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(1)
「ごきげんよう、クライン子爵」
「……どうも」
パーティーの日、ドレスを着たエバンズ男爵令嬢を見て息を飲んだ。
彼女はいつも美しいが、今日はいつもとは美しさの系統が違って見える。飾り立てた美ではなく、元から持っている美しさが前面に出てきたような自然な美しさだ。
ドレスも宝石も、彼女の持つ本来の美しさを際立たせるための脇役に過ぎない。しかしその脇役が彼女の美しさを底上げしている。何とも不思議なバランスだ。
「…………」
エバンズ男爵令嬢を馬車に乗せたはいいものの、彼女があまりにも美しいため、何を話せばいいのか分からなくなってしまった。
こんなつまらない男と一緒に馬車に乗ることは、きっと彼女にとって苦痛だろう。
しかし申し訳ないが、しばらくは我慢をしてもらわないとならない。
せめてパーティー会場に到着したら、彼女をつまらない陰気な俺から解放してあげなければ。
「あの、町祭りクイーンコンテストのことですけれど」
黙り込む俺に、エバンズ男爵令嬢が声をかけた。
「平民がクイーンになるとさらわれる可能性が高いのだと聞きました。あの日のあたしは平民の装いをしていたので、クライン子爵はあたしのことを心配して家に帰してくださったのですよね?」
「その話をどこで?」
平民の町祭りクイーンが誘拐されやすい件は、エバンズ男爵令嬢には伝えていない。彼女を怖がらせたくはなかったからだ。
普段の彼女は貴族令嬢だし、彼女の屋敷は町から遠い。祭りの間あの町から離れ、そのまましばらくあの町に近付かなければ、みんなの頭から町祭りクイーンの記憶が薄れる。そうなれば心配はいらないと思ったのだ。
「実はあのあと町に行きまして……貴族令嬢の装いで侍女を連れて行きましたので、ご心配には及びません」
「町には近付くなと言ったのに」
エバンズ男爵令嬢は他人の忠告を聞かないタイプの人間なのか?
まるで母のようだ。
もしかして母は、エバンズ男爵令嬢に自分と似たものを感じたから気に入ったのだろうか。
……今、母のことはどうでもいい。
とにもかくにも、エバンズ男爵令嬢は厄介な女性のようだ。
「『近付くな』ではなく『あまり近付くな』です。だから町に近付いたのは、あの一回だけです。一回だけなら、あまり近付くなという言葉を守っているでしょう?」
「君は屁理屈を並べる子どもか」
「子どもは屁理屈を並べませんよ」
「ほら、また」
俺に指摘されたエバンズ男爵令嬢は、バツの悪そうな表情になった。
「ええと、何が言いたいのかと言うと……ありがとうございます。あたしを気遣ってくれたことに感謝します」
厄介なエバンズ男爵令嬢が、素直に礼を述べたことに驚いた。
どうやら厄介な彼女でも、恩を感じた際にはきちんと礼を言う素直さは持ち合わせているらしい。
「お礼と言うわけではないですけれど、良かったら今度手作りのお菓子を贈らさせてください。この前試しにリンゴジャムを使ったクッキーを作ってみたら上手に出来たので、是非」
もしかしてエバンズ男爵令嬢は、前に俺がリンゴが好きだと言ったことを覚えてくれているのか!?
……いや、まさか。さすがに都合よく考え過ぎだろう。リンゴジャムはどこにでもあるジャムだ。偶然クッキーに使用したら美味しかったというだけの話に違いない。
「それでは今度、クッキーを作って持って行きますね。店で売られているものと比べると劣るでしょうけれど」
「問題ない」
エバンズ男爵令嬢の作ったクッキーなら、たとえ黒炭であろうとも美味しく食べることが出来る。
……ああ。自分でも呆れるほどに、俺は彼女に惚れている。彼女が厄介な女性だと分かっているのに、難儀なことだ。
* * *
パーティー会場に到着すると、すぐに令嬢たちが近寄ってきた。
もともと会場に到着したらエバンズ男爵令嬢のことは俺から解放して自由にしてあげようと思ってはいたものの、俺がそうするまでもなく自然と彼女とは離れることになってしまった。
俺の周りに集まった令嬢たちは、「子爵が愛する相手には甘いといううわさは本当ですか?」だの「贈り物をするのが好きなのですよね?」だの「まだ婚約はしていないから私にもチャンスはありますよね?」だの、どうでもいい話ばかりを振ってくる。
どうでもいいから曖昧に頷いておく。仕事上の取引とは違ってこのような会話に適当な相槌を打っても、大きな損失など出ないと判断したからだ。
俺の相槌を受けた令嬢たちは一層俺に話を振ってきたが、すべての会話に雑な相槌を打つ。
「……ん?」
ふと会場内を見ると、俺が令嬢たちの対応に追われている間に、エバンズ男爵令嬢が一人の貴族に近付いていた。
確かあれはラッセル伯爵だ。コミュニケーション能力が高く、男女ともに人気のある貴族らしい。俺も話したことがある。
しかし俺と話した際には割とすぐに会話が終わったような気がするのだが。あれは相手が俺だからで、俺以外が会話相手の場合はああではないのだろうか。
その仮説を裏付けるように、エバンズ男爵令嬢はラッセル伯爵と楽しく会話をしているようだ。
「なぜ……」
彼女は俺ではなく、ラッセル伯爵と楽しそうにお喋りをしているのだろう。今日は俺と一緒にパーティーに参加をしたはずなのに。
会場内で彼女を解放するつもりだったものの、彼女が他の男との会話に興じるなんて予想していなかった。てっきりどこかの令嬢と話すものだと思っていた。女性同士で話してくれるものだとばかり……。
心が狭いとは思うが、エバンズ男爵令嬢が俺以外の男と楽しそうにしているだけで、胸のあたりがムカムカとしてきた。
俺の周りでは令嬢たちが何かをさえずっているが、何も頭に入ってこない。
そうこうするうちに、ラッセル伯爵がエバンズ男爵令嬢の腰に手を回した。スムーズな動作だ。きっとラッセル伯爵は他の令嬢にもああいうことをやっているため手慣れているのだろう。
他の令嬢に関しては俺が口を挟むようなものではないが、エバンズ男爵令嬢に関してだけは……いや、俺は彼女に関しても何かを言えるような立場ではないが。
しかし俺と一緒にパーティーに参加をした令嬢に対してあんなことをするか!? 彼女が俺と一緒にパーティーにやって来たことを知らないのか、それとも俺が舐められているのか!?
爵位が下のため俺が舐められることは自然の流れかもしれないが、だからと言って俺の同行者であるエバンズ男爵令嬢に手を出してもいいと言う話にはならない。
俺が一人で悶々としている間に、ラッセル伯爵とエバンズ男爵令嬢が会場から出て行こうとした。
「待っ……」




