●23
「ここか!?!?」
そのとき、部屋のドアが勢いよく開けられた。
そして床を踏みしめるような足音と、あとを追ってくるパタパタという足音が聞こえてきた。
「お客様、勝手に部屋に入られては困ります!」
「お待ちください、クライン子爵!」
部屋に押し入ってきた人物はすぐに分かった。
ものすごい形相のクライン子爵が、ベッドの中を覗き込んできたからだ。
「ク、クライン子爵……?」
鬼のような形相をしているにもかかわらず、クライン子爵の顔を見たら、安心で力が抜けてしまった。そして安心から、勝手に涙があふれてくる。
「彼女から離れろ!」
あたしの顔を確認したクライン子爵が、ラッセル伯爵を力尽くであたしから引き剥がした。
「お前、何を」
ラッセル伯爵がクライン子爵に怒りをぶつけようとしたけれど、その怒りは次に聞こえた声によってしぼんでしまった。
「キャーッ、ラッセル伯爵!? 何をしているのですか! わたくしと言う者がありながら!」
声の主はマイヤーズ伯爵令嬢だ。どうやら彼女はカーリーと違って演技派のようだ。
みるみるうちにラッセル伯爵が顔色を失っていく。
「これは、その……」
「ラッセル伯爵の浮気者! 婚約は破棄させて頂きます! わたくしは妾や浮気には反対ですの!」
「待ってくれ。これはただの気の迷いだったんだ! 僕が好きなのは君だけだよ!」
「信じられませんわ!」
部屋から去るマイヤーズ伯爵令嬢を、ラッセル伯爵が慌てた様子で追いかけていく。
このあと二人がどうなるのかは分からないけれど、とにかくあたしのミッションは終了したようだ。
クライン子爵を追いかけてきた警備兵は、目の前で巻き起こった事態に硬直していたが、やがてあたしたちに一礼をすると部屋から出て行った。
静かになった部屋に残されたのは、クライン子爵とあたしだけ。
おのずと以前のパーティーのことを思い出す。以前のクライン子爵をハメたパーティーでも、このような状況になった。
しかし今回は騙す側と騙される側ではなく、助けた側と助けられた側の関係だ。
「あの、危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」
あたしが礼を述べると、クライン子爵は鬼のような顔をさらに険しくした。
「君はいつもこのようなことをしているのか」
「このようなことって……」
「俺のときとは違って、今回は睡眠薬を盛らなかったようだがな」
「……知っていたのですか?」
クライン子爵はただあたしのことをにらんでいた。これは肯定と受け取って良いだろう。
先程の出来事を見たせいで、あたしがよくハニートラップを仕掛けていると気付かれたのかもしれない。そして自分に起こった出来事と繋げて……ううん、違う。クライン子爵のこの落ち着きようは、きっと前から知っていた。
考えてみれば、いきなり眠気に襲われて起きたら身に覚えのない浮気をでっちあげられていたのだ。
罠にハメられたのだと気付かないわけがない。
けれど、それなら何故、何事も無かったかのようにあたしと会っていたのだろう。
自分を罠にハメた相手なんか、顔も見たくないはずなのに。
クライン子爵の考えが分からなすぎて無言になったあたしに、クライン子爵が言葉を投げる。
「あの令嬢に頼まれたのか? あとから入ってきた彼女に」
「……あなたには関係の無いことです」
無様な姿をさらしてしまったけれど、あたしにだって別れさせ屋としてのプライドがある。何を聞かれようと、依頼主の情報をそう簡単に漏らすつもりはない。
「まったく、君には呆れる」
「どうぞ、勝手に呆れてください」
クライン子爵はふて腐れたように話すあたしの肩を掴み、まっすぐにあたしの目を見つめてきた。
「もうこんな真似はするな。婚約破棄をされた貴族に恨まれる可能性だってあるんだぞ!?」
「恨まれると言う話をするなら、ラッセル伯爵をあのように扱ったクライン子爵だって恨まれる可能性があります」
「俺のことはどうでもいい。今は君の話をしているのだ。どうしてこんなことをする!?」
どうしてこのようなことをするのかって?
お姉様のように不幸な結婚をする令嬢がいなくなるようにするためよ!
けれどクライン子爵が、婚約破棄できずに困っている令嬢の気持ちを理解できるとは、到底思えない。
だからあたしは、こう答える。
「今さっき言ったでしょう。あなたには関係の無いことです」
「はあ!? 今回は間に合ったから良かったものの、こんなことを続けていたら、いつか本当に手遅れになるぞ! 好きでもない相手と最後までする覚悟が君にあるのか!?」
「…………」
「俺が何も言わなくても、ラッセル伯爵が君のことを他の貴族たちに伝えるだろう。君に騙されたせいで婚約破棄をされた、とな」
「彼は何も言いませんよ。貴族女性との失敗談なんて、他の貴族に伝えても何の得にもなりませんから。むしろ弱みになりかねません。そういうの、男性は嫌うでしょう?」
「……まあな」
いくらクライン子爵が社交界に顔を出さないとは言っても、貴族たちの振る舞いについては知っているらしい。
実際、あたしはこれまで何人もの貴族をハニートラップにかけてきたけれど、男性たちの間であたしの話が広まっている様子は無い。だからこそ、別れさせ屋を今でも続けることが出来ているのだ。
「……助けてくれたことには感謝をしていますけれど、クライン子爵にあたしの行動を制限する権利は無いと思います」
「なんだと」
「あなたとあたしは、しょせん他人じゃないですか」
生意気なことを言っているとは思うものの、口から勝手に言葉が飛び出してしまう。
助けてもらっておいてこの言い草とは、自分で自分が嫌になる。
「……よく分かった」
クライン子爵の、腹の底から響いてくるような低い声にびくりとする。
「今夜はもう帰るぞ」
「お好きにどうぞ」
「どうぞじゃない。君も一緒に帰るんだ」
「だから、クライン子爵にあたしの行動を制限する権利はありませんってば」
顔を上げると、クライン子爵の鋭い眼光を直に浴びてしまった。
蛇に睨まれた蛙の気持ちが分かったような気がする。
「では、俺は君が帰るまで、君のことを見張っていることにする」
「見張る!? やめてくださいよ!」
「俺に君の行動を制限する権利が無いように、君にも俺の行動を制限する権利は無いはずだが?」
そう言われてしまうと反論ができない。
それなら、クライン子爵に見張られながらパーティー会場に留まるよりは、屋敷に帰って一人になった方がずっと楽な気がしてきた。
「あたし、今夜はもう屋敷に帰ることにします」
「賢明な判断だ」
あたしたちは一緒の馬車で、あたしの屋敷まで帰った。
その間、二人とも一音たりとも口にせず、ただ馬車に揺られていた。
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