●27
しばらく廊下を歩いていると、令嬢がとある扉の前で止まった。この部屋が目的の場所なのだろう。
俺はドアノブに手をかけると、勢いよくドアを開けた。
「ここか!?!?」
「お客様、勝手に部屋に入られては困ります!」
「お待ちください、クライン子爵!」
いきなり扉を開けた俺を見た警備兵が、叫びながら走ってくる。
すぐ隣にいた令嬢も、俺がいきなり扉を開けるとは思わなかったのか、焦った声を出した。どうでもいいことではあるが、どうやら令嬢は俺が誰であるのかに気付いていたらしい。
しかし俺は二人の制止を無視して、部屋の中へと入る。
すると部屋の奥のベッドに、深い青色のドレスとそのドレスに跨る男の姿が見えた。
深い青色。あのドレスはエバンズ男爵令嬢に贈った……。
血の気の引く感覚を抱えながら急いでベッドに駆け寄ると、そこには探していた人物がいた。
「ク、クライン子爵……?」
「彼女から離れろ!」
エバンズ男爵令嬢に跨るラッセル伯爵を、力まかせに引き剥がす。
いきなり現れた来訪者に後ろへと引っ張られたラッセル伯爵は、何が何だか分からないと言った表情でベッドから降りて床に足を付いた。
「お前、何を」
いきなり部屋に入ってきた無法者である俺のことをラッセル伯爵が糾弾しようとしたが、それは叶わなかった。扉の前にいた令嬢が叫んだからだ。
「キャーッ、ラッセル伯爵!? 何をしているのですか! わたくしと言う者がありながら!」
「これは、その……」
「ラッセル伯爵の浮気者! 婚約は破棄させて頂きます! わたくしは妾や浮気には反対ですの!」
このセリフから察するに、どうやらあの令嬢はラッセル伯爵の婚約者だったらしい。
つまり修羅場と言うことだ。
「待ってくれ。これはただの気の迷いだったんだ! 僕が好きなのは君だけだよ!」
「信じられませんわ!」
扉の前から去っていく令嬢を、ラッセル伯爵が急いで追いかけた。
どうするべきか迷っていた警備兵は、俺たちに一礼すると、彼女たちを追いかけることに決めたようだった。
「あの、危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」
皆が去り静かになった部屋で、エバンズ男爵令嬢が頭を下げた。
彼女の座るベッドを見下ろしながら、静かに聞く。
「君はいつもこのようなことをしているのか」
「このようなことって……」
このようなことは、このようなことだ。
先程の令嬢は、婚約者がエバンズ男爵令嬢と浮気をしていることを知っているようだった。二人の入った部屋も把握していたし、衝撃的なはずの光景を見てもさほど驚いていない様子だった。
俺とカーリー嬢のときとそっくりだ。
「俺のときとは違って、今回は睡眠薬を盛らなかったようだがな」
「……知っていたのですか?」
知っているとは「俺がラッセル伯爵と同じように罠にハメられたこと」に関してだろうか。
それなら、ずっと前から知っていた。
だからこそ自分があのような画策をさせるほどカーリー嬢を悩ませていたのかと落ち込んだのだ。
きっと今回もエバンズ男爵令嬢は先程の令嬢に婚約破棄の手伝いを頼まれて、このような行為に及んだのだろう。先程の令嬢とエバンズ男爵令嬢の関係性は分からないが、状況から考えるとそうとしか思えない。
「あの令嬢に頼まれたのか? あとから入ってきた彼女に」
「……あなたには関係の無いことです」
関係無い、か。
そう言われてしまうと何も言い返すことが出来ない。俺たちは夫婦でもなければ婚約者でもない、ただの他人なのだから。
そのことが、歯痒い。
「まったく、君には呆れる」
「どうぞ、勝手に呆れてください」
俺はふて腐れたようなエバンズ男爵令嬢の両肩を掴み、しっかりと目を見て伝える。
「もうこんな真似はするな。婚約破棄をされた貴族に恨まれる可能性だってあるんだぞ!?」
「恨まれると言う話をするなら、ラッセル伯爵をあのように扱ったクライン子爵だって恨まれる可能性があります」
「俺のことはどうでもいい。今は君の話をしているのだ。どうしてこんなことをする!?」
このようなことを続けていたら、いつ誰に恨まれてもおかしくない。
恨まれた結果が良い未来に繋がっていないことくらい、簡単に想像が出来るだろうに。
「今さっき言ったでしょう。あなたには関係の無いことです」
「はあ!? 今回は間に合ったから良かったものの、こんなことを続けていたら、いつか本当に手遅れになるぞ! 好きでもない相手と最後までする覚悟が君にあるのか!?」
「…………」
エバンズ男爵令嬢は、どうあっても俺に事情を説明するつもりは無いらしい。
俺がエバンズ男爵令嬢から聞いた事情を他人に吹聴したら二度とこのようなことが出来なくなるから言えない、といったところだろうか。
馬鹿げている。こんな目に遭ってまで、同じことを続けようとしているなんて。




