●21
パーティー会場に到着すると、すぐにクライン子爵は令嬢たちに囲まれてしまった。
どういうことだと不思議がるあたしの近くに、カーリーがやってきた。
「これは何? どうして急にクライン子爵の株が上がっているの?」
「お茶会でメイジーがクライン子爵のことを持ち上げたからですよ」
はて。なんのことだろうか。
首を傾げるあたしに、カーリーが告げた。
「メイジーが言ったじゃないですか。クライン子爵は愛する人にはとても甘いと。自分にだけ甘い相手は、とても魅力的に映るものです。それにクライン子爵は、前髪が長くて陰気そうだし眉間にしわが寄っていて怖いですが、顔の造形自体は整っていますから」
カーリーが褒めているのだかいないのだか、よく分からない言葉を口にした。
ええと、カーリーの話をまとめると、つまり。
「あたしがクライン子爵のことを持ち上げたせいで、クライン子爵を狙う令嬢が増えたということ?」
「そういうことです。これまでは怖い雰囲気に加えて、わたくしという婚約者がいましたので誰も近づきませんでしたが、状況が変わりました。みんな彼に興味津々なのです」
「そう……なの……」
なんだか微妙な気分だ。
別にクライン子爵の株が上がろうと下がろうとあたしには関係の無い話なのだけれど、あたしの言葉を聞いただけで急に彼を狙い始めるなんて、なんて浅はかな令嬢たちなのだろう。
クライン子爵は相変わらず人をイラつかせる言動をするし、言葉足らずなせいで真意の掴めないことが多々ある。
並みの令嬢ではクライン子爵と楽しい時間を過ごすことなど出来るわけがないのに。
それにあたしの話を聞いたくらいでこれまでと態度を変えるような令嬢に、彼が振り向くわけがない。
……いや、分からない。
クライン子爵が何度も婚約お断りの連絡をされているということは、何度も婚約をしようとしていたということだ。たとえ両親に勧められたものであっても、彼自身も婚約を受け入れている。そんなときに彼にアプローチをしてくる令嬢が現れたら、あっさりと婚約をしてしまう可能性はないだろうか。
「……なによ、それ」
あたしに自分の株を上げさせておいて、ぽっと出の他の令嬢とあっさり婚約?
面白くない。実に面白くない。
けれどあたしはクライン子爵の婚約者でも恋人でもないから、彼にアタックをする令嬢たちを止める権利は無い。
それでもモヤモヤとしたものを感じてしまう。
これまでクライン子爵の良さはあたしだけが知っていたはずなのに、このままでは他の令嬢にも知られてしまうかもしれない。
その結果、クライン子爵に惚れた令嬢と彼が婚約したら……。
「良かったじゃないですか、メイジー」
「えっ?」
令嬢に囲まれるクライン子爵を見つめていると、カーリーの嬉しそうな声が響いてきた。
「だってメイジーは、クライン子爵と縁が切れずに困っていたのでしょう? これを機にクライン子爵が別の令嬢と恋に落ちれば、自然とメイジーとは会わなくなりますよ」
「う、うん」
「それにクライン子爵が令嬢たちに囲まれているおかげで、メイジーは一人になりやすいじゃないですか。このパーティーですよね、ラッセル伯爵をハメるのは」
「そうよね!? まずは今日の任務のことを考えないとよね!?」
令嬢に囲まれるクライン子爵を見て胸にチクリとするものを感じたが、そんなものは一旦無視だ。
まずは目の前の任務に集中しなければ。
あたしにはお姉様みたいに悲しむ令嬢が生まれないよう、悩める令嬢を助ける使命があるのだから!
会場を見渡すと、ラッセル伯爵は他の貴族たちと楽しそうに会話をしていた。ラッセル伯爵は社交的で話が上手いため、男女問わず常に誰かとお喋りをしている。
クライン子爵とは真逆の性格だ。
「……って、どうして無関係のクライン子爵が出てくるのよ!?」
あたしは大きく首を振ることで頭の中からクライン子爵を追い出すと、また会場内を見渡した。依頼人であるマイヤーズ伯爵令嬢を探すためだ。
するとラッセル伯爵からやや離れた位置に立ち、あたしのことを見つめるマイヤーズ伯爵令嬢と目が合った。
あたしはマイヤーズ伯爵令嬢に向かって一つ頷くと、ワインを片手にラッセル伯爵に近付く。
「ごきげんよう、ラッセル伯爵」
「やあ、エバンズ男爵令嬢。今日はいつもと雰囲気が違うね? いつもの華やかな君も美しいけれど、今日の清楚な君もとても美しいよ」
これよ、これ! おめかしをした令嬢に出会ったら、こういう会話が必要なのよ!
あたしは開口一番にあたしの出で立ちを褒めるラッセル伯爵に脳内で拍手を送った。
こういう気遣いがクライン子爵にもあったら……って、追い出したのに脳内に戻ってこないで!
あたしは再度脳内からクライン子爵を追い出した。
「お褒め頂き光栄です。ラッセル伯爵のような男前の男性に褒めて頂くと、自信が湧いてきますわ」
「僕は本当のことを言ったまでだよ。今日の君はとても美しい。腕の中に収めて、独り占めしてしまいたくなるくらいね」
おっと。まだハニートラップを仕掛けてもいないのに、ラッセル伯爵がグイグイくる。
これではマイヤーズ伯爵令嬢が浮気の心配をするのも無理はない。
ふと周辺を見ると、ラッセル伯爵の周りにいた貴族たちが、あたしたちの様子を見て何かを察したように去っていった。
きっと仲間内でラッセル伯爵が女性を口説き始めたらその場を離れる暗黙の了解でもあるのだろう。
「あら、ラッセル伯爵ったらお上手ですこと。けれど令嬢にそんなことを言うと、勘違いをする方も現れてしまいますわ。あたしも危うく勘違いをしそうになりましたもの」
「僕は勘違いをしてくれても構わないよ」
「もう。ラッセル伯爵ったら」
恥ずかしそうに笑いながら、自然な形でボディタッチをする。
単純で古典的な誘惑方法だけれど、その割に効果が高いのがボディタッチだ。とはいえそれをするのはほとんどが平民。貴族令嬢はお淑やかであるようにと教育されているためボディタッチをする人は少ない。だからこそ、あたしは貴族令嬢が滅多にしないボディタッチをして差別化を図る。
「エバンズ男爵令嬢って……もしかして、積極的?」




