるを得なかった。俺は考えごとをしながら、まったく別の会話が出来るほど器用ではないのだ。
エバンズ男爵令嬢は他人にどのような注意をされても、従順に言うことを聞くような性格ではない。きっとこれからもあの危険な行為を続けるつもりなのだろう。
しかし今の俺には、彼女にあの行為をやめさせる力は無い。彼女と俺はただの他人だから。
それなら……俺がエバンズ男爵令嬢にとって、他人ではなくなればいい!
さすがのエバンズ男爵令嬢も、親しい間柄の人物からの忠告には耳を貸すだろう。
そして俺がなることの可能な親しい間柄は……彼女の婚約者だ。そこまで行かずとも交際相手になれたら、親しい間柄認定をされるに違いない。
それに彼女の交際相手になる利点は、彼女に忠告を聞いてもらうことだけではない。
俺が彼女の交際相手になったら、周りが俺に気を遣って彼女の誘いに乗ろうとはしなくなるはずだ。交際相手のいる女性とどうこうなること自体に忌避感のある男もいる。
俺と彼女が交際をすれば、あの危険な行為は成立しなくなるのだ。
問題は、どうすればエバンズ男爵令嬢の交際相手になれるのか、だ。
正面から向かっていったところで、エバンズ男爵令嬢が俺との交際を了承するとは思えない。
では、どうするか。
簡単なことだ。
周りに、エバンズ男爵令嬢が俺と交際していると認識させればいい。実際に交際をする必要は無い。そう思わせるだけで十分だ。
この方法ではエバンズ男爵令嬢と親しい間柄になって忠告を聞いてもらうプランは成立しない。しかし周囲が彼女の誘いに乗らなくなれば、自動的に危険な行為が実行不可能になる。
周囲に俺と交際していると思われるなんてエバンズ男爵令嬢は嫌がるだろうが、このままあの行為を続けていたらいつか彼女は不幸になる。それよりは多少俺とのうわさが立つ方がまだマシなはずだ。
よし。そうと決まれば、今後はエバンズ男爵令嬢が俺と良い関係であることを匂わせて、周りの貴族たちを牽制しよう。様々なパーティーに彼女をパートナーとして連れ回せば、自然と周りは彼女と俺の関係を勘ぐってくれるだろう。
それに、そうだ。
平民の中にだって彼女を狙う輩がいるかもしれない。そういう人たちを牽制するために、町祭りクイーンになったのは俺の恋人だと町でうわさを流してもらおう。ゴシップ好きの部下に頼めば、すぐにでもうわさを流してくれるはずだ。その上で彼女と一緒に町を歩けば、うわさの信憑性が上がるに違いない。
エバンズ男爵令嬢がでっちあげの既成事実を作って俺をハメたように、今度は俺がでっちあげの既成事実を作ってしまおう。
勝手に俺の交際相手扱いされる彼女は可哀想だが、自分のやったことが返ってきただけなのだから、因果応報というものだ。
さあ、これから忙しくなるぞ。




