●24
パーティーから帰ったあたしは、近寄ってくる侍女を無視して部屋にこもり、ドレスのままベッドに倒れ込んだ。
あたしは今日、クライン子爵に最低な女だと思われたに違いない。
事実、あたしは最低な女だ。
危ないところを助けてもらったのに、助けてくれたクライン子爵に当たり散らしたのだから。
「何なのよ、この気分」
今日は実にいろいろあったけれど、無事にマイヤーズ伯爵令嬢の依頼を完遂した。ラッセル伯爵とマイヤーズ伯爵令嬢が今後どのような話に決着するのかは分からないけれど、順調に進んでいた彼女たちの婚約話に一石を投じることに成功した。どう転ぶにせよマイヤーズ伯爵令嬢の優位で話が進むだろう。したたかなマイヤーズ伯爵令嬢なら、思い描いた通りの未来を手に入れるはずだ。
それに今日は、縁が切れなくて困っていたクライン子爵から離れることも出来た。彼から離れる思惑があって酷い対応をしたわけではないけれど、あのような仕打ちを受ければ、誰だってあたしから離れていくことだろう。
これで、これからはクライン子爵の屋敷に呼ばれることを警戒しなくても良いし、彼のあれこれで頭を悩ませる必要も無い。
それなのに。
「……最悪な気分」
どんよりとした分厚い雲が空を覆っているときのような、光の見えない鬱々とした気分だ。
何度吐き出しても溜息が止まらない。
「はあ。どこまで最低なのよ、あたし」
クライン子爵は屋敷まであたしと一緒の馬車に乗っていたのだから、無礼を彼に謝るチャンスは何度もあった。
それなのに、何と言って謝ればいいのか分からず、あたしは屋敷まで黙ったままだった。
そして形式的な別れの挨拶だけをして、今に至る。
「……クライン子爵の言う通り、こんなことをしていたら良くないわよね」
実際、今夜はかなり危ないところだった。クライン子爵が来てくれなかったら、あたしは貞操を失っていたかもしれない。
だからクライン子爵には感謝こそすれ、当たり散らす理由なんてまるでない。
「それなのに、当たり散らしちゃったのよね……」
どうしてそんなことをしてしまったのだろう。自分で自分が分からない。
「最悪な場面を見られたから、彼に記憶を消してほしかった? 見なかったことにしてほしかった? ……ううん、クライン子爵に見られたから何だって言うのよ」
そう呟きつつ、自身の着用する深い青色のドレスを眺めた。あたしに似合う、お淑やかなドレスを。
「これが世間から見たあたし、なのかしら」
あたしはもう華美なドレスの似合う年齢ではないのかもしれない。こういった落ち着いたドレスの方が似合う、落ち着くべき年齢なのだろう。
落ち着く……あたしもそろそろ身を固めた方が良いのかもしれない。
こんなあたしをもらってくれる貴族がいるのかは分からないけれど……結婚するまでこの最低な性格を隠しておけば、誰かがうっかり結婚をしてくれるかもしれない。
結婚をしてからこの性格が露呈したら、きっと幸せな結婚生活にはならないだろうけれど。でも結婚をせずにいつまでも実家に居続けるわけにもいかない。
「……そうよ。もうそんな時期なのよ」
思い立ったあたしは、お父様の書斎を訪ねることにした。遠慮がちに扉をノックする。
「お父様、今お時間はありますか?」
「ああ、メイジーか。入りなさい」
扉を開けると、お父様は書斎で本を読んでいた。本の表紙から考えて、仕事の本ではなく余暇時間に趣味の小説でも読んでいたのだろう。
「あの、お父様。あたし、婚約者を探したいと思いまして……」
前置きも無く、いきなり本題を伝える。
「クライン子爵はどうした?」
お父様が訝しげな表情で質問をした。お父様はあたしがクライン子爵と結婚するものだと思っていたようだから、この表情をするのも仕方がないのかもしれない。
「前々から告げているように、彼とは何でもありません」
「だが今日もクライン子爵と一緒にパーティーに参加したんだろう?」
「それが、彼には今日のパーティーで嫌われてしまいまして……」
あたしの言葉を聞いたお父様が、額に手を当てて天を仰いだ。
「今度は一体何をしたんだ、メイジー!? 人前では性格の悪さを隠せと何度も忠告しているのに! クライン子爵にはきちんと謝ったのだろうな!?」
「謝ってももう関係の修復は不可能だと思います。修復も何も、最初から付き合ってはいないのですが、仲良くなるのも絶望的と申しますか……」
「何をしたらそんなことになるのだ!? この親不孝者め!」
何をしたと言われても、一言では言い表せないようなことを、いろいろとした。
嫌われるようなことを、たくさん。
「すみません。ですので、あたしはお父様の嫁がせたい貴族のもとに嫁ごうと思いまして……」
「私が嫁がせたかったのは、クライン子爵のところだったのだがな!?」
そうだろうとは思っていた。しかし、もうすべてが手遅れだ。
「申し訳ありません。あの、自分で言うのもあれですけれど、あたしは顔だけは良いので、どこかしらの貴族のもとに嫁げるような気がしないでもないようなこともないと言いますか……」
「はあ、もういい。分かった。探しておく」
お父様は頭痛がするのか、頭を押さえながら溜息を吐いた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
あたしは深く頭を下げながらお父様に礼を述べると、書斎を出た。
すると廊下にはお母様が立っていた。
「メイジー、クライン子爵と修復不可能な喧嘩をしてしまったの?」
「ええ、はい」
どうやらお父様とあたしの声は、書斎から漏れてしまっていたらしい。お母様にもあたしの状況をバッチリ把握されてしまった。
「喧嘩別れなんて悲しいわね、メイジー……でも失恋を忘れるためには、新しい恋が効果的ですものね。お母様もメイジーと婚約してくれそうな貴族を探しておくわ。夫人たちの情報網も馬鹿に出来ないのよ?」
あたしが落ち込んでいるように見えたのだろう。お母様があたしの頭を優しく撫でてくれた。
「ありがとうございます」
あたしはお母様にも深々とお辞儀をした。
このしおらしさをクライン子爵にも発揮できれば、もっとマシな別れ方になったかもしれないのに。
……と、今さらなことを考えてしまうけれど、すべては後の祭りだ。
「終わったことを悔やんでも仕方がないわ。次よ、次!」
自身の性格に関しては反省して改善していく必要があるけれど、終わってしまったことは忘れなければならない。
そう。クライン子爵のことは、早く忘れないと。
「お母様。結婚適齢期の貴族に、どんどんあたしの見合い写真を送ってください!」
「やる気満々ね、メイジー」
「はい! 必ずいい男を捕まえて、エバンズ家をのし上がらせてみせます!」
「メイジーがようやく結婚に前向きになってくれて、お母様は嬉しいわ」
経緯はさておき、明日からは家族一丸となってあたしの結婚話を進められる。きっとすぐに相手が見つかるはずだ。
この際、婚約はすっ飛ばして一気に結婚をしてもいいかもしれない。
お姉様の結婚相手は性格が悪かったけれど、姉妹二人で二人ともが性格の悪い相手と当たる確率は低いはずだ。たぶん、きっと。
「そうと決まれば、早くお風呂に入って綺麗にしなくちゃ。自分磨きを怠っていたら、相手が逃げて行っちゃうものね!」
半ばヤケになりながら結婚をしようとするあたしは、まだ知らなかった。
あたしのお見合いが、クライン子爵によってことごとく潰されることを。




