●26
すぐに追いかけようとしたが、周りにいる令嬢たちのせいで、なかなか二人を追いかけられない。
やっと令嬢たちをかき分けて二人の出て行った扉を開けた頃には、すでに廊下に二人の姿は無かった。
「いや、これでいいんだろ。俺は彼女を、俺のような陰気な男から解放しようと思っていたわけだし……でも、彼女が男と別室へ行く意味を分かっていないとしたら……?」
エバンズ男爵令嬢の腰に手を回していたことから考えても、ラッセル伯爵は確実にそのつもりで彼女を別室に誘っている。
エバンズ男爵令嬢は細身の女性だ。部屋に行ってから事態に気付いた彼女が抵抗をしようとしても、男であるラッセル伯爵に勝てるとは思えない。
助けに入るべきだろうか?
……いやいや、エバンズ男爵令嬢はもう大人だ。すべてを理解した上でラッセル伯爵について行ったのかもしれない。
そうだ。以前俺を罠にハメたときの様子から考えて、エバンズ男爵令嬢はパーティーの別室で何が行なわれるのかを知っている。理解しているからこそ、俺をあの罠にハメたのだ。
しかし理解をしていたとして、それで何が変わるだろう。
別室で行なわれることを理解していることで、彼女の腕力が強くなるわけではない。ラッセル伯爵にろくな抵抗が出来ないという点は同じだ。
……待て。理解をした上で部屋について行ったのなら、そもそも抵抗をしようとは考えないかもしれない。ついて行ったということは、エバンズ男爵令嬢もラッセル伯爵と良い関係になることを望んでいるのだから。
その場合、俺が様子を見に行くのは余計なお世話すぎる。
「余計なお世話を焼いたらエバンズ男爵令嬢に嫌われる……」
ちょっと待て。俺が嫌われるから何だと言うのだ!?
俺の杞憂だったならそれでいいではないか。エバンズ男爵令嬢が危機に陥っていないと言うことなのだから。
それよりも、余計なお世話かもしれないと考えて何もしなかった結果、エバンズ男爵令嬢が傷付くことの方が何倍も恐ろしい。
エバンズ男爵令嬢の身を案じるなら、嫌われることを覚悟で行動するべきだ!
「今さっき会場から出た男女がどの部屋に入ったか教えろ! 女性は深い青色のドレスを着用している!」
俺は焦りながら廊下にいた警備兵に尋ねた。尋ねたと言うか、怒鳴った。
しかし警備兵は、プライベートなことは教えられないと言うばかりだった。
「令嬢が悪い男に騙されたかもしれないんだ! 彼の口車に乗ってしまった可能性がある!」
「……はあ。申し訳ありませんが、あなたの言葉を信じるに値する根拠がございません。少なくとも会場から出てきた男女で、片方が泥酔していたり、ましてや強引に部屋に連れ込まれる光景は目撃しておりません。双方合意の上なのではないでしょうか」
何度も詰め寄った結果、警備兵が困ったように告げた。
しかし強引に連れ込まれていないから何だと言うのだ。そんなものではエバンズ男爵令嬢がラッセル伯爵の口八丁に騙された可能性は否定できない。
俺は諦めずに警備兵に質問を繰り返した。今のところこの警備兵の口を割らせるしか、エバンズ男爵令嬢の入った部屋を特定する方法が無いからだ。
「同意の上かどうかを見分ける目が君に備わっているとでも言うのか!?」
「いえ、ただ無理矢理に見えるお客様はいませんでしたので」
「それは君の主観だろう!?」
そうやって俺たちが言い合いをしていると、会場から一人の令嬢が廊下に顔を出した。
「どうかされたのですか?」
「俺の連れが部屋に連れ込まれたから、どの部屋に入ったか教えてもらおうとしているだけだ」
「警備兵の方の言葉を信じるなら、無理やり連れ込まれた人間はいないのですわよね? それならあなたのお連れ様はご自分の意志で部屋に向かったことになりますわ。お連れ様が自ら部屋に向かったのなら、問題は無いのではありませんこと?」
この令嬢は俺たちの会話を盗み聞きしていたらしい。
警備兵が、もっと言ってやれ、という目で令嬢を見つめた。
しかし俺は引き下がらない。
「問題が無いかどうかは俺がこの目で確認する!」
今度は令嬢が俺の傍らに立つ警備兵を見つめる。すると警備兵は静かに首を横に振った。何を言っても俺が意見を変えなくて困っている、というジェスチャーだろう。
「失礼ですが、お連れ様のお名前は?」
「エバンズ男爵令嬢だ」
「……ご心配なさらなくても、このパーティーには身分のしっかりとした方しか参加されていないはずですわ」
「身分なんかどうでもいい! 君は、自分の連れが他の者に取られても平気なのか!?」
そう言って俺が怒鳴ると、令嬢の表情が一変した。もしかすると彼女は痴情のもつれで苦い経験があるのかもしれない。
数秒後、令嬢は意を決したように口を開いた。
「分かりましたわ。二人の入った部屋ならわたくしが知っていますので、どうか騒がないでくださいませ。騒ぎに気付かれると、困ったことになるのです」
「知っている!? エバンズ男爵令嬢はどこにいるんだ!?」
俺は詰め寄る相手を、警備兵から令嬢へと変更した。部屋の場所さえ分かるのなら、詰め寄る相手は誰でもいい。
しかし令嬢は俺に詰め寄られても涼やかな顔で、人差し指を自身の口元に当てた。
「ですから、騒がないでください。静かにしてくださるのなら、二人の入った部屋をお教えしましょう」
感情にまかせて無理にでも部屋を聞き出したかったが、どうやらそれは逆効果のようだ。
俺は何度か大きく深呼吸をしてから、なるべく声を抑えるように心がけつつ言葉を紡ぐ。
「二人の入った部屋を教えてくれ。部屋の前までは、黙って移動することを約束する」
「……二人で別室にいるだけでも、浮気の証拠としては十分でしょう。では、わたくしについて来てくださいませ」
令嬢は何やら自分を納得させながら歩き出した。
俺は言われた通り、黙って彼女のあとについて行く。
緊急事態かもしれないのに、コツコツとヒールの音をさせながら歩く彼女の足取りはゆっくりとしている。
「……令嬢。ぶしつけなお願いではありますが、走ってはいただけませんか?」
優雅に歩く令嬢に焦れてそう言うと、令嬢は先程と同じように自身の唇に人差し指を当てた。
「黙って移動をする約束でしょう?」
「…………」
反論したかったが、この令嬢の機嫌を損ねたら二人の入った部屋を特定する方法が無くなってしまう。ここは彼女に従うしかない。
俺はじれったい思いを抱えながら令嬢の隣を歩いた。
ああ。どうか、間に合ってくれ……!
* * *




